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263 灼熱の絶望

 火の魔王ミカエル。


 今やこの世界を脅かす極凶、魔王の一人にして、そのリーダー格。

 ソイツが今、オレたちの前に立っている……!?


「あ、ああぁ……!?」


 まただ、またあのプレッシャーだ。

 魔王なら誰もが持っている、威圧感というか。ただ魔王がそこにいるだけで周囲を周囲の息を殺してしまう。重く、ブ厚い感覚。


 以前ヤツらと対峙した時も、この重圧が背中からのしかかって、オレを含めた勇者全員が動くどころか立っていることもできなかった。

 今回も同じように、オレは数秒と耐えられず片膝を地面に付いた。


「あぐぁ……、くぁッ……! あぉ……!?」


 唇まで痺れて声が出せない。

 先代のキョウカ姉者も同じ状況で、ただひたすらに押し潰されまいと、地面に突き立てた両腕に力を込めるだけでやっと。


「くそっ、くおぉぉぉぉぉ…………ッッ!?」


 相手はまだ何もしていないのに。

 ただ黙って睨み付けているだけなのに、オレたちはもう敗北の崖っぷちまで追い詰められている。


「その様子では戦うなどとてもできそうにないな。お前たちはこのオレと戦う資格すらないか」


 魔王ミカエルは、オレたちのことをゴミでも見るかのような目で見下し、興味を失ったかのようだった。


 そして惨劇が始まる。


「ぐわぁぁーーーーッ!?」

「ぎゃわはぁーーーーーッッ!!」


 魔王のプレッシャーにやられているのは、何もオレやキョウカ姉者だけではない。

 その圧迫感は、ある一定の範囲内にいれば何十人だろうと押し潰すことができるようだ。


 皮肉にもオレたちに追いつき始めていた業炎闘士団の炎闘士たちが、ミカエルのプレッシャー圏内に入ってすぐさまグシャッと崩れ落ちる。


 ヤツの領域では、ヤツの許可なしでは誰であろうと動くことすらできないのだ。

 しかし絶望的なのはそこからだった。


 ヤツの領域では、ヤツの許可する者だけが動ける。

 つまりヤツの部下というべき火属性モンスターどもは動けるのだ。

 思えば、この群れが火属性モンスターだらけなのも納得だ。何しろ火の魔王みずから率いているのだから。


 しかしそんなことを考えている場合ではなく……。

 オレたちは動けずに、敵は自由に動ける。

 そのことが意味するのは……!?


「ぐあーーーーーッ!?」

「ぐあつッ!? あつぁーーーーーーッッ!?」


 動けぬ炎闘士たちに対して一方的な攻撃が始まった。

 火のヤギども、火のオオカミども、いずれも死肉を貪るハイエナごとく、炎闘士に飛びかかって、その肉に高熱の牙を突き立てる。


 戦場のそこかしこから悲鳴の大合唱が響き渡った。

 ここに唯一、二本の足だけで立つ、魔王ミカエルに聖歌を聞かせているかのように。


「ダメだ……! ダメだッ!!」


 このままでは数分と経たずにオレたちは全滅してしまう。

 何かせずして何とする!

 オレは勇者だぞ! 火都ムスッペルハイムを守る火の勇者だ!

 その自負だけが、オレを動かす最後の原動力だった。

 折れかかった足をしたたかに叩き、力を呼び戻す。震えながらも何とか立ち上がり、後方を振り返る。


「炎拳バルバロッサよ! オレの負けん気を業火に変えろ!! 『フレイム・バースト』!!」


 地面を舐めるように燃え広がる炎が、今にも炎闘士に飛びかかろうと地を駆けるモンスターや、炎闘士を殺すため相手にのしかかっているモンスターだけを綺麗に焼き払う。


「ふあッ……!?」

「モンスターが焼き尽くされた……! オレは生きてる……!」

「さ、さすがミラク様! 我らの勇者……!」


 炎闘士たちは全員無事か……!

 当然あの一撃だけで全モンスターを焼き払えるわけがないが、それでも一時は無事を確保できる。


「お前たち!! 今のうちに魔王のプレッシャー圏内から脱出しろ! 這ってでもいい! とにかく魔王から離れるんだ!!」


 オレたちは、ヤツの気づけずに魔王のすぐ前まで接近してしまえた。

 魔王のプレッシャー領域は、そこまで広くないということだ。ヤツのテリトリーから脱出できれば体の自由も戻る……!


「プレッシャーを跳ね返したか。我が敵となる資格はあるようだ」


 その声に振り返った。

 振り返ってしまった。

 そこには既に、視界を塞ぐほどの巨躯が間近に立っていた。


「ミカエル……!」


 炎闘士たちを助けるために、オレはもっとも危険な相手に注意を払えなかった。

 しまった。

 ヤツを直視してしまったことでなお一層強力なプレッシャーが襲い掛かり、オレの四肢は完全に硬直した。


 しかし相手はそんなことおかまいなしだ。

 オレがこちらへ向いたことをしっかり確認してから振り下ろされる拳。

 ハンマーのように大きな拳が間近に迫り、視界いっぱいを覆ってハンマーよりも大きく見えた。

 この拳で殴りつけられる。

 そんなことをされたら確実に死ぬ。

 一瞬のうちに様々なことが脳裏を駆けまわる。しかし体は一向に反応せず、防御のために指一本動かすことができなかった。


 火の勇者、火の魔王のただの一撃にて死亡。


 その未来が、現在に至ろうとしたその瞬間。


「ミラク!」


 ドンッ! と跳ね飛ばされてオレは横に飛んだ。

 何事かと視線だけを向ければ、キョウカ姉者だった。

 キョウカ姉者が横からオレを突き飛ばしたのだった。


 その代りにキョウカ姉者は、オレの元いた位置に自分の体を投げ入れて……。

 真上から、今にも落ちてくる魔王の拳が。


 グチャリ、メキャメキャメキャメキャ……!!


「キョウカ姉者ァァーーーーーーーーーーーーーッッ!!」


 オレの代わりにキョウカ姉者は、魔王の拳に潰された。

 比喩ではなく事実として。

 肉が潰れ骨が砕ける音と共に、血煙が炎のように噴き上がる。


「………………」


 魔王はすぐさま拳を引き、己の成果を見下ろした。


「他にも我が敵となれるものはいたか。もはや過去のことだがな」

「キョウカ姉者! キョウカ姉者!!」


 目前にいる魔王にも気を配れず、オレは倒れるキョウカ姉者へと駆けつける。

 血塗れで、四本の手足全部があらぬ方向へと曲がっていた。眼に光がなく、辛うじて繋がっている呼吸は今にも途切れそうだった。


 ……もしキョウカ姉者が庇ってくれなかったら、こうなっていたのはオレだ。

 キョウカ姉者……!

 何故、何故オレなどを庇ったのです……!?

 神気使いとしての実力は、いまだに姉者の方が上なのに……!


 一方ミカエルは、姉者を潰して返り血塗れとなった我が手を、興味深げに見つめていた。


「これが人間の血か。……汚らわしい」


 手に付く血は、すぐさまヤツ自身の高熱によって蒸発し、血の赤も残さず消えていった。


「火とは、古来より汚れを浄化するものであったそうだ。お前たちと我々、『浄火』されるべき汚れた旧種はどちらなのであろうな」


 戦いは始まったばかりだった。

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