281 ゆるキャラ強し
そしてライブは終わり……。
「いやあ、ここまで鮮やかに決まるとは思わなかった……!」
想像以上に思惑通りに行ったミラクちゃんは実にホクホク顔だった。
それとは対照的に、楽屋の隅で……。
「――――――――――――――――――――――――――――――」
打ちひしがれているシルティスちゃん。
体育座りなんぞして、自身の膝小僧に額をくっ付け、何かブツブツ言っている。
何を言っているかは声が小さすぎてまったく聞き取れない。
平素のキラキラしい輝きなど今は微塵もなく、どんより暗い影に包まれていた。
「ね、ねえ、ちょっとやりすぎたんじゃないの? あんなどんよりしたシルティスちゃん見るの初めてなんだけど……!」
さすがに私は心配になって、ミラクちゃんの服を引っ張る。
しかしミラクちゃんの表情は緩んだまま。
「外部進出を甘く見るから、こういう目に合うのだ。人気者はどこの土地にもいる。ホームの人気者にアウェーの人気者が迂闊に挑むと、とんでもないしっぺ返しを食うのだ。なあ?」
調子乗りまくりなミラクちゃんは、同じ楽屋内での同居者に視線を向けた。
例の炎牛ファラリスさん。
子牛サイズの小さなモンスターは、楽屋に用意された干し草を黙々と食べている。
「……ていうか、あの……」
私、ラドナ山地での戦いからまったくこの子と接点なかったんだけど、一体何がどうなったの?
私の知ってる炎牛ファラリスは恐ろしいモンスターだったはずなのに。何がどうして今やムスッペルハイム一の人気者に?
「ハイネにやられて無害となってから、コイツは子どもたちを中心にして大人気となってな」
子どもって動物大好きだしね……。
「それに加えて先日の魔王襲来に、コイツが身を挺して人間を助けたことから、元々あった人気がさらなる大ブレイクを引き起こしてな。今ではコイツの関連商品売り上げが事件前の四倍。火の教団本部にあるファラリス見学コースでは毎日長蛇の列と、色んな記録が塗り替えられ中なのだ!」
しかもその記録、これから長いこと更新されなさそう……!
「いやー、ハイドラヴィレッジなんぞでふんぞり返ってる井の中の蛙には参考になる事例だったんじゃないのかな! ここムスッペルハイムで売り出したかったら、せめてファラリスの十分の一程度は売れるようにしないとー!」
煽りすぎ!
ミラクちゃん煽りすぎです!!
どうしたの一体!? 何故ミラクちゃんは、シルティスちゃんに対する時だけそんな辛辣になるの!?
「――――――――――――――――――――――――」
対してシルティスちゃんは、まだ楽屋の隅でブツブツ体育座りをやめなかった。
よほどショックだったんだろうね。
万全と思われていた初の本拠外ライブで、人ですらないウシにすべてを持っていかれたんだから。
炎牛ファラリスさんは黙々と草を食み続ける。
「……っていた」
「え?」
「アタシは、間違っていた」
やっとシルティスちゃんの声が聞こえるボリュームにまでなってきた。
「……アタシは、自分がアイドルやら、勇者やら、ちやほやされて。それを自分自身の人気だと勘違いして浮かれ切っていた……!」
「いやあの……、そこまで自分を否定しなくても……!」
「たしかにアタシは大海を知らぬカエルだったわ。フワフワモフモフの動物キャラが、ここまでの人気を獲得しうるなんて……! アタシは今日悟った。天命を受けたわ!」
「えッ!?」
「時代は動物――、いいえ、ゆるキャラなのよ! アイドルなんてもう古いわ!!」
ええええええええええぇぇぇぇーーーーーーーーッッ!?
「アタシ、アイドルを辞めてゆるキャラになる!! お願いしますファラリスさん!!」
シルティスちゃんがウシさんへ土下座した!?
「アタシを弟子にしてください! アタシを立派なゆるキャラにしてください!!」
「「ちょっとぉぉーーーーーッ!?」」
これには私もミラクちゃんも度肝を抜かれて駆け寄った。
「何言っているのシルティスちゃん!? ゆるキャラなんかになっちゃったらアイドル辞めるどころか人間まで辞めちゃうことになるよ!?」
「そうだぞシルティス!? オレがやりすぎたのか!? 謝るから変な気を起こさないでくれ!!」
と必死にフォローに回るが、事態は想像以上に深刻。
「やだぁー! アタシもウシになるぅー! ウシが人気ならウシになるぅーッ! 巨乳にもなれて一石二鳥でしょーッ!?」
「ホルスタイン!?」
っていうかシルティスちゃんそこまで小さくもないじゃない!
過ぎたるものを望まないで!
「ミラクちゃん!」
私は思わず、厳しい声で友だちの名前を呼んだ。
呼ばれた当人は、叱られた子供のように肩をビクリとする。
「……いや、あのオレは、シルティスのヤツに外部進出の難しさを教えてやろうと思って……!」
「いいから! 謝って!」
こう言うとミラクちゃんはホント素直に、シルティスちゃんの肩を掴む。
「シルティス……! 本当にすまなかった! アレだよホラ、たとえ他のヤツが何と言おうと、オレはお前のアイドル活動好きだぞ?」
「……本当?」
シルティスちゃんが反応した!
ここは私も流れに乗っからねば!
「そうだよ! 私もアイドルのシルティスちゃん大好きだよ! 私とミラクちゃんは、シルティスのことずっと応援するからね!」
「そうだぞ! オレたちはお前の永遠のファンだぞ!」
というとシルティスちゃんは、真っ赤になった鼻をぐずりと鳴らして、私たち二人に抱きついてきた。
「わーん! アタシもアンタたちのこと大好きだよー! ずっと、ずっとずっと友だちだからねー!」
泣きながら強く抱きしめるシルティスちゃんに、私たちも力を込めて抱きしめ返すしかなかった。
何だろうこの展開?
三人でヒシッと抱き合う私たちを、唯一部外者視点から見られたのは同じ楽屋にいるファラリスさんだけだっただろうか。
何か、何処からか頭に直接響くような『声』が聞こえた気がした。
『……なんだこの展開?』
しかも戦慄交じりの口調で。




