279 姦しい
女三人寄れば何とやらとは申しますが。
私――、コーリーン=カレンと、ミラクちゃんと、シルティスちゃん。
この三人で集まるのは随分久しぶりということで。勇者の務め的に早めに帰らなければいけないのはわかっているけれども、なかなかお尻が椅子から離れてくれない。
ついつい長居してしまう。
シルティスちゃんが断りもなしにお菓子の袋を開けて、ミラクちゃんが横たわるベッドの上に広げ始めた。
「こうして会うのって、なんだか随分久しぶりな気がするよねー」
シルティスちゃんも私と同じ感想をもっていたようだ。
「……そうだな。少し前まではお互いライバル視しあって、顔を合わせるとしたら戦場のみだったというのに。こうして再会を喜ぶことになるとは夢にも思わなかった」
「一番敵視してやがったヤツが何言ってるのよ? 調子のいい」
「お前に対してだけは、まだ敵意あるぞ?」
このミラクちゃんとシルティスちゃんの掛け合いも、今では定番だ。
ここに地の勇者ササエちゃんと風の勇者ヒュエちゃんが加われば完璧になるのだが。
現在私たちは、魔王たちへ対抗するために各都市で修行に打ちこんでいたから、長らく顔を合わせることもなかった。
勇者同盟が発足してから、私たち顔を合わせずにいる時期がこんなに長くなることはなかったから。
自然と積もる話が増えてしまう。
神勇者や魔王たちの話題もそこそこに、私たちのお喋りはアチコチへと駆け回っていく。
「そういやさ。カレンッちやミラクッちは、アタシと会ってない間、自分たちの都市で何してたの?」
まずは近況報告会。
「ウシと一緒にヒーローショーで地域巡業してた」
「皆のお尻でハイネさんを押し潰してた」
「ん?」
シルティスちゃんが我が耳を疑うように髪を掻き上げたが、すぐに気持ちを切り替えて……。
「まあいいや。それよりもアタシ! アタシがハイドラヴィレッジで何をやってたのか聞いて! 聞いて!」
「あぁ? どうせ勇者の修行そっちのけでアイドル活動に現を抜かしてたんだろう?」
「ピンポーン! 正解! その通り!!」
「嫌味のつもりで言ったんだがなあ……」
シルティスちゃんは、いついかなる時でもシルティスちゃんだった。
「ただし今回は、いつもと一味違うのよ! 何故なら、ついにアイドル勇者シルたんによる五大都市ライブツアーの企画が立ち上がったのよ!!」
「「へええ……」」
私もミラクちゃんもできる範囲で精いっぱいのリアクションをしてあげた。
光都アポロンシティ。
火都ムスッペルハイム。
水都ハイドラヴィレッジ。
地都イシュタルブレスト。
風都ルドラステイツ。
地水火風光の五大教団が本拠を置く五大都市は、この世界で最高クラスの大都会と言っていい。
その五大都市で巡業ツアーを行うということは、きっとアイドルとして偉業達成と言えるのかな?
シルティスちゃんの鼻息が荒いのもそのせい?
「これまでは五大教団の仲が悪かったせいで、他都市でのライブ開催なんて不可能だったけれどもカレンッちやハイネッちのおかげで教団和解が成立した今、実現の可能性が出てきたのよ!」
と喜びはしゃぐシルティスちゃん。
繰り返し述べますが、ここ病室です。
「勇者同盟様々よね! アタシのアイドル活動が、水の教団の布教の一環だと思われた頃にはこんなことになるなんて夢にも思わなかった!」
「そりゃあ勇者がアイドルやるんだから、そう思われてもしょうがないだろ」
教団の顔みたいなものだものね、勇者。
「水の教団内での改革で、アタシのアイドル活動もすっぱり教団と切り離せたし、これからはますます肩を軽くしてアイドルに打ちこめそう!」
「ゆ、勇者のお勤めも忘れないでね……!」
「そうそう、その件についてカレンッち、ミラクッち。聞いてほしいことがあるんだけど」
まだ何かあるんですか?
「うん、アタシたちが魔王を倒したあとのことなんだけど考えてる?」
「えー?」「えー?」
魔王を倒したあとって。
私たち、ついこの間まであの人たちに睨まれただけで足腰立たなくなるぐらいの実力差だったんですけど。
いくら神勇者という希望を得たからって気が早すぎじゃないですか?
「未来への展望を描くことは、戦いを勝ち抜くための目標として大切なことなのよ!」
「一歩間違うと死亡フラグになるけどな」
「アタシね、思うの。魔王を倒した暁には、この世界の全モンスターも消滅するはずでしょう?」
「それは、まあ……?」
「そうしたらアタシたち勇者もお役御免。その際にはアタシも勇者とアイドルの二足の草鞋に別れを告げなくてはいけない。つまり、アイドル活動一本に絞り込む! 歌って踊れる水の勇者から、移り気なしの水の歌姫へクラスチェンジするのよ!!」
おおー。
そこへミラクちゃんから冷静な一言。
「水の芸人の間違いじゃないのか?」
「あぁん!? だったらアンタがツッコミ担当になってみるぁ?」
バチバチと火花を散らす、この二人。
本当に仲がいいんだか悪いんだかわからない。
でも、……魔王を倒したあとか。
本当に、その時私たちはどうなるんだろう?
魔王の打倒は、それがそのままモンスターの滅亡を意味する。シルティスちゃんの言う通りだろう。
そうすれば、モンスターから人々を守るのが務めの私たち勇者も、その役目を終える。
シルティスちゃんだけじゃない。私やミラクちゃん、ササエちゃんやヒュエちゃんにとっても避けて通れない問題だ。
「私が、光の勇者でなくなったら……」
ハイネさんのお嫁さんだね。
ウン、何も問題ない。
「それはそれとして、この街も何だか辛気臭いわねえ」
シルティスちゃんが言うだけ言って、自分で話題を変えた。
病室の窓から、火都ムスッペルハイムの街並みを見下ろしながら言う。
「大いくさの直後だからな、疲弊しているのは仕方あるまい」
みずからも全身ズタボロになったミラクちゃんが反論した。
たしかに今のムスッペルハイムは、魔王ミカエル襲撃を押し返すために全力を出し尽し、疲労困憊と言ったところ。
教団の武力であり、治安維持機関でもある業炎闘士団は、その構成員が一人残らず負傷。その穴を埋めるために予備役の人たちや他の職域の人たちまで駆り出され、街の営みからは困惑が隠しきれない。
でも街を行く人々の表情は、皆等しく元気が溢れていた。
苦戦ではあったものの、最後には魔王を撃退し勝ちいくさであったと確信を持てたから。
「戦いに疲れた街……。戦闘そのものには間に合わなかったけれど。だからといって何もせずに帰っちゃシルティス様の名折れよねえ……」
「何を言っているのシルティスちゃん?」
これ以上余計なことしないで?
「勇者としてやるべきことが尽きたなら、今度はアイドルとして仕事すべし! 疲れた人々を歌や踊りで癒してあげるためにアイドル勇者ここに立つ!」
「ホントに何する気なのシルティスちゃん!?」
「決まっているでしょう」
シルティスちゃんは決め顔で言った。
「ゲリラライブよ!!」




