270 ミラクの決断
だが……。
炎牛ファラリスによる街中の人々の思いを込めて放たれる『大熱閃』と拮抗する魔王とは、益々何者なのだ?
本来ならば、命中の瞬間消し炭になってもおかしくない……。いや、なっていなければおかしいほどの威力なのに。
何故アイツは、それだけのものにたった一人で対抗しきれている?
火の魔王ミカエルは両腕を前にかざし、全力の神気で『大熱閃』を相殺し続けているが、相殺し続けていること自体オレの目から見て悪夢だ。
何故たった一人で、オレたち人間のすべてをはね返せる!?
「……思い上がるな人間」
魔王の声にビクリとなった。
「そして人間に味方する不可解な魔獣よ。……何となくわかってきたぞ。同じモンスターでも、お前はオレたちとは根本的に違う、別の何か」
炎牛ファラリスに向けて言う。
「お前たちが、多くの個体を集合し……、集合し……」
ミカエルは、一度言葉を探すような間を置いてから言った。
「目標意志、とでも言うべきものを合わせてオレにぶつけていることはわかる。多数でかかればオレ一人を倒すなど造作もない、と思っているのだろう。しかし違う!」
同時にその言葉は、オレにも向けられている……?
「多個体の統合という点なら、このオレとて同じ存在だ。モンスターがこの世に出でて百年……。その間にどれだけのモンスターが生まれ、死んでいったか」
それは……。
数万? いや数億か?
「それら数多のモンスターの、生と死の挙句の果てが魔王なのだ、このオレなのだ! 数億にも及ぶ淘汰の果てに生まれた頂点が、今さらお前たち人間の、数万程度の集合に敗れてなるものかァァァーーーーー!」
おい、待てよ、ウソだろう!?
ミカエルのヤツ、ファラリスの放つ『大熱閃』の流れを遡るようにして突き進んでいる!!
あの滅茶苦茶な熱量を浴びて踏みとどまるどころか、逆に押し返すだと!?
『こ、このッ!?』
魔王とファラリスの距離がドンドン縮まっている!
マズい!
「師匠! 『メルト・グランデ』の準備はまだできないのですか!?」
「漢たるもの熱血たれ」
クソッ、もう少しかかるか!
ファラリスが現れたことにより二つに割れた業炎闘士団の陣形は、右翼左翼がそれぞれに『メルト・グランデ』を形成し、左右二方から発射準備が進んでいる。
威力は等分になるが、二つの大炎流が両側から魔王を挟める。
左右に業炎闘士団からの『メルト・グランデ』。前方からファラリスの『大熱閃』……!
『ぐぅお~~!! やはりエントロピーに破壊された「火神炉」の代わりを、人の祈りだけで補うには……!!』
「限界らしいな。ではお前から血祭りにあげてくれよう」
あっ、という間にファラリスの目前までやって来たミカエル。
かつてハイネがそうしたように、ヤツもまたファラリスをしたたかに殴りつける。
『ぐわべッ!?』
「残念だが、お前に割いてやれる時間はあまりない。速攻で潰させてもらおう!」
ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン!
城砦をも一撃にて破壊しそうなハンマーパンチが、連続でファラリスに突き刺さる。
あれでは再び『大熱閃』を放つことはできない。出来たとしても、あの至近距離では……!
「ミラクお姉様……!」
「『メルト・グランデ』、次射準備完了しました……!」
ミツカとメガフィンが伝えてくるが、しかし。
ああもミカエルとファラリスが接近しては、アイツごと巻き添えに。
「……クソッ、なんで悩んでいるんだオレは!?」
そもそもファラリスだって憎きモンスターのはずだろ!?
しかしオレと同じ葛藤を抱えるのは他にもいるらしく、せっかく発射準備を終えた『メルト・グランデ』も、虚しく宙に浮いている。
『何をしているバカが! さっさとその花火を撃たんか!!』
えッ?
『そこの小娘! インフレーションから何かされたらしいな。ワシの声が聞こえているならさっさとワシごとやれ! ワシと一緒に、この生意気なフライドチキン野郎を焼き尽くしてしまえ!』
では、やはりこの声の主はお前なのかファラリス!
しかしお前を……!
『元々こんな体、仮初のものにすぎんわ! 破壊されれば我が魂はあるべき場所に還るだけ。騒々しい下界から離れられて清々するわい!』
……ッ!
『それになあ、実際問題この大男に、あと二、三発も殴られれば沈みそうなのよ。まったくなんて強さだ、創造主であるワシの想定をも超えるとは……!』
………………ッ!!
やるべきことは決まった。
ファラリスはもうもたない。だからこそすべきことは一つ。
オレはその場から駆け出して、ミカエルめがけて突進した。
「やあああああああッッ!!」
その勢いと共に頬を殴りつける。
相変わらずダメージは一切入らないが、とにかくファラリスへのタコ殴りを止めることはできた。
「お前……!」
「呆けたか魔王ミカエル! お前の相手はこのオレだ!!」
ミカエルとファラリスの間に割って入り、勇ましく拳を突き出す。
『お前……、このバカが……!!』
このウシめ。こんなに憎まれ口を叩くヤツだったとは。
しかし人間を舐めるな。ここまで大きな借りを作られて、そのままサヨナラでは人としての沽券にかかわる。
火の神ノヴァを信奉する火の教徒としても。
ノヴァ様の威名を背負って戦うオレが、不義理、不覚悟によって火の神を貶めることなどできるか!
「…………とはいえ」
やっぱり死ぬな、これ。
想定外の連続で忘れそうになるが、オレとミカエルの戦力差はどうしようもないレベルのさらに上なのだ。
正面から争って、一瞬もつとは思えない。
『……仕方のないヤツだ』
えっ?
『インフレーションなんぞの思い通りに絶対なってやるかと思ったが。こうなっては仕方がない。そのための準備もできているのだしな。だからこそお前はワシの声が聞けている』
はい?
どういう意味だ?
『大方風の都からの去り際、インフレーションのヤツが何かしたのだろう。ワシの一部を受け入れる準備ができているということだ。だったらさっさとなってしまえ!!』
なるって何に?
『火の神勇者に!!』




