269 神と一緒に
「あれはッ……!?」
ラドナ山地での戦いであのウシが見せた、最大究極の高熱攻撃。
遠く離れた火都ムスッペルハイムを狙ってアレが撃たれた時、ハイネが真正面から止めてくれていなかったら都市が消滅していたと言われるほどだ。
「うわぁーーーッ!!」
「ひえぇッ!? 死ぬぅーーーーッ!?」
その凄まじいエネルギーに、幾人かの炎闘士は恐慌したが……!
「慌てるな! ウシの狙う先をよく見ろ!!」
そうだ。
あのウシが『大熱閃』の照準に定めているのは、魔王ミカエル唯一人。
『死ねやァァァーーーーーーーーーーーーッッ!!』
ウシの口から放たれる巨大な直線状の炎は、真っ直ぐミカエルに命中する。
「ぐううぅぅぅぅ……!」
それを受け止めるミカエルは、これまでで一番苦しそうだった。
と言うか、あの『大熱閃』にはムスッペルハイムを丸ごと消滅させるだけの熱量があるはずなのに、まともに食らって消えない時点でミカエルは滅茶苦茶だ。
……この戦場にはもはや、滅茶苦茶なことしか存在しない。
「どういうことだ……?」「モンスターが、モンスターと戦っている……?」「あのウシ、私たちのことを助けて?」「漢たるもの熱血たれ」
つまりそういうことだった。
たしかにあのウシは最近、人々から人気者扱いされていたが、モンスターはモンスター。
その本質は変わらないと、皆心の底では思っていたのではないか?
『勘違いするでないわ人間どもぉぉーーーッ!!』
またあの『声』が!?
一体どこからの、誰の声なんだ!?
『人間もモンスターも同じカス。ワシをあがめぬ傲岸不遜の愚物どもよ! そんな連中に罰を下して何が悪い!! それがこの世界の主たる、ワシらの特権ではないのか!? そうであろうエントロピー!?』
この『声』……。
やっぱり、もしかして……!
あのウシの声なのか!?
『皆バカ者よ! エントロピーも! インフレーションも! クェーサーも! 何が人は素晴らしいだ! 無限の可能性だ! このワシが、このワシこそが誰より優れているに決まっているではないか!!』
「これは……!」
何となく気づけてきた。
ウシの体に、何か得体の知れないエネルギーのようなものが流れ込んでいる。
あのエネルギーが、復活するはずのない炎牛ファラリスを復活させたのか?
小さくなったのをあそこまで大きくしたのか?
「あのエネルギー。一体どこから……?」
そのエネルギーの流れが見えるのもオレだけのようだった。
一体どうなってしまったんだ、オレの目や耳は!?
とにかくファラリスに流れ込む無限のエネルギーは、その流れを視線で遡れば……。
火都ムスッペルハイム?
街の方から発している?
あのエネルギー流は、一見すると大きな支流のようだが、目を凝らしてよく見ると、小さく細い流れが何千何万と束なって、一つの大きな流れになっているのがわかっていた。
街から飛来する、小さく細い一つ一つの流れ。それが何万と合わさって巨大な一つに。
さらに意識を集中していると、そのエネルギー流の中から誰かの声が聞こえてくる……?
【……助けください】
!?
【……お助けください、火の神ノヴァ様】
これは!?
【火の神ノヴァ様、我らをお救いください】
【勇敢に戦う炎闘士たちに加護を……!】
【クソッ、ワシがあと十歳若ければ、共に戦いに出られたのに……!】
【私には祈ることしかできません。ですから……】
【お助けくださいノヴァ様】【火の神ノヴァ様……!】【どうかお助けください】【勇者と炎闘士様をお助けください】【ノヴァ様】【火の神様】【火の神ノヴァ様】
これは人の祈り……!?
祈りがエネルギーになってファラリスに注ぎ込まれて……!
そのせいでアイツは大きくなった。かつての力を取り戻したというのか!?
既にムスッペルハイムにも急報が入り、街は戒厳令となっているはず。皆がこの凶事に、ジッと耐えているはずだ。
戦えない者、動けない者にできることは。
ただ祈ることのみ。
『勝手な連中め……!』
そしてまた、あのウシの声が聞こえてきた。
『こんな時だけワシに頼りおって。自分が困った時だけワシに祈りおるか。エーテリアルとやらの恩恵に浸り尽してワシのことなど忘れながら。困難な時だけワシを思い出すか……!』
それは……!
『なのに……、なのに何故ワシは、まだこんなウシの姿でおる?』
え?
『還ろうと思えばいつでも還れたはずだ。こんな用済みの肉体を捨てて、栄誉ある天界へ。何故居座り続けた? メシが美味かったからか? 毎日ワシを見物に来る人間どものバカ面が面白かったからか? ガキどもがワシのことを見て朗らかに笑ったからか? 魔王などというものが現れて、エントロピーのバカが慌て始めたからか?』
「ぐうぅぅ……!!」
……ッ!?
