28 火神封印
たくさん殴って気も済んだ頃に、カレンさんとミラクがこちらへ駆け寄って来た。
なんかまだ手を繋いでいる。ちょっと見ないうちに随分仲良くなったものだ。
「ハイネさん! 大丈夫ですか!」
「炎牛は!? ヤツの姿が見えないが、一体どうなった!?」
矢継ぎ早に質問してくる勇者たち。
「まあ、炎牛ファラリスならここにいますけど……」
チョイチョイと地面を指さす。それに促されて視線を降ろす勇者二人。
「これは……!?」
「縮んでる……!?」
そこには四肢をピクピク痙攣させて失神している炎牛ファラリスがいた。
ただ小さい。
最初に遭遇した時とは比べ物にならないぐらい小さい。通常の子牛をさらに一回り縮めたくらいの小ささだろう。
何故こうなったかというと、直前まで僕が叩きこみ続けた暗黒物質のせいだ。
神力を消滅させる暗黒物質がコイツの体内に入ると共に、コイツの体を構成する火の神力を片っ端から消し去っていった結果、体積が減少し、どんどん小さくなっていったのだった。
何故等倍で小さくなったのかは謎と言えば謎だが、どうでもいい類の謎だろう。
コイツの中にあった火神炉も完璧に消滅させたし、燃え差し程度の炎熱すらもう出すことはできまい。
僕らは、炎牛ファラリスの無力化を見事達成したのだ。
「コイツ……、コイツのせいでオレたちの街は危うく全滅するところだった!」
ミラクが怒りと共に炎牛へと駆け寄る。
「コイツのとどめはオレに刺させてもらう! それが長年この地を荒らし続けた怪物への、火の勇者としての務めだ!」
手甲をはめた彼女の腕は、まさしく鈍器。
神気など込めなくても、あんなものを振り下ろされれば子牛程度になったファラリスの頭部は容易く破砕してしまうだろう。
なので僕は、彼女の腕を掴み、止めた。
「待て、殺すだけじゃもったいないぞ」
「どういうことだ!? 何故止める!?」
「炎牛ファラリスは、破壊能力を完全に失った。体内の膨大な火の神力は消え去ったし、こんなに小さな体では犬小屋だって踏み潰せない。いわば、完全無害な状態になった」
「だからなんだ! たとえ無害であろうとモンスターはモンスター……?」
「だからさ、いっそ見世物にでもして、一般の人々に見せて回ったらどう?」
「!?」「!?」『ッッ!?』
僕の提案にカレンさんとミラクどころか、扱いを決められている当人(?)まで驚きに目を見開く。
「どうせモンスターは殺したら消滅してしまうんだ。ならその前に、これだけ弱ったモンスターの姿を見せて回った方が、一般の人たちも実感できるだろう。『モンスターが倒された』って」
「それは、そうかもしれんが……」
「教団もいいイベントができて宣伝にもなるし、入団希望者も増えるかもね」
『ちょちょちょ! ちょっと待て! 闇の神エントロピー! お前の狙いはもしや……!?』
と炎牛ファラリスの中から出てくる。僕だけに聞こえる声。
このウシの中にいるのは火の神ノヴァ。創世の五大神に名を連ねながら、近年信仰が薄くなった人間たちへ勝手に立腹し、モンスターに転生して神罰を加えようとしたアホである。
そのためみずからが作りだしたモンスターを、自分が転生する用に限界までチューンしたのが炎牛ファラリスなわけだが、そうして特盛にした超絶能力を、僕の暗黒物質で残らず潰された今のコイツは、ただのウシ以下。
その中にいる火の神ノヴァの魂としては、こんなポンコツさっさと引き払って神界へ戻りたいところだろう。
『お前……! やはり……!?』
そう、そうは問屋が下ろさんぞクソ神め。
転生したお前の魂は、その器となる生命体が死滅しない限り肉体から解放されることがない。つまり死ぬまで、お前はそのウシとしての生を継続していかなければならないのだ!
『やっぱり! お前、体よくワシをこのウシの体に封じるつもりだな!! この火の神ノヴァを!!』
あっさり神界の戻して新たな悪巧みをされるのも不本意だ。
封印というのもあながち間違いじゃないな。その無力なウシもどきの中に魂を封じられし火の神ノヴァよ。
かつて封印されしこの僕からの復讐ということにしておいてやろう。
『この鬼! 悪魔! 闇の神!! いっそ殺せ! すぐさま殺してワシを神界に帰せ!! この世界の支配者たる火の神ノヴァが、醜く無力なウシとして生きていかねばならんだとぉぉぉーーーーーーーーーーーッ!?』
嫌なら隙を見て自殺でも試みるんだな。その都度全力で阻止するけど。
モーモー暴れるウシの首に縄をかけ、無慈悲に引っ張る。
このまま火の教団本部まで引きずり回してやろう。基本徒歩だ。可哀想な瞳で荷馬車に乗せられていくなんて好待遇を受けられると思うなよ。
「……わ、わかった。前代未聞ではあるが、お前のいうことにも一理あるし火の教団の者たちと話し合ってみよう。だが、一つ質問していいか?」
「はい?」
「ハイネさん、あなた一体何者なんです?」
問い詰めてきたのは、ミラクの言葉を遮ったカレンさんだった。
数年ぶりに友情を回復させたミラクよりもさらに思いつめた顔をして。
「私は、アナタが頼れる仲間になってくれればと思ってスカウトしました。でもアナタは私の想像を超えて頼り甲斐がありすぎます。ミラクちゃんとの仲を修復してくれた行動力はともかく……。あの巨大モンスターの熱閃を防いだり、こんなに小さくなるまでボコボコにしたりなんて。普通じゃないです」
「私もそれを聞こうとしていたんだ。私はお前のことをカレンの従者ぐらいにしか思っていなかったが何者なんだ? 少なくとも勇者か、それを超える何かだ。しかも遠目から見えたあの力――真っ黒な何かとしか言いようがないアレは、火の神力でも光の神力でも、他の風、水、地のどの神力とも違う」
まあ流石に見えていたよな、僕が暗黒物質を使うところ。
どう説明すればいいか?
僕は人として転生し、人としてこの世界に関わっていきたいので『闇の神の転生者です!』と大っぴらに発表したくない。
そもそも闇の神という存在を、今の人々は知っているのか?
「では、わたくしから説明いたしましょう」
第三者の声が響いてきた。
 




