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276 燃え尽きて後

 こうして火の魔王ミカエルは去った。


 一時は火都ムスッペルハイム壊滅、火の教団全滅不可避の最大級ピンチと思われたが、終わってみれば双方無事。

 死者らしい死者も出ず、モンスターを都市内に入れることもなかった。


 オレたちは立派に魔王ミカエルを撃退できたと言っていいだろう。


 ただし、死者は出なくともオレたち業炎闘士団が受けた被害は甚大だった。

 ひたすらケガ人がめっちゃ多い。


 特に戦いの前半でオレを庇ってくれた先代勇者キョウカ姉者がもっとも酷く、すぐさま病院に担ぎ込まれたものの、複数個所の骨折や火傷で絶対安静となった。

 骨折は、地の教団から骨接ぎに特化した錬成術師を。火傷は水の教団から治癒術師を。

 それぞれ招聘して治療に当たってもらうことになったが、それでも即座の戦線復帰は難しい。


 それ以外にも、ミカエルが生み出したザコモンスター掃討のために多くの炎闘士が負傷。

 挙句の果てに業炎闘士団の最終奥義『メルト・グランデ』の連発で、大半の炎闘士が疲労困憊ダウン。

 本来『メルト・グランデ』は一撃必殺で、撃ったあとに余力を残せる技ではないのだ。


 炎闘士のほぼ全員が神気を搾り尽し、文字通り精根尽き果てて指一本動かせないところを救援してくれたのは、カレン率いる極光騎士団だった。


 光都アポロンシティから応援に駆けつけてくれた極光騎士団であるが、到着したのは戦いのほぼ終盤。それでも力尽きた炎闘士たちに代わって事後処理を引き受けてくれたのには本当に助かった。

 彼らがいなければ、収容の遅れた負傷者から死人が出ていたこともありえたのだから。


 そしてこのオレ――、カタク=ミラクも……。


             *    *    *


「ミラクちゃん、大丈夫?」


 火の教団直営病院に入院するオレの病室へ、カレンが訪ねてきた。

 極光騎士団が救援作業の大半を終え、光都アポロンシティへと引き上げる間際、挨拶によってくれたそうだ。


「大丈夫に決まっている。オレは火の勇者だぞ。五人の勇者の中で最強なのだ」

「ふふふ、そうだね」


 こうした傲慢も、今ではカレンとの間で軽口として伝わる。

 実際のところは体中にできた数えきれないほどの打撃傷。神勇者化したことでの体の負担も無視できないほどで、医者からはしばらくのトレーニング禁止令が出ていた。


「でも驚いたよ。ミラクちゃんも神勇者になれたなんて。そのおかげで魔王を撃退できたんでしょう?」

「まあな、そうでなければオレたちは魔王ミカエルを追い返すなどできなかった。今頃皆殺しで、火都ムスッペルハイムもサラ地と化していただろう」


 聞くところによるとカレンも神勇者化に成功したらしい。

 勇者が、神の一部を分け与えられることによって極大パワーアップする神勇者。その力は絶大で、そうでない時点では傷一つ付けることのできなかった魔王を相手に互角の戦いができたのだ。