ちょっと待て。そんなバカな!?
魔王ミカエルが、ファラリスの『大熱閃』を浴び続けながら、ほんの少しずつ前へ進み始めている!?
「巨大であろうと、凡俗のモンスターが魔王に勝つ道理などない……!」
クソッ!
「業炎闘士団! 『メルト・グランデ』の準備を急げ!! ファラリスを援護するんだ!!」
オレ自身も助太刀したいところだが、オレ一人の『フレイム・バースト』ごときでは、ファラリスの放つ『大熱閃』の余波だけで弾かれて魔王にも届かない。
オレはこんなにも無力なのか……!?
『認めるか! 認めるか!!』
そしてウシは『大熱閃』と共に吠え上げる。
『今だけではない! 人の子どもは、いついかなる時でもワシの存在を感じていた! 日々の感謝、小さな感情の揺らぎ、怒り悲しみ憎しみにも、少しずつ人心の中に神は在った!! いついかなる時も人の心に神はいた! 認めんぞ! 人と交じって生きて、初めてそれがわかったなどと、ワシは、ワシは認めんぞ!!』
何を言ってるんだあのウシは!?
混乱してやがる、あんな乱れきった心で攻撃に集中できるわけがない!
『大熱閃』の威力が落ちるのも当たり前だ。
何をやっているしっかりしろ。今ミカエルを抑えることができるのは、お前だけなんだぞ!!
「頑張れ!!」
思わすその声が口から飛び出した。
心が思うより速く。
「何をしているしっかりしろ! 頑張れファラリス!! 魔王に負けるな!!」
そのオレの声が、周りにも伝播し始めた。
「……そうだ」「そうだ頑張れ! 頑張ってくれ!!」「もうすぐ『メルト・グランデ』が撃てるようになる! それまで踏ん張れ!!」「この戦いに勝てたら山ほどニンジン食わせてやる!」「頑張れファラリス オレたちと一緒に頑張れ!」
人々からモンスターへ声援が送られる。
こんなことがかつてあっただろうか?
しかしどちらにしろこの絶望を乗り切るために、オレたちはあのウシと一緒に頑張るしかないのだ!
あのウシと一緒に!!
そして……、声援はオレたちからだけに留まらなかった。
「頑張ってファラリス!」
その声は、炎闘士の口から出たものにしてはあまりに軽く、若々しかった。
幼いと言っていいぐらいの。
見れば、……子どもがいる?
巨大化したファラリスの背後、ムスッペルハイムのある方向に、子どもが立っていた。
しかも一人じゃない。何十人、何百人と!?
「なんだあのガキどもは!?」「街では避難が徹底されてるんじゃなかったのか!?」「誰か! あの子どもらを追い返せ!!」「攻撃が流れて当たったらケガじゃ済まんぞ!!」
炎闘士たちの言うことももっともだった。
でも、すぐに思い当たる。
あのウシが街にやってきてから、もっとも喜んだのは子供だった。
子供は動物が大好きだから。普通の獣より多少賢く、愛想を振りまきまくるあのウシは、子供たちの人気者だった。
その人気者が、自分たちを守るために戦っている。
だから居ても立ってもいられず、ここまで来てしまったというのか。本当にムスッペルハイムの住人は、子供まで熱き血潮の無鉄砲なのか!?
「ファラリス頑張って!」「負けるなー!」「モンスターなんかやっつけちゃえー」「ファラリス!」「ファラリスーッ!」
子供たちの願いも、信頼も、エネルギーとなってあのウシに注ぎ込まれる。
『認めるか! 認めるか!!』
そしてファラリスは叫び続ける。
『大熱閃』を吐きながら、何故かオレだけに聞こえる声で。
オレに何故あの声が聞こえるのかわからない。
でも、わかることはあった。あのウシの声だけでなく、もっと奥底の、魂のようなものが振るわせる震動も、オレにまで伝わってたしかに感じ取れた。
その魂の振動は、感情のようなものだった。
魂の感情は、こう震えていたのだ。
嬉しい、と。
人から祈られて嬉しい。人から頼られて嬉しい。人に自分の存在を知ってもらって嬉しい。
自分以外の誰かと繋がりを持てることが、こんなにも嬉しいことなのか、と。
人の心の揺らぎと、あのウシの心の揺らぎが共鳴し合って、さらなる大きな振動となった。
この世界すべてを震わせるほどに。
『認めるかァーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!』
『大熱閃』はさらに太さを増し、ミカエルのパワーに拮抗し始めた。
「ぬおお……!」
すべてが一体となって魔王と戦っている。
この街のすべてが……。




