273 炎炎
火の魔王ミカエルの究極奥義『フェネクス・ハンマー』。
このオレ――、カタク=ミラクのすべてを込めた『プレアデス・バースト』。
魔と神と人、すべての力が炎となって混ざり合い。
世界を焼き尽くすほどの轟炎となって大爆発した。
「きゃああああーーーーーーーーーーッ!?」
「ミラク姉様ーーーーーーッッ!?」
「……凄い、爆発ーーーーーーーーー?」
爆発の外縁から、ほとんど悲鳴の炎闘士たちの声が上がった。
たとえ爆発の余波であったとしても、その威力は通常の『フレイム・バースト』を直で食らうに等しいだろう。
無事で済むとは到底思えないが、無事を祈るしかなかった。
こっちはまさにそれどころではなかったから。
オレは、爆発の起きたほぼ中心、まさしく爆心地というべき地点にいて、ミカエルのヤツと真っ向から衝突していたのだから。
「くぬがッ……! おおおおお…………!」
ただ立っているだけでも蒸発して消えてしまいそうな超高熱の中、それでも生きていられるのは神勇者としてオレのすべてが段違いにパワーアップしているおかげだった。
それでも熱さで意識が飛びそうだった。
実際、ちょっとでも気を抜けば高温に耐えきれなくなった脳ミソが強制停止して、その途端に神勇者の力を失い消し炭になりそうだったから。
気が狂うような気持ちで神気を放出する。それ以外にやるべきことはなかった。
実際オレの真正面では、もっとも恐ろしい敵ミカエルが、悪鬼のごとき形相を振り乱している。
オレもヤツも、持てる神力すべてを炎に変えて互いにぶつけあっている。
周囲に飛び散っているのは、オレとヤツの衝突に行き場を失った高熱が横へ漏れだした、正真正銘の余波に過ぎない。
その余波だけで大地は溶けてマグマと化し、熱せられた空気は竜巻クラスの上昇気流となって枯草や虫を燃やしながら舞い上げる。
しかもそれは、たった一瞬のことではなくオレとミカエルが神気を放出し続ける限り続く爆発。
お互い必死だった。
周囲にどれだけ地獄的迷惑を蒙らせようと、拮抗する力がちょっとでも傾いた時、押し負けた方にすべての熱量が叩きつけられ、燃えカスも残らず蒸発するだろう。
だからオレもミカエルも、自分が蒸発しないために最大限でぶつかり合うより他なかった。
不死鳥の翼と炎牛の角。
それぞれを預かったオレたちは、人と魔の存在をかけてぶつかり合う。
同じ火の属性をもって、奇しくも同じ体勢で飛ばし合う必殺技。
まったく違う生命であるオレたちは。
何故ここまで同じように戦うのか。
「……わかった、ぞ」
「何!?」
全力神気を放出し続けるそのままに、オレは口を開いた。
こんな空気すら高熱で消し炭になりそうな高熱地獄でよく声が伝わるものだと感心するが、互いに拳を合わせているがゆえの骨伝導だろうか。
とにかくもミカエルは反応した。
「オレとお前の、決定的な違いが……! オレは皆と共に戦っている。お前は一人だ」
「死を前にして気が狂ったか? この局面で何をわけのわからぬことを……!?」
ミカエルは、ヤツの性格そのままに馬鹿正直な答えを返す。しかし、オレの言うことがヤツに理解できるわけもなかった。
「オレだって元々理解していたつもりだが、お前と戦うおかげで改めて実感できたと言いたいんだよ。かつてはオレも一人だった。一人で強くなったつもりになり、一人だけしか立てない頂点を目指した……」
そんなものに意味などないということが、あの時のオレには気づけなかった。
カレンと再会し、ハイネと出会う前までのオレは。
「何故なら人間は弱いからだ。人間一人の強さなどたかが知れている。その人間の中で単独の最強を誇ったところで何の意味がある? ミカエル、お前のような別次元の生き物と出くわした時、容易く捻り潰されるだけのことだ」
「そうだ、人間より強固な種こそオレたちモンスターだ。だからこそ地上の霊長には、モンスターが成り替わる……!」
「違う!!」
オレはミカエルの言葉を遮った。
そんなことを言っているんじゃない。オレの言うことをその程度にしか理解できないから、モンスターは霊長の地位に値しない。
「人間にとって一番大切なことは、自分が強くなることではなく、皆で強くなることだった。オレはそのことを理解できたつもりだった。だから仲間たちと――、カレン、シルティス、ササエ、ヒュエと一緒に戦ってきた。でもオレはまだまだ理解の深さが足りなかった」
今日そのことに気づかされた。
何故ならオレは今この瞬間、火都ムスッペルハイムすべての人々の力を受け取って強くなっているからだ。
それが神勇者だ。
人間はその気になれば、見知った仲間だけではない。この地上に生きるすべての人々と一緒に強くなれるんだ!
