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264 猛きバルログ

 たった一撃で、キョウカ姉者がやられてしまった。

 辛うじて生きてはいるが、一刻も早く治療しなければ今にも息絶えかねない。


「治療班! 治療……、……ッ!?」


 医療兵を呼ぼうとして、オレは息をのんだ。

 ここはまだミカエルのプレッシャー領域なのだ。一般の者がノコノコやってきても、金縛りとなるだけ。

 ケガ人の治療など、夢のまた夢だ。


「姉者……! 死んではいけません! 呼吸をしっかりして、目を閉じてはダメです!!」


 今にも掻き消えようとするキョウカ姉者の意識を、オレは必死で繋ぎ止めようとした。


「…………………………ミラク、このバカ者!!」


 キョウカ姉者が必死の形相で睨み返してきた。


「は!?」

「貴様は、自分がどこにいるのか忘れたのか……!? 貴様が向くべき方向は、前だ!」


 !!

 キョウカ姉者のお叱り通りに振り返ると、そこには山のごとくにそびえ立つ不動の巨人がいた。


「ミカエル…………!!」


 もはや絶望が形となって現れたというべき権化。

 ヤツは何も言わずオレたちのことを見下ろした。それに気づいた瞬間しまったと思った。

 オレはなんてバカだったんだ。瀕死のキョウカ姉者からも叱られて当然だ。

 こんな間近に敵を置きながら、オレは隙だらけで背中を向けていたのだ。

 その間ヤツがもう一度拳を振り下ろしていたら、その瞬間すべてが終わっていた。


「……何故、何もしてこない?」


 オレは倒れるキョウカ姉者を庇いだてながら、ミカエルと相対する。

 仮に戦いになっても、一秒だって凌げる自信はなかったが。


「言ったはずだ、お前はオレの敵となる資格があると」


 巨人は、地響きを思わせる声を上げて言った。


「モンスターは、万物の霊長となるべき生物だ。頂点には誇りがなくてはならない。敵の弱みに付け込んで不意打ちの勝利を掠め取るなど、虫にも劣る。誇りある行為ではない」

「……ッ!?」

「さあ、我が敵よ。オレと戦え。互いの存在を審判するために。オレの敵となる者は、這いつくばってではなく立ったまま死ぬべきだ。それとも泣いてうずくまり、再びオレの敵となる資格を失うか?」

「……失えばどうなる?」

「無論、虫ケラ同様に踏み潰していくだけだ」


 何を身勝手な……!

 屈辱的なことだが、オレはコイツの自己満足によって生きながらえたわけか。


「業炎闘士団よ!!」


 かまわずオレは、背後にいる味方たちへ呼びかける。


「後退だ! 後退せよ!! 魔王のプレッシャーが届かない距離まで戦線を下げ、そこで他のモンスターどもを迎え撃て! 魔王は……」


 ……魔王は。

 そこで一度言葉が詰まる。

 クソ弱気な! 全部吐き出せ!! 一息に!!


「魔王はオレが抑える!! この火の勇者ミラクが!!」


 その言葉が虚勢でも、闘士たちの心を激励することはできたようだ。

 彼らは身を引きずるように後退し、順次、魔王のプレッシャー圏から脱出する。


「個の戦いよりも、群の戦いを優先するか。それが勇者とやらの流儀か?」

「……勇者は、モンスターから力なき人々を守るために存在する。魔王が、最強のモンスターであるのなら、それを倒すのは勇者を置いて他にない!!」


 戦いをかまえを取り、この巨漢と相対する。

 ヤツのプレッシャーはいまだにオレを襲い続け、少しでも気を抜けば全身の関節が砕けて崩れ去ってしまいそうだ。

 それでも、自身の寿命を燃焼させるつもりでオレは立つ。

 この戦いが終わって生き残っていたら、オレは総白髪になっているんじゃないかと思うが、それでもまだマシな方だ。

 この戦い、生き残れる確率の方がずっと低いのだから。


「……オレのプレッシャーから逃れて、戦線を下げるのはよい判断だ。しかし根本的な解決にはなっていない」


 ミカエルの口調には、嘲りとか侮りとかは感じられなかったが、しかし圧倒的な敵意があった。


「たしかに、下がりさえすればオレの威圧からは逃れられるだろう。では、このオレが一歩前に進めば」


 実際に一歩、ヤツは前へ足を出した。

 ドシン……! という足音で地面が揺れたような気がした。

 オレは思わず、ヤツに合わせて一歩後退した。


「そうだ、お前たちも一歩下がらざるをえない。それを繰り返せば果てはどうなる? この先には、お前たちの守るべき都市とやらがあるはずだ」


 一言一句ミカエルの言う通りだった。

 オレたちの背後には、数千数万という人々が住む火都ムスッペルハイムがある。

 そこにヤツらが到達することだけは絶対に避けねばならない。

 だからオレたちは本来一歩だって下がれない。


 そもそもオレの後ろには、ムスッペルハイムよりも至近に倒れたキョウカ姉者がいる。

 業炎闘士団たちは、みずからがミカエルのテリトリーより逃げおおせるのに精いっぱいで、姉者を引きずっていく余裕まではなかったか。

 責めることはできない。ヤツのプレッシャーはそれほど強力なのだ。


 つまりオレは、ここから一歩も下がることなくミカエルを倒すしかないのだ。

 それしかないんだ!


「…………ッ!!」


 ここにはオレ一人。

 最近常に一緒に戦ってきた仲間どもは、今日はいない。

 ヤツらの都市は遥か遠く。助けに駆けつけてくれるなど都合のいい展開はないだろう。

 …………。

 カレン、シルティス、ササエ、ヒュエ。

 離れていてもお前たちはオレに力をくれる。

 そうだろう。


「火の勇者カタク=ミラク! 参る!!」


 遥か格上である魔王に対し、オレにできることはただ一つ。

 最大最強の技をぶつけてやることだけだ。全力で。


「炎拳バルバロッサ! オレの神気を炎に変えろ!! 炎よりも熱き煌めきの一閃に!!」


 腰だめにして、充分に左拳を引く。炎拳バルバロッサに包まれた左拳を、まるで弓引くかのように。

 充分に神気を込めてから、全速で突き出される左拳。

 カレンたちとの訓練で編み出した。

 我が新必殺技!


「『炎剣穿』!!」


 拳から発射される紅蓮の閃光。

 それが『炎剣穿』だ!

 本来ならば拡散性最大級の火の神気を、逆に集中させることで局所範囲、超高熱の攻撃を可能にした集中技。

 これをもって、炎の剣よ、魔王を貫け!!


「ぐっ!?」


 我が拳から伸びた炎の剣は、あやまたず魔王ミカエルの胸板に命中した。

 そこまで当然のこと。

 あとはヤツの城壁よりも厚そうな胸板を、我が炎剣が貫けるか否かだ!!

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