 実際なったオレ自身だからこそわかる神勇者の強大さ。

 あの力は間違いなく、これから魔王との戦いにおける切り札となる。欠くことはできない。

 しかし……。


「何故オレは神勇者になれたのだ?」


 そこが尽きることのない疑問だった。

 強大なる神勇者になるため、オレは何かしら特訓を積んだわけでもないし、試練を乗り越えたわけでもない。儀式なんかもしていない。

 それなのに極めて唐突に、降って湧いたかのように、これまで持っていたものの数十倍のパワーを手に入れたのだ。

 鍛錬修行をもっとも大事にする火の教徒としては、何かズルしたような気がして尻が落ちつかない。


「神様からの助けだよ、ミラクちゃん!」


 カレンが晴れやかに言う。


「私たちが信奉する五大神様たちが世界の危機に際して、それを退ける力を人間にお与えくださったんだよ! やっぱり神々は私たちを見守ってくださっていたってことだね!」

「…………」


 無邪気ともいえる印象でカレンは神勇者の奇跡を誇ったが、オレは別の印象も持っていた。

 オレが火の神勇者になる寸前、頭の中に直接響いてきたオレにしか聞こえない『声』。

 あの『声』は、状況から見て間違いなく、火の教団で飼っているモンスター、炎牛ファラリスの声だった。


 アイツは戦いのあと、結局また小さいサイズに戻って、火の大本殿の飼育小屋に戻った。

 無理を強いて戦ったからか、ミカエルにボコられた傷が痛むのか、元気もなく寝てばかりだと言うが、食欲だけはいつも以上にあるため心配ないと言われている。

 ただ今回の戦い、モンスターの王が攻めかけてきながら、同じモンスターであるにもかかわらず人間の味方として戦った炎牛ファラリス。

 その不可解な行為が元々ゆるふわ系で人気の高かったヤツをさらなる人気者に押し上げた。現在、火の教団本部は、あのウシを一目見ようとする礼拝客で大混雑しているらしい。


「…………」


 オレが神勇者となる寸前、オレにだけ直接響き、オレを導いたあの声。

 あの声が、もし本当にあのウシの声だったとしたなら……。神勇者の力が、本当に神が与えてくださったものだとするならば……。


「まさかな……」


 二つの状況が合わさることで導き出される結論を、オレは苦々しく却下した。


「ミラクちゃん? 何が『まさか』なの?」

「聞くなカレン! そんなこと絶対にありえん! オレの考えすぎか、あのウシがたまたま偶然に一致した迷惑な動きをしたのだ! それ以外にありえん!!」


 オレは、これ以上その件を話したくなかった。カレンはそうしたオレの気持ちを汲んで追及しなかった。

 話を別のものに変えた。


「……でも、その神勇者の力をもってしても魔王を倒すことはできなかったね」


 そうだ。

 他の都市からの報告が上がってこない以上、今回の戦いは神勇者と魔王との世界初対戦となったはずだ。

 神勇者が本当に打倒魔王の切り札となるか否か。重要な試金石となるはずだったが、オレは魔王ミカエルを絶息させることができなかった。

 神勇者は魔王に負けなかったが、勝つこともできなかったのだ。

 それは、圧倒的劣勢を強いられてきた人類にとって、残念なことに他なるまい。


「……オレは、そこまで悪いことだとは思っていない」


 魔王ミカエルを殺せなかったオレ自身が言った。


「魔王は敵だ。……でも、アイツが言ったように、オレとヤツは互いに好ましい敵なのだと思う」


 敵には二種類がある。

 戦えば戦うほど互いを貶め合う敵と、戦えば戦うほど互いを高め合う敵。

 そういう意味から好まし敵と好ましくない敵とに色分けできるのかもしれないが、本当に厄介なのは好ましくない敵よりも、好ましい敵の方なのかもしれない。


 何故なら好ましくない敵は、ただ憎しみの元に滅ぼせば、それだけでいい。

 しかし好ましい、憎しみ以外のものでも繋がってしまった敵とは、一体どういった決着が望ましいのか?


「オレにはわからなくなった。ヤツとの戦いをどのような形で締めくくればいいのか? ただどちらかが死ねばいいのか? それだけではダメだとオレは感じるようになってしまった」

「ミラクちゃん……」


 オレとミカエル。

 勇者と魔王。

 人間とモンスター。


 霊長の座を賭けた争いに、どのような形での決着が一番望ましいのか?


「その答えを掴むためにも、もう一度アイツと戦わねばならないな」


 不可解なことかもしれないが、オレにとっていつか必ずやってくる魔王ミカエルとの再会が、カレンや仲間たちとの再会と待ち望むのと同じように快いものであった。


「……そういえば」


 そろそろ病室を辞去しようとするカレンへ、オレは最後に残った疑問を尋ねてみた。


「今回ハイネの姿が見えなかったが、どうしたんだ? アイツは騒動が起これば、呼んでもないのに自分から首を突っ込んでくるヤツだろうに」


 あるいは、ここより他にもっと深刻な騒動が起きていて、そっちに向かったなどという可能性もあるため、ちょっと心配になったのだ。

 するとカレンは、見る間に表情を曇らせて、ボソボソ呟きだした。

 あまりにボソボソ声なので、耳をそばだてて聞き直し、それでようやく内容を理解できた。


「行方不明? 光の教主と一緒に?」

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