だからオレは、火の勇者カタク=ミラクは……。
「お前などには負けない! ミカエル、どんなに強かろうがたった一人のお前に! 人の絆が生み出した奇跡が負けてなるものかァァァァーーーーーーーーッッ!!」
「ほざくな人間風情がァァァァーーーーーーーーーーーッッ!!」
お互いの放出する極大火炎。
それが同じ瞬間により一層火力を増した。
もはやそのまま世界中を焼き尽くすのではないかと思われるほどに、オレとミカエルは炎の発する赤光の中に飲み込まれて、消え去っていった。
* * *
炎熱地獄は去った。
戦場となった火都ムスッペルハイム郊外にある平原は、今やその面影など微塵も残さぬ焦土と化していた。
大地にあるのは、いまだブスブスと煙を立てる灰色の土だけ。
さらに外側から遠巻きに、呆然とした表情で戦いを見守ってきた業炎闘士団たちがいた。
その立ち位置は最初よりかなり後退していた。神勇者と魔王の激突は、あれだけ離れなければ巻き添えを避けられなかった、ということだろう。
そして……。
「ゼェ……、ゼェ……!」
「…………!」
オレたちは生きていた。
このオレ――、カタク=ミラクも、火の魔王ミカエルも。
あんな炎熱地獄のど真ん中で、双方よくも燃え尽きずにいたものだと自分でも驚きだ。
しかし、いくらなんでも無傷ではいられなかった。
オレは体中ズタボロで神力は尽き、顔中ススだらけ、髪の毛は先がチリチリと焼け焦げていた。
遠くで炎牛ファラリスのヤツが倒れ伏し、足先をピクピクさせていた。
神勇者によってかかる負担というのが、ヤツを限界まで追いやったのだろう。
もはやこれ以上神勇者形態の持続は難しそうだった。
そして魔王ミカエルも同様だった。
難攻不落と思われた威容は見る影ないほどにボロボロ、自慢の炎の翼は今にも燃え尽きそうで、まさしく尾羽打ち枯らしたという様相だった。
肩を大きく揺らす呼吸が、ヤツの消耗ぶりを如実に物語っていた。
もはや戦う力は残っていまい。オレ同様に。
「……………………………………ここまでだな」
魔王ミカエルは、息を乱しながらも威厳を込めて言った。
「ここまで消耗させられては、仮にお前を倒せたとしても、そのあとに人間の街を滅ぼす余力は残らない。時間もかけ過ぎた。もはやいつクロミヤ=ハイネが駆けつけてもおかしくない頃合いだろう」
そう言えば、光都アポロンシティへ送った無線通信は、ちゃんと届いたかな?
小型飛空機を飛ばせば、隣街からならそろそろ着くころだ。
「オレは去る。取るに足らぬザコだとばかり思っていたお前たちにここまでしてやられるとは、今日のところはオレの負けとしておくべきだろう。見事だ」
……そんなボロボロになってもまだ偉ぶりやがって。
追い詰められたんなら少しは動揺しろよ。益々倒せる自信がなくなるじゃないか。
「しかしカタク=ミラクよ。紛れもない我が敵よ。最後に言っておく。オレはお前が言ったことを一つだけ、どうしても否定しておかねばならん。それをせずしてここを去ることは出来ん」
「……なんだ?」
「オレが一人だと、お前はそう言ったな? そしてお前にはたくさんの同胞がいる、ゆえに人間の方が優れていると……! それは違う。そんな理由で人間がモンスターを見下すなど許さない! 何故ならオレは……!」
魔王ミカエルは言った。
「オレは一人ではない!!」




