265 熱き血潮よ
この火の勇者カタク=ミラクの新奥義『炎剣穿』。
それは我が友である光の勇者カレンの『聖光穿』をヒントにして編み出したオレのオリジナル技。
燃料ある限り何処までも燃え広がっていく火の性質を、あえて一点集中に逆転させることで突破力を高めた。
すべてを焼き尽くすことができないならば、急所となる一点を貫く。
貫け。
「貫けぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーッッ!!」
その『炎剣穿』を胸板に受けた魔王ミカエル。
腰を下げて足を踏ん張り、オレの渾身を受け止める。
「ぐぬぅぅぅ……!」
よせ。
やめろ耐えるな。さっさと串刺しになれ。
オレの持っている技の中で、作用範囲を最大限絞ることで最高の攻撃力を誇るのはこの技なんだ。
『炎剣穿』が破れたら、事実上オレにミカエルを倒す手段はない。
だから遠慮なんかしてないで一刻も早く貫かれろ……!!
「はぁッ!!」
そんなオレの願望は、無慈悲に打ち砕かれた。
ミカエルは、ただ胸を張っただけの勢いで我が神気をはね返し、炎の剣は砕け散り火の粉となった。
「なかなかよい攻撃だった」
ミカエルの胸元には、多少の火傷が出来ただけで、しかもその火傷もすぐに再生して消え去る。
負けた……!
オレの脳裏をその一言だけが埋め尽くした。
もはやオレに、ミカエルを倒す手段は何もない。
「た……、たとえ人間を滅ぼしても……!」
震える声で言う。
「モンスターが世界を支配することはない。マザーモンスターは消え去った! お前たち魔王を生み出すのと引き換えに!!」
「ほう……」
「繁殖できない生命が、生態系の主になることなんてない! モンスターは、お前たち魔王で終わりだ!!」
それは完全に負け惜しみだった。
勝つ方法を失ったオレの口から、考えるよりも先に漏れ出す負け惜しみ。何と情けない心地か。
「本当にそう思うか……?」
ミカエルは、ヤツのシンボルとも言うべき炎の翼を広げ、一煽ぎした。
「ぐっ……!」
その羽ばたきによって起こる熱風に、オレは顔を覆って庇う。
しかもその熱風の中には、何かが混じっていた。細かい粉……、灰?
「我が母、火のマザーモンスターたる不死鳥フェニックスは、みずからの体を覆う炎で己を焼き、その灰からモンスターを生み出していた」
……まさか!?
ミカエルの羽ばたきから飛ばされる灰。
その灰の一粒一粒が大きくなり、やがて生き物の形を取り、活動を開始する。
灰の一粒につき一匹、火属性モンスターが生まれた!?
「今は亡きマザーモンスターの特性を、我ら魔王も引き継いでいる。ゆえにこそ我ら魔王は、モンスター繁栄の要となる」
では……!
今回の戦いでも、何処からともなくモンスターが発生しているという報告があって、気になる謎とされていたが。
あの魔王ミカエルがその場で生み出していたというのか!?
今、業炎闘士団が必死に食い止めているモンスター群も。
では、やはりこの魔王ミカエル。
コイツこそが危機の根源。
他のモンスターをいくら倒そうと、ミカエルを倒さない限り事態はまったく好転しない!?
「お前の手札は尽きたと見える。オレとしても時間をかけすぎて、あのクロミヤ=ハイネに出張られては厄介だ。そろそろ仕事を急ぐとしよう」
そこでオレは、さらなる絶望の事実に気づいた。
たった今ミカエルが生み出して見せた火属性モンスターたち、ソイツらのほとんどは炎をまとう鳥型だった。
かつてミカエル当人を生み出した不死鳥フェニックスには比べるべくもないが、その簡易版とも言うべき火のカラスやハヤブサたちだ。
鳥を模したモンスター。
つまり空を飛ぶことができる!?
「まっ、待て!?」
オレの想像通りだった。
ヤツらは翼を広げて空高く飛び立ちながら火都ムスッペルハイムを目指す。
つまり……。
後方に張られている業炎闘士団の防衛線を飛び越えて!?
