284 影の経緯
「ウチの子が誠に申し訳ありません」
ドラハさんのやらかした非礼に対し、保護者として謝罪する私。
同時に、ドラハさんがどうしてここまで他の教団を嫌うのか説明しなくてはならなくなったため、結局彼女の尋常ならざる出自も明かさなくてはならなくなった。
「へぇぇ……、じゃあこの子、古代人ってこと?」
「道理でこの浮世離れした印象も納得というものだな」
罵倒されたことに格別の不快さも見せないシルティスちゃんにミラクちゃん。
いまだガルルと喉を鳴らすドラハちゃんの頭を撫でたり顎を撫でたりしている。
「ええッ!? 信じたの今の話!?」
自分で言うのも何ですが、脳を心配されるかと思っておりました!
「まあ、普通だったらカレンッちが酒飲んでないか吐く息の匂いを入念にチェックするところだけど……」
「オレたちは、この娘のとんでもない能力をこの目で見ているからな。あれを納得するためには、それぐらいぶっ飛んだ説明がなくては適うまい」
ああ。
それは結構前、地の勇者ササエちゃんとの出会いの時に起きたこと。
様々な擦れ違いから戦闘状態に陥ってしまった私たちとササエちゃん。しかし、そんなササエちゃんを取り押さえたのは私たちではなく、ここにいるドラハさんだった。
彼女が闇都ヨミノクニで会得した力。現代に失われた特異神気、影の力を発揮して。
「ゴーレム付きのササエは、オレたち三人がかりでも手こずる難敵だった。それをたった一人で圧倒するんだから、ただ者ではないと前々から思っていたのだ」
「ハイネッちに似たようなおかしな能力も使うしねー。ハイネッちもそうだけど、光の教団って何でこう変な子ばっかり居ついちゃうの?」
はっ、ハイネさんは変な人じゃないよぅ!?
大体いつもツッコミ役やってるし。ツッコミが務まるのは常識を弁えている証でしょう!?
「闇都ヨミノクニねえ……。歴史の研究は水都ハイドラヴィレッジでもそれなりに進んでいるけれど、そんな古代国家聞いたことないわ」
「学術研究においては光の教団が随一なのだから、そこは信頼すべきだろう。……で、そのヨミノクニとやらが昔の五大教団に滅ぼされたので、その子孫である我々を嫌っていると……」
厳密には光の教団は関わっていないから、それ以外の四教団なんですけどね。
ドラハさんは滅亡の悲憤によって暴走し、みずからを影そのものにして世界を飲み込もうとした。
長い封印を経て、その時の記憶は失われてしまったけれど、心の奥底に残った感情から、かつての敵をわけもなく忌み嫌うこともあり得ると思う。
「まだまだドラハさんの社会適応への道のりは長そうです。ヨリシロ様……!」
実のところ、こうして私と一緒によその都市に来れたのも、大いなる成長の一歩だと思われていたのだ。
闇都ヨミノクニから帰還して直後は、常にヨリシロ様、そうでなければハイネさんの傍にいなければ暴走するんじゃないかと言われるほどに不安定なドラハさんだった。
それが、光都アポロンシティで一ヶ月、二ヶ月と生活してていき、少しずつ今の時代にも慣れて、常にヨリシロ様かハイネさんが付いていなくても大丈夫ではないか? という気運が出てきた。
先日などは、必要に迫られたためとはいえ意識不明のハイネさんを一人で護衛してきた。
ここでついに、ドラハさん一人立ちにチャレンジしてみてはと、ヨリシロ様は決断を下した。
あの人がハイネさんと共に消息を絶つ前日に、私へドラハさんを託してきた。
『そうは言っても、まだまだあの子一人では不安がありますし、カレンさんに監督をお願いしたいと思いますの』
どこかへの去り際、ヨリシロ様がお母さんみたいな口調で言ってきたのだった。
『わたくしたちがこれから向かうところへドラハは連れて行けませんし、それにこの子も今では重要な教団の戦力。わたくしとハイネさんが留守にする以上、ドラハまで抜けてはアポロンシティの守りに不安があります』
とか何とか言いやがって。
『ドラハはカレンさんにも大層懐いておりますし、カレンさんが一緒にいてくれればわたくしも安心ですわ。どうかわたくとハイネさんの留守中、ドラハと一緒にアポロンシティを守ってくださいましね』
って出かけて行っちゃった! ハイネさんと一緒に!!
そして今もってなお行方不明!!
どこに行ったか知らないけれど、ズルいですよヨリシロ様! 一緒にハイネさんに愛してもらう協定はどこに行っちゃったんですか!?
……と、愚痴りたいことは山盛りだったけれども、いまはグッと堪えて、気にすべきはドラハさんのこと。
彼女は今も、ミラクちゃんシルティスちゃんから頭と顎を撫で撫でされて、それでもガルルと威嚇の唸り声を上げている。
「ゴロゴロ……」
あれッ?
「ガルルルルル……!」
やっぱりドラハさんは威嚇の唸り声を上げていた。今気持ちよさそうに喉を鳴らしていたのは、私の見間違い?
「しかし、よくまあそんな重要な戦力を、カレンッちと一緒にムスッペルハイムまで寄越せたわね?」
「まったくだ。たしか今ハイネのヤツは、教主ヨリシロと共に光都を空けているのだろう? その上お前とこの娘が救援に出ては、アポロンシティはまったく空ではないのか?」
「ウチだって先代勇者のサラサが残ってくれたから、本拠の守りを任せてアタシみずから救援に来れたのに……。あっ、光の方にも先代勇者いたっけ? サニー……、何とかだっけ?」
いや……。
先代光の勇者サニーソル=アテスについては、また複雑な事情があっていなくなっちゃったんだけど……!
たしかに火の教団からの救援要請に当たり、どれだけの戦力を投入するかは判断の難しいところだった。
心身が安定してきたからといっても、やはりまだドラハさんを完全に一人にさせるのには不安があった。
しかし光都防衛の観点から見ても私かドラハさんのどちらかが守りに残った方が、ムスッペルハイムに救援に行く方も安心できる。
そうして迷っていると、新しい極光騎士団長であるグレーツさんから一喝された。
『魔王っていうのは、オレ様たちの常識を超える相手だ。そんな相手に戦力の出し惜しみをしてちゃあ万に一つの勝てる機会も逃しちまう』
『火都に魔王が現れたって言うなら、投入可能な全戦力で確実に潰しにいくべきだ。光都には最低限の備えがあればいい。オレ様が守備の指揮を執るから。お前さんたちは全力で自分の仕事をしてきな』
と。それで私とドラハさんは揃ってムスッペルハイムの救援に向かうことができたのだった。
結局着いた頃にはほとんど終わっていたんだけど……。
「ほう……、新しい極光騎士団長というのは、そんな思い切った判断の下せる男なのか」
私の説明を聞いて、ミラクちゃんは男らしい感嘆を漏らした。
「この前クビになった先代は、アタシらの耳に届くくらいダメっぷりが轟き渡っていたからねー。極光騎士団も、やっと光の勇者様に追いついてちゃんと戦える軍団になったってこと?」
シルティスちゃんもからかい半分ながら、私の所属する極光騎士団の新生を祝ってくれた。
たしかに様々な問題試練はあったけど、それらを一つずつ乗り越えて私たちはまとまりつつある。
来たるべき戦いの準備はしっかりできている。
ただ、一つまだ問題があるとすれば、それはこのドラハさん。
ミラクちゃんやシルティスちゃんに撫でられて……。
「ゴロゴロ……!」
やっぱり気持ちよさそうに喉鳴らしていない?




