283 影と火と水
そうして、私とミラクちゃんとシルティスちゃんが脳髄ぐんにゃりするようなやり取りを繰り返して、やめどころが見えなくなってきた頃合いだった。
「ササエッちやヒュエッちにも『大好き』って言いたい……」
「お手紙でも書いたらどうだ?」
楽屋のドアがコンコンとノックされ、一人の少女が入室してきた。
「カレン様」
「あっ、ドラハさん」
褐色の肌に黒い髪、まるで地に伸びる人影がそのまま浮かび上がったかのような少女。
ドラハさんが楽屋に現れた。
「あっ、この子……」
「光の教団でよく見かける……」
シルティスちゃんもミラクちゃんも、特に用事もないのに光の教団本部によく出入りする人なので、ドラハさんのことを覚えていた。
「カレン様、ご報告に上がりました。物販コーナーにおいてファラリスグッズに続き、シルティスグッズも完売いたしました」
「マジで!? やったー!!」
報告を聞いて誰よりもまず喝采を上げるのはシルティスちゃん当人。
販売開始と同時に瞬殺されたファラリスグッズに大分遅れたけど、アイドル勇者の沽券を保てたようで何よりだね。
「実際には、販売終了時に売れ残ったグッズをベサージュ中隊長がすべて買い上げたの……、ですが」
「ああ、あの人も来ていたんだ」
昇進してお給料も上がったはずなんだけれども、そんな無茶な買い方してお金足りるのかなあ……?
売れ残ったシルティスちゃんグッズはほんの僅かだったという可能性を今は信じよう。
「来ていたというか、あの人も今回のイベント設営スタッフの一人ですから」
えぇー?
「あれ、知らないのカレンッち? 今日のライブは、極光騎士団、業炎闘士団、流水海兵団の三団体合同で準備してたのよ。会場の確保や設営、接客や売り上げの管理とか……」
シルティスちゃんから教えてもらって、初めて知った。
そんなところでも教団の協力関係が……?
「本当はもう教団とアタシのアイドル活動は切り離されてるんだけど、今回だけは突発ライブだから特別にね。光と火の人たちも、これを機に水の教団からノウハウを吸収しで、これからに活かしていきたいんだって」
「「ん?」」
これには私だけでなくミラクちゃんまで一緒になって声が出た。
「ねえねえ、ところでカレンッち」
さらにシルティスちゃんが探るように声をかけてくる。
「前々から気になっていたんだけど、その子、何?」
「その子と言いますと?」
「だからその子よ。そのやたら真っ黒な、真夏にサーフィンしてきたような子!」
その指摘に、ああドラハさんのことか、と即座に気づいた。
そう言えば私、ドラハさんのことちゃんと皆に紹介したことあったっけ?
……なかったような気がする。
ドラハさんは、光の教団に身を置くようになった事情が特殊なので、なかなか人に話しにくかったというのもあるけれど……。
「じゃ、じゃあ、これがいい機会だから一応紹介するね? こちらはドラハさん!」
小柄なドラハさんの肩に手を置いて、紹介する。
「うん」「はい」
「……」
「…………」
「「それだけ!?」」
ミラクちゃんとシルティスちゃんが揃って声を上げた。
だって仕方ないじゃない! ドラハさんに関しての情報はこれ以上話しようがないんだよ!
ドラハさんは元々、千年以上前に栄えた古代都市、闇都ヨミノクニに生まれた人だった。
ヨミノクニ滅亡の際、その怒り怨みから力を暴走させ、世界を飲み込む怪物と化してしまったのを地下に封印されて、現代に至るまでそこで過ごしてきた。
闇の神エントロピーの謎を求めて、古い文献の中にあった闇都ヨミノクニの遺跡を訪ねた私たちが、そんなドラハさんに出会う。
激しい戦闘を経て、ハイネさんの何でも消滅させてしまう暗黒物質の力で暴走をリセットされ、千年以上ぶりに地上に戻って来れた。
その後、身寄りのないドラハさんを、我が教主ヨリシロ様が引き取る。今ではヨリシロ様専属の護衛役としてドラハさんは光の教団の一員だった。
そんなことを……。
「きちんと二人に説明できる自信がない……」
ということだった。
あまりに荒唐無稽すぎて、起ったことをありのままに言ったとしても、何を言っているかわからないと思われるのがオチ。
ハイネさんやヨリシロ様から強いて口止めされているわけでもないけど、それも口外したって誰も信じてくれないのを見越してのことだろう。
だから私は、このまま無言を貫き通す。
「えー? 何よ貝みたいになっちゃって。今さらアタシたちの間で隠し事なんてノーモアでしょう? いいから洗いざらい吐いちゃいなよー」
「カレンよりも、この娘に直接聞いた方が早いのではないか? おい、ドラハとやら、ちょっと自己紹介してみろよ。お前は一体どこの生まれで、どういう経緯で光の教団に入ったんだ?」
二人が標的をドラハさん当人に切り替えた!?
これ一体どうなるの? 実は私もまだいまいちドラハさんの性格を把握しきれていないというか……。
余所様との接触で、ドラハさんがどういう対応を取るか予想できない。
一体どうなるの!?
「気安く話しかけるな下郎ども」
……サッと、空気が固まった。
「ノヴァやコアセルベートごとき下級神の信徒どもが、カレン様にも私にも馴れ馴れしい。身の程を弁えよ」
と、ドラハさんは言った。
うわぁ、こう来たか。
そう言えばかつてドラハさんの生きていた闇都ヨミノクニを滅ぼしたのは、現代における地水火風教団の前身となる部族だったという。
私やヨリシロさんやハイネさんにはあんなに礼儀正しいのに。
ドラハさんは究極の外弁慶だったのか。




