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286 奸神再来

 …………。

 火の神ノヴァは、今はモンスターの体に転生して地上に暮らしている。

 人々が炎牛ファラリスと呼ぶのがそれである。


『やれやれ、やっと静かになったわい』


 楽屋にたった一頭取り残されたウシ――、火の神ノヴァ。さっきまで四人の少女たちが戯れての喧しさを思い出す。

 ノヴァは、ああいうのを見るたび「人間は、なんで騒がしいのか」と考えずにはいられない。


 人間とは恐らく、楽しい時には楽しまずにはいられない生き物ということなのだろう。人間は、皆で集まると楽しいのだ。

 今日のライブなるイベントも、そういう類のことなのだろう。


『浅ましい生き物らよ。……ケッ』


 そんな人間の少女らが駆け出て行った楽屋は、酷く静かなものだった。


 楽屋の片隅には、今日のライブ客が持参してきたというプレゼントが山盛りに積んであった。

 誰あろう炎牛ファラリスへ向けたプレゼント。

 先日の魔王ミカエル襲来の折、火の神でもある炎牛ファラリスがほんの気まぐれによって助けてやっただけで、人間たちの感謝は実に大仰なものだった。


『フン……、実に単純なヤツらよ』


 ノヴァ――、ファラリスは鼻を鳴らしつつ、山積みとされた自分へのプレゼントを見やる。

 炎牛ファラリスを模した手製のぬいぐるみやお礼の手紙。ファラリスが勇者と共に魔王に立ち向かう模様を描いた絵に、花束や寄せ書きなど。

 大半が子供たちの作のようで、手製の品も稚拙な造形ばかり。


『食えんものばかり寄越してきおって。どうせならエサを贈ってこいエサを』


 もちろんプレゼントの中にはファラリスが一番喜ぶ食べ物類もあったが、そこは飼育係の配慮で分別し、別のところに保管してあった。

 楽屋に積まれているのは形に残る系の贈り物のみであったが、それでも積み上げられて、ファラリス自身の体長に匹敵するだけの山になっている。

 もっとも今のファラリスは戦闘時の気合も抜けて、子牛程度の通常モードの大きさでしかないのだが。


『……フン、まったく単純なヤツらよ。愚か者め』


 ノヴァが魔王との戦いに参加したのは、ほんの気まぐれ。

 神たる自身の意思を差し置いて、地上を支配せんとする魔王の傲慢さも気に障ったり、とにかくむしゃくしゃして暴れたかっただけ。

 それなのに人間は勝手に喜び、感謝し、ファラリスに対してまるで友だちのように接してくる。

 その行動の単純さが、神から見れば実に滑稽であった。


『フン』


 付きあい切れるかとばかりにノヴァ――、ファラリスは、踵を返して自分の寝床へ向かった。

 楽屋の片隅に設えられた簡易的なもので、位置関係的に積み上げられたプレゼントの山とは、同室内で端と端に離れていた。


 ファラリスは、寝床に辿りつくと、敷いてあった毛布の端を咥え、ズルズルと引きずる。

 そのまま室内を移動し、部屋のもう一方の端、プレゼントの山のすぐ前まで毛布を引きずってくると、その上に寝転ぶ。


『気の利かんヤツらめが。フン』


 そうして毛布の上に寝ころびながら、山と積まれたプレゼントの中の、下手くそな作りのぬいぐるみを見詰めては、またフンと鼻を鳴らすウシだった。


              *    *    *


『やれやれ、見てはおれませんなあ。無様すぎて』


 突如楽屋に響き渡る声が、ファラリス――、というより火の神ノヴァの魂に直接届く。

 その声の不快な濁りに、ウシの和やかな心地は即座に吹き飛んだ。


『コアセルベートか』


 ノヴァは、突然現れたその声の主を即座に言い当てた。


 水の神コアセルベート。


 火の神ノヴァ同様、この世界を創りだした六人の神の一人。ノヴァにとっては同僚同志とも言うべき間柄だが、そうだとは絶対に認めたくない汚らわしさがコアセルベートという神にはあった。


『かつては勇猛果敢、暴虐の限りを尽くす神と恐れられた火の神ノヴァ様が、その身をウシにやつしてのペット生活。本当に無様なものです。神の誇りを失ったとしか思えませんなあ?』


 ノヴァは、ファラリスの目で楽屋中に視線を巡らせたが、コアセルベートらしい姿は影も形も見当たらなかった。

 しかし、ペタペタと壁を這いまわるような気配だけは伝わってくる。


『……エントロピーを恐れ、インフレーションにも相手にされなくなって、ついにワシのところに現れたか。何の用じゃ? ヒマであることは認めてやるが、ヒマであろうとオヌシのようなゲスに割いてやる時間はないぞ?』


 水の神コアセルベートは、みずからを奸智の神と称し、権謀術策を巡らせることが何よりの喜びとする神。

 創世の時代から人や神をその手の上で踊らせ続け、それをもって『自分は賢い』と自慢の種にする。


 そうした腐りきった態度ゆえに、同じ創世六神の間からも徹底的に嫌われ抜いている水の神。

 無論、火の神ノヴァにとっても同輩コアセルベートは軽蔑の対象でしかなかった。


 創世六神は長く『人間肯定派』と『人間隷属派』に分かれて対立してきたが、ノヴァにとって自分とコアセルベートを『人間隷属派』として一括りにされるのが我慢ならない屈辱であった。


『いえいえ、私としては確認をしに来たのですよ。火の神ノヴァ、アナタの変節に関してね』

『変節?』

『「人間など神の奴隷」「どう扱おうと神の勝手」。そうした主張でアナタと私は共通していたと思っていたのですがね。最近になってアナタらしからぬ行動が目立つご様子。まさかアナタまでエントロピーに媚びて宗旨替えしたのではないかと不安になり、今日こうして直接お考えを窺いに参上したというわけですよ』


 言葉遣いは丁寧だが、その裏にある侮蔑の感情は隠しようもなくありありと現れている。

 それがコアセルベートという神の独特ともいうべき不快さだった。

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