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271 火の神勇者

「ここまでだな……!」


 火の魔王ミカエルのその口調、まさに勝利の確信が漂っていた。


「人間どもの予想以上の死力。オレにとっても得るものの多い戦いであった。しかしそろそろ終わりにせねばならん。我が勝利、お前たち人間の全滅によってな」


 オレは何も言わなかった。

 返答の代わりに一発パンチをお見舞いしてやった。


 これまでミカエルの体に一度たりとも傷を負わせることのできなかった我がパンチ。

 相手もそれをわかりきっているのだろう。ミカエルは反応する素振りすら見せず、不動のままオレの拳を顔面で受け止めた。

 そして……。


「ぐおッッ!?」


 衝撃に二、三歩よろめき後退する魔王。

 魔王が、よろめきやがった……!


「なんだ……!? 今の威力は?」


 戸惑いと共に魔王が呟く。


「これまでのものとまったく段違い……! この魔王を押し返すほどの攻撃を、人間が繰り出しただと……!? 人間ごときが……!?」

「ほう、意外だな……」

「!?」


 オレの独り言に、魔王ミカエルは敏感に反応した。


「何を言っている!? 意外とは、どういう意味だ!?」

「魔王とはやはり他のモンスターとは別格なのだと思ってな。モンスターが血を流すとは」

「!?」

「しかもオレたちと同じ赤い血を」

「!?!?!?」


 ミカエルは、オレのパンチを食らった顔面から鼻血を垂らしていた。

 潰れひしゃげた鼻の穴から真っ赤な血を。


 自分でもそのヌラリとした感触に気づいたのだろう。ミカエルは、自身の鼻の下に触れ、指先に付いた真っ赤な液体を見て驚愕する。


「血だと!? バカな!? このオレが傷を負った!? 全モンスターの頂点に立つ魔王たるオレが! 人間ごときの攻撃によって!?」

「それが事実だ」


 事実を受け入れられないならお前は、これからもっとたくさんの傷をその身に負うことになる。

 この、よくわからない力でパワーアップした、このカタク=ミラクによってな!


『よくわからない力じゃねえ! 神の一部を分け与えられたことによって、限りなく神に近い力を得たのだ。それに勇者でもねえ! 今のオヌシは、まさしく神と一体になった神勇者だ!』


 オレの後ろで、ウシが喧しく騒いでいる。

 アイツから何かを受け取った瞬間、これまで経験したことがないほどの大きな力が、この身に流れ込んできた。

 その力の巨大さに突き動かされて拳を振るってみれば、いともたやすく吹っ飛ぶ魔王。


 凄い、凄まじい。自分が自分でなくなったかのような高揚感。

 今ならあの魔王だって、容易く倒せてしまえそうだ!


『強くなったからって調子に乗ってんじゃねえ! し、しんどい……! 神勇者の発動が、ここまで神に負担を強いるとは……! 人の祈りエネルギーの危険な部分だけを神が漉し取るシステムなのかよ……!』


 なんかウシが、早々に息も絶え絶えとなっているが、たしかに何となくわかってきた。オレが強くなった、その理由が。


 さっきまでウシに絶え間なく注がれてきた人の心の力が、ウシを経由してさらにオレへと注がれている。

 これがパワーアップの理由か。

 オレは今、人の気持ちをそのまま力にして振るっているのか。


「おおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」


 咆哮と共に、我が身から炎が噴き出す。

 まるで我が身の毛穴一つ一つが火口にでもなったかのように。

 噴き出す炎は、我が身の周囲に留まりオレを覆う衣のようだった。オレ自身が炎のようだった。

 もはやパワーだけでなく、見た目すらも勇者をさらに超えた者へと変わった。


 これがウシの言う神のごとき勇者。神勇者ということなのか!!

 ドゴン!!


「ぐふぉッ!?」


 今度は腹に一発。拳を叩きこまれたミカエルは、さらに五、六歩ほども後退した。


「何なのだ……!? 何が起こった!? 何故唐突に、人間の力がこれほども上がった……!?」

「人間のことを一つ教えてやる……。人間には、奇跡を起こすことができる!」


 人間だけに許された特権だ。

 オレたちは過去何度も、そうやって窮地を乗り越えてきた。

 仲間たちと、恩人たちと、そしてオレが守るべき多くの弱き人々と共に!


「今オレの体には……、数えきれないほどたくさんの人間の心が流れ込んでいる。その心が力に替わり、オレを強くしている。魔王ミカエル――、お前すら倒すほどの強さだ!」


 かつて一人で強くなることしか考えられなかったオレには絶対辿りつけなかった領域。

 カレンがオレの間違いを正してくれた。

 シルティス、ササエ、ヒュエが、オレと共に歩んでくれた。

 師匠やキョウカ姉者、生意気な後輩どもがオレを認めてくれた。

 だからこそ辿りつけた、この極み。


『いや、ワシの助けがあったことも思い出してください……!』


 ウシの心も流れ込んでくるが、まあどうでもいい。


「魔王ミカエル。オレはもう、けっしてお前に負けることなどできないぞ!」


 勝つ。

 ただそれのみ。


 オレの中に流れ込む、人々の心。――期待、信頼、希望、勇気――。それらの心が直接力に変わり、オレを倒れさせてはくれないからだ。


 人の願いがオレの体を通して、直接に成就しようとする。


「お前を倒し、危難から救いたまえと……!」


 願いそのものとなって願いを果たす。

 それこそが神勇者。


「ミラクお姉様……! 凄い……!」

「一体、どうなっているんだ……?」

「漢たるもの熱血たれ?」


 戦場に列する業炎闘士団の面々も、予想だにしないこの展開に呆然とするより他ないようだ。

 ミツカたち三人娘も、キョウカ姉者も師匠も。それ以外のすべての炎闘士が、とっくに発射準備完了した『メルト・グランデ』をそのままにして固まっていた。


 でもそれでいい。お前たちは充分に戦った。

 あとはオレに任せてくれ。オレがあの魔王を倒すところを見守っていてくれ。


 この火の神勇者カタク=ミラクが、魔王を討ち滅ぼすところを!

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