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274 大地を見上げて

「オレは一人ではない」


 そう言った魔王ミカエルの声色に、初めて感情の揺らぎのようなものを見た気がした。

 オレ――、カタク=ミラクとミカエル。お互いボロボロのまま、荒野で睨み合う。


「我らモンスターは、今より百年も前に発生した。その原始、我が母でもある不死鳥フェニックスは自意識すらなく、ただひたすらモンスターを生み出す装置だった」

「火のマザーモンスターというヤツか」

「そうだ。何万、何百万というモンスターが百年の間に生まれ、そして消えていった。その気の遠くなるほどの繰り返しの末に生まれたのがオレだ」


 生まれては死ぬ。死んでは生まれる。

 一見無為なその繰り返しが、種としての生命に発展を与える。

 それは人間も経験したことだ。

 モンスターもまた、無限と思える興亡の果てに自意識を獲得し、自分は何者なのかと自問した結果、魔王という存在を生み出した。

 ……そうハイネが言っていた。


「幾千万もの魔の生死を積み重ねた。その末に魔王たるオレは在るのだ。先のモノたちの存在なくしてオレを語ることはできん。故にオレは一人ではない!」

「これまで生まれては死んだモンスターたちすべての存在した証が、お前そのものだと?」

「そうだ! 故にオレはモンスターの上に立つ者だ。オレは母から、モンスターを生み出す機能をも引き継いだ! これから新しい同胞たちをいくらでも生み出すこともできる! 故にオレは一人ではない!」


 吠える魔王。


「けっしてお前たち人間などに劣ってはいない!」

「…………」


 たしかにミカエルの言う通りだ。

 先人たちが積み重ねてきた過去。それは俺たち人間にとっても掛け替えのない財産なのだから。

 歴史、知識、教訓。

 それらは過去によってしか獲得することができない。偉大なる過去の人々。彼らが遺してくれたものを土台に作り上げたものがエーテリアル文明や五大教団なのだから。

 人間であるオレには、ミカエルの言う過去の積み重ねを否定することはできない。


「しかしそれでもオレはお前を否定する。どこまで行こうとお前は一人だ」

「どうしてもオレを愚弄したいか……!?」


 ギリリという歯ぎしりの音がここまで聞こえてくる。

 オレはかまわず言い続ける。


「何故ならお前たちモンスターには、いまだ欠けているものがあるからだ。人間にあってモンスターにはないもの。それを得ぬ限りモンスターは、どれだけ繁栄しようとも、過去を積み重ねようと。繋がりを得ることはできない」

「それは何だ!? 何が欠けているというのだ!? 言ってみろ!!」


 もはやミカエルには、当初の冷静さが微塵もなかった。

 戦いではギリギリまで追い詰められながらも威厳を失わなかったというのに。


「……心だ」


 オレは答えた。


「生命が、自分以外の誰かを認識し、思い遣るためには心が必要なのだ。たしかにミカエル、お前は自意識を獲得した。しかし自意識は心に進化しなければいけない。心を獲得せずして人間に成り代わることなどできないぞ……!」

「心……、だと……!」


 魔王ミカエルは大いに動揺しだした。


「心とはなんだ? 自意識とどう違う!? オレたちモンスターは、既に量産型に至るまで自律行動ができる。ゆえに立派な生命ではないのか!?」

「ならばお前に見せてやろう。心を……!」


 オレはゆっくりとミカエルに近づいて行った。

 ヤツは戸惑って、警戒しつつも迎撃すべきかどうか決めかねているようだった。

 そのためにオレの拳が届く距離まで、接近を許してしまった。


 ……おいウシ。もう一度力を貸せ。


『……え? いやあの、もうちょっと休ませて……!』


 却下だ。

 神勇者モード発動!