「翼をもつ者が、相手に合わせて地を這う義理もない。早々に、火都ムスッペルハイムとやらを鳥葬にて弔ってやろう」
「やめろ!!」
即座に『フレイム・バースト』を放ち、飛び立とうとする火の鳥どもを片っ端から焼き尽くす。
しかし、ミカエルが新たに生み出した火鳥どもは、とにかく数が多く、オレの炎だけではとても一挙に焼き尽くせない。
しかも……。
「うはッ!?」
「オレを前にして、他の相手にかまけるとは豪胆と言うべきか?」
危ない!
反射的に回避したミカエルの拳。
当たったらその瞬間に終わっていた。
この打倒不可能なミカエルと渡り合いながら、何百羽という小型の火の鳥を阻止しなければいけないというのか!?
……ダメだ。
既に少なくない数がオレの射程距離を越えてムスッペルハイムへ向かっている。
ヤツらを止める手立ては、オレにはもうない。
このままムスッペルハイムの人々を、ヤツらが食い荒らすに任せるしかないのか?
オレは勇者の務めを果たせなかったのか!?
しかしそこで……!
ゴオオオオオッッ!! と……。
「漢たるもの熱血たれ!!」
遥か後方で炸裂する炎流に、火の鳥どもが残らず焼き尽くされた。
あの技は……!
そしてあのセリフは……!
「師匠!?」
我が師、火の教主。
魔王ミカエルにも負けない、その巨躯を堂々と直立させて。
……いや、師匠だけじゃない。
その周りには、数えきれないほどの人の群れが。
あれはまさか! 業炎闘士団の全軍!?
「ミラクお姉様!」
「助けに来ました。ご無事ですか!?」
「……ズバッと参上、ズバッと解決」
ミツカ、メガフィン、ヒニまで。
後方待機を命じていたヤツらや、ムスッペルハイムの各所に散っていて集合に間に合わなかった者。
それら全員が、この戦場に集結したというのか!?
総力結集!?
「……今の大熱攻撃は、業炎闘士団に伝わる最大奥義『メルト・グランデ』……」
オレの足元から聞こえてくる、途切れ途切れの声。
満身創痍のキョウカ姉者!?
「複数の炎闘士が、火の神気を合わせて放つ複合攻撃。加わる炎闘士の数が多ければ多いほど、その威力は増す」
今の攻撃は、ムスッペルハイムの全炎闘士によって放たれた『メルト・グランデ』?
滅茶苦茶な威力で当たり前だ……! 鳥の群れぐらい一撃で滅ぶ……!
「……当然のことなのに、実際目にすると圧倒だな。全炎闘士の力を合わせれば、勇者一人の力ぐらい簡単に凌ぐ。そんな簡単なことに何故気づけなかったのか」
しかも、教主となって前線を退いた師匠まで出張ってくるとは。
現闘士団長を傍らに置き、仁王立ちのままに、師匠はいつものあのセリフを言い放つ。
「漢たるもの熱血たれ!」
そうだ、火の勇者たるオレが、困難を前にしたからと言って血を凍らせてどうする。
オレは女だが、この身には熱い血潮が流れている。
その血潮の熱さが火の神気を生み出すのだ!!
それがあの人が、オレやキョウカ姉者に最初に教えてくれたこと。
だからあの人は常に言うのだ。
「漢たるもの熱血たれ!」
「業炎闘士団! 戦闘開始ィー!」「勇者様! 我々も戦いますぞー!」「我が都を守らずして何が教団の武力か!!」「血を滾らせろ! 心を燃やせ!」「モンスターが粋がるなよ!!」「人間の意地を見るがいい!!」
炎闘士どもも充分に熱血だ。
オレの体に流れる血にも、その熱が移ってきた。
「……先遣させたモンスターは全滅したか。手早いヤツらだ」
その中で一人冷然としたミカエル。
お前にはわかるまい。人間にだけ宿るこの心の熱さが。
漢たるもの熱血たれ、だ!
戦いはまだ続くぞ!




