272 恒星激突
『オヌシが神勇者として受け取っている人の心は、神への祈りだけではない、オヌシ自身――、勇者への人が寄せる信頼や期待もエネルギーとなって注がれ、力となっておるのだ!』
ウシが言う。
『神と勇者、二つの象徴へ注がれる人の心が一つとなる! その力は数百人分どころの話じゃねえ、数十万人分だ! それゆえに神勇者は神をも超える力を持ちうる! ……その代わり、人の心にありがちな執着とか嫉妬とか裏返しの心は、神の方が一手に引き受けることになってるけど……、あー、しんどい』
なんか辛そうだが、つまりこの形態でいる間は、ウシに果てしなく負担をかけるということか。
あまり長くは維持できないということでもあるな。
速攻で勝負を決めなくては。
「…………よかろう」
一歩、二飛、三歩、四歩。
魔王ミカエルが、オレに殴られ後退させられた分を取り戻さんと前進する。
そして再びオレの眼前に。その巨体で視界すべてを覆い尽くすようにそびえ立った。
「お前もまた、このオレが本気で挑むに相応しい相手のようだ。あのクロミヤ=ハイネ同様にな」
「アイツと同じ扱いか」
一応光栄だと思っておくことにするか。
「我は魔王!!」
ミカエルは咆哮した。
「全モンスターの頂点に立ち、モンスターの新たな時代を切り拓く、魔なるモノの長! そのうちの火を司る火の魔王ミカエルなり!!」
「「「「「………………ッ!?」」」」」
大爆発にも似た音声に、そこに居合わせた誰もが圧倒され、身をすくませた。
声による空気の振動が、まるで頬を叩いてくるかのようだった。
気分的にではなく物理的に。
そして皆、同時にこうも思った。
アイツが誰かなんて、とっくの昔に知れ渡っているのに……。だからこそこうして慌てまくっているというのに……。
何故今更アイツは、自分が何者かなんてわかりきったことを、わざわざ言い直したのだ? と。
「……」
オレはすぐに、その意図を察した。
「……オレはカタク=ミラク。火の教団より選ばれし火の勇者カタク=ミラクだ!!」
オレはまだ、ミカエルに対して一度も名乗りを上げたことがなかった。
アイツに対してあまりの弱さゆえに、その資格を持たなかった。
ミカエルが先に名乗ったのは、相手の名を聞く際のもっともな礼儀だ。
オレはついに、魔王に名を記憶される資格をもったというわけか。
「ではカタク=ミラクよ……」
炎の翼を持つ巨漢から、初めてオレの名が唱えられる。
「……お前を叩き潰してやる」
「違うな。オレがお前をブッ飛ばす」
ようやくオレは、魔王ミカエルの正当な敵として認識された。
本気となったミカエルが、そのハンマーのごとき両腕を、揃えてオレへ向けてかざす。
「ぬうううぅぅ………………ッッ!!」
地響きのごとき神気の高まりとともに、ヤツの体が目に見えた変化を始めた。
魔王ミカエルのシンボルとも言うべき、背中から広がる炎の翼。
その一対二枚の炎翼が、翼の原形もとどめぬほどに細長く伸びて、まるで炎の帯のようになって、ミカエルの両腕に巻き付く。
右翼の炎帯は右腕を、左翼の炎帯は左腕をそれぞれ包み、ミカエルのハンマーのごとき両鉄拳は、燃え盛る炎のハンマーと化した。
ヤツの――、魔王ミカエルの炎翼は、炎をまとった翼だとばかり思っていたが、違った。
炎そのものが翼の形を模していたのだ。
だからこそあんな大胆な変形をすることができた。
「……我ら魔王にとって、翼は力そのもの。神気の塊でもある翼を用いたこの技こそ、この火の魔王ミカエルの最終奥義と言ってよい」
翼の炎に包まれた両腕を示してミカエルは言う。
「クロミヤ=ハイネに対してのみ使うつもりであった『フェネクス・ハンマー』を、よくぞ使わせてくれたものだ」
「……そうか、そこまで派手に歓迎してくれるなら、こちらも相応の土産をくれてやらねばな。……業炎闘士団!!」
左右に割れて戦いを見守る仲間たちの軍勢に、オレは呼びかける。
すまんな、やはりもう一度だけ手助けしてもらうぞ。
「発射準備完了している『メルト・グランデ』をオレに向けて放て!!」
「はあッ!?」
「何を言ってるんですかミラクお姉様!? 正気ですか!?」
それを聞いたミツカたち妹分が耳を疑うのもしょうがないことだろう。
元々『メルト・グランデ』は業炎闘士団最大の殲滅技。
魔王を倒すために、全炎闘士が神気を集めて作りだした大炎流を、味方に向かって放てと言うのだから。
自殺願望があると疑われても仕方ない。
しかし……。
「大丈夫だ、オレを信じてくれ……!」
死力を尽くして共に戦ってきた仲間に受け合った。
「漢たるもの熱血たれ!!」
真っ先にオレを意を汲んでくれたのは我が師たる火の教主。
さすがは師匠だ。誰より弟子を信じてくれている。
教主の号令によって、放たれる大炎流。
「「『メルト・グランデ』ッッ!!」」
業炎闘士団は、炎牛ファラリスが現れた際に陣形が左右に割れて、その後ミカエルを挟み撃ちにしようと、左右それぞれが『メルト・グランデ』を作り上げていた。
左右から飛んでくる二つの大炎流を、オレは左右の腕で受け止める。
「右の炎拳フェルナンド! 左の炎拳バルバロッサ!!」
大炎流を受け止めた両腕は盛んに燃え盛り、すぐにオレは、仲間たちが力を合わせて作り上げた炎を制御下に置いた。
「おおッ……!?」
皆の勇者のオレだから、皆の力を預かるのは容易い。
「さらに神勇者としての力を上乗せし……、今のオレに出せる最大最高の『フレイム・バースト』……。名付けて『プレアデス・バースト』だ!」
炎牛ファラリスにも匹敵する巨大な炎の灯った両腕を、魔王ミカエルに向けてかざす。さながらバッファローの二本の角に見立てられた両腕。
両腕を敵に向けて揃えながら突き付ける
奇しくも敵同士であるオレたちのかまえはまったく同じものだった。
「……この一撃で決めてやる」
「それはこっちのセリフだ!」
ミカエルの双翼。
このオレの双角。
折れるのはどちらか、実証の時。
オレたちは二人ほぼ同時に、相手へ向けて突進した。
「『フェネクス・ハンマー』ァァーーーーーーーーーッッ!!」
「『プレアデス・バースト』ォォーーーーーーーーーッッ!!」
両拳に宿った二つの火が、左右合わさり炎となる。
二つの炎がぶつかり合って燚。
凄まじい炎熱地獄が巻き起こった。