「なぐッ!?」


 ドゴンッ!! とミカエルに向けて我が拳が撃ち込まれた。

 アッパーカットで振り切り、ガードの上からでも絶大な威力でミカエルを上へ吹っ飛ばす。


「「「「「えええええええええええええええッッ!?」」」」」


 周囲にいる業炎闘士団たちも、遠巻きに見守りながらオレの暴挙に驚いたようだった。

 皆一人の例外もなく、天高く舞い上がるミカエルを見上げた。

 ひゅうううう……ん、と。

 どこまでも高く舞い上がるミカエル。

 さすが神勇者によるパンチ力は絶大だった。雲にも届くかと言わんばかりの高度まで飛んでいく。

 殴り飛ばされた速度もなかなかのもので、上昇にて空気を切り裂く音が百里に渡って伝わるかのようだった。

 誰もが天高くいる魔王に気づいたことだろう。

 少しして、重力による作用で当然のように落ちてくるミカエル。ズドッと音を立てて、膝を付きはするものの綺麗に着地した。

 さすがボロボロになっても魔王だ。


「……どうだ、心は見えたか?」

「……ふざけるな」


 先ほど以上に声が怒りに震えていた。


「いきなり殴り上げて何が心だ? やはりお前はオレを愚弄しているのか? この魔王を愚弄するなど、粉々になる覚悟あってのことだろうな!?」

「いいから言ってみろ。空の上から何が見えた?」


 オレの問いかけに、爆発寸前だったミカエルの怒気はほんの少しだけ萎み、回答を言わせた。


「お前に飛ばされて空から見下ろせたのは、すぐそこにある人間の街だ。お前たちの言う火都ムスッペルハイム。……上からすべてが覗けた。そこに住む人間どもも、その顔まで……!」


 やはり魔王というのは目もいいらしい。


「皆が何事かと見上げていた。街の連中は、既にオレの侵攻を知っているのだろう。恐怖で真っ青になっている者もいれば、オレへの怒りで真っ赤な表情もあった。何事かとただ戸惑うだけの者。物珍しさだけを感じる者。皆等しく天高くに舞い上がったオレを見ていたが、顔の形は様々だった……! 表情は……!」

「それが心だ」


 オレは言った。


「同じ方を向きながら、感じることはそれぞれ違う。だから顔に浮かべる表情もそれぞれ違ったものになる。自分だけの人生を行き、自分だけの経験を積むから、宿した心もそれぞれ違う。それが人間だ!」


 違う心を持っているから、時には理解し合えず争う時もある。

 しかしそれを乗り越えた時、固く結び合った心はただ協力する以上の力を人に与える。

 オレとカレンたちがそうだったように。


「魔王ミカエル、お前たちはどうだ?」

「……く、くっ!」

「お前の生み出す火属性モンスターは、同じ方向を向きながら、それぞれ違うことを感じ思うことができるか? できるはずがない。モンスターの表情は常に一つだ。心なき魔獣である証明の一つだ」


 モンスターはいまだ、『人間を襲う』という本能に突き動かされるだけの獣。

 判断することはできても、判断に感情を伴わせることはできない。

 情と理。言葉にできない様々なものを行動に伴わせ、色付け、意味を成し、物語のような生を描き出せるから人間に心はある。

 皆がそれぞれ違いことを思い、それでも一緒に生きていくことが出来なければ……。

 文明も文化も歴史も発生しないのだ!

 モンスターはその域まで遥か遠い!!


「……黙れ」


 ぐわんっ! と、今度はオレの体が揺れた。

 魔王ミカエルに殴られたのだ。

 ほとんど不意打ちで、オレは避けることもできずに思い切り吹き飛ばされた。

 オレの場合は先のミカエルと違い地面と平行方向だが。

 生身であれば五体が砕け散るパンチ力だろうが、ヒットの寸前ひとりでに神勇者モードが発動していた。


『ボケッとするでないわボケが!』


 あのウシが助けたのか?

 アイツとも、敵同士だったはずなのに今日はずいぶん助けられた。


 そして、……魔王ミカエルは憤怒の形相だった。

 込み上がる苛立ちを、どうにもコントロールできない。そんな感じに。


「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ……!」


 ボロボロのはずなのに、ヤツの神気が上がっていく。

 こちらも負けずと神勇者モードを再開した。そうしなければ確実に殺される。

 案の定、激情のままにミカエルは殴りかかってきた。

 戦略戦術、すべてを投げ打って。


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れェェェェーーーーーーーッッ!!」


 その心からの叫びにオレは応えた。


「黙るとも。もう言葉などなくても伝わるはずだ」

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