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26 情火纏いて雷光閃く

 オレ――、火の勇者カタク=ミラクは、その地獄のような光景を呆然と見入るしかできなかった。


「なんで、こんなことになった……?」


 オレは、ただ鬱陶しい光の勇者たちを追い返すために、茶番を思いついただけなのに。

 炎牛ファラリスなんか誰も倒せるはずがない。

 過去に行われた討伐戦のように人間側が蹴散らされてけんもほろろに逃げ帰り、モンスターの方は何事もなくこの地に居座って終了となるはずだったのに。


 なのに炎牛は、これまでのパターンに反して活性化し、あろうことか今までに見たこともないような攻撃行動に出た。

 何だあの大熱閃は?

 あんなもの過去に使われていたら、我ら火の教団の討伐隊は一人も生きて帰れなかったぞ。

 しかもその大熱閃が放たれた先は、間違いない、我らが火の教団本部のあるムスッペルハイムの方角だ。


 あのよくわからん光の勇者の従者が大熱閃を防いで、――それが一番よくわからんことだが――、とにかくまだ致命的な被害は出ていないが、このままでは最悪の事態はすぐそこだ。

 しかし何ができるというのだ?

 この人智を超えた戦いを前にして。


「何とかしよう! ミラクちゃん!」


 オレの隣で、かつて幼馴染だった女が言い放つ。


「ハイネさんが攻撃を防いでくれているうちに、私たちで炎牛を倒すんだよ!」

「何をバカな! ふざけるな!」


 反射的にそう叫ばざるをえなかった。


「あの炎牛を倒す!? 無理に決まっているではないか! あのデカ牛の規格外の強さをお前も見ただろう! お前の光の神力が効かないのは証明済み。オレの火の神力だって効かないのは、さらに昔に証明されてるんだ!」

「私たちは勇者なんだよ! その私たちが諦めてどうするの!?」

「……ッ!」


 その言葉に、反論を返すことができなかった。

 クソ、ヤツの言葉を反射的に正しいと思ってしまった。


「それに手はある。さっきの攻撃、炎牛への関節部への攻撃はたしかに効果があった」

「あんな針で刺すような攻撃がか? あんなものを何百回繰り返したところで、あの牛を絶命まで追い込めるとはとても思えないぞ?」


 さっきカレンがしたような、神力を極限まで収束させる攻撃は、我が火の神力ではできない。

 それは各神力の特性のようなもので、鋼の皮膚をもつ炎牛の関節部位の、強度が低い部分を狙い撃つという方法はたしかに有効的だが、決定打とするにはあの牛の体は大きすぎる。


「それも狙う場所によりけりだと思うんだよ。ハチの一刺しでクマが倒れることもある、っていうでしょう?」

「…………ならば、狙うは首だな。やはり関節部で装甲は薄かろうし、上手く首筋を通る動脈なり神経なりを切れれば、それこそ一刺しで絶命もありうる。モンスターが普通の生物と同じ理屈で生きているとすればだが」

「やろう! ハイネさんが頑張って攻撃を防いでくれてるんだから、勇者の私たちがボケっとしてるわけにはいかない!」


 それが一番よくわからんのだがな。

 だが、何もしないわけにはいかないのは、むしろオレの方だ。

 炎牛が狙っているのは、我が火の教団本部があるムスッペルハイム。そういう意味では、光の勇者たるカレンやその従者には直接関係あることではなく、放っておいてもいいはずだ。

 なのにコイツは、誰よりも率先してモンスターの凶行を止めようとしている。


 ――本物の勇者と、ニセモノの勇者を分ける境界線。


 さっきあの従者から言われた言葉が、嫌に胸に残っていた。

 カレンに引きずられる形で炎牛に接近する。巨大なヤツにとっては、それこそオレたちなどたかるハエのようなもの。まして正面で、あの従者とやり合っている現状、オレたちに回す気などない。

 まったく眼中にないということだ。


「このまま上手く接近できれば、目標に特大のヤツをお見舞いできるね」

「…………イヤ、そうでもないようだぞ」


 炎牛に近づけば近づくほど、周囲の温度が上がっている。

 大熱閃の余波で、超高熱が起きているのだ。ヤツの足元などは土や石が融解し、ガラスになってしまっている。

 あんな超高熱の中に人が飛び込むなど自殺行為だ。


「これ以上の接近は無理だ。ここからヤツの首筋を狙い撃つしかない」

「えっ、ダメだよ! いくら光の神力を一点集中させた『聖光穿』で、炎牛のもっとも装甲の薄いところを狙ったとしても、至近距離でなきゃ突き破ることは多分、無理……!」


 クソッ、我々はどこまで無力なんだ。これが勇者だなどと聞いて呆れる。

 ……イヤ、無力なのは私一人だ。カレンは炎牛ファラリスを突破する一手を秘めている。

 それに比べてオレときたら。もしここにいるのが水の勇者だったなら、水の神力で周囲の温度を下げ、炎牛の首下まで安全にカレンを送り届けることができるだろうに。

 オレにはそんなことできない。


「クソッ。……クソッ!」


 悪態ばかりが口にから出た。

 そしてヤケクソになってカレンの手を握った。


「ッ!? ミラクちゃん!?」

「こうなったらカレン、オレの神力をお前に渡す。オレの神力を上乗せして出力をブーストすれば、この距離からでも炎牛の装甲を貫けるかもしれない!」

「ええッ!? でもミラクちゃん、同じ属性ならそういうこともできるだろうけど。私たちの属性は光と火だよ、違う属性だよ!? それを混ぜ合せて、何が起こるか……!?」

「しかしそれ以外に方法がない! お前の従者がいつまで炎牛を抑えられるかわからないし、もし抑えきれなくなったらオレたちの街が……!」


 私はズルい、卑怯だ。

 元はと言えば、私が彼女らを陥れるためにここまで連れてきたというのに。今、自分の危機を脱するために彼女らの助けを求めている。

 都合がいいのは承知の上だ。

 でも、それでも……!


「やろう、ミラクちゃん」


 カレンが握られた手を、力を込めて握り返す。


「私たち勇者だもん! 人々を守るためにやれないことはない!」


 そうか、これが。

 本物の勇者ということか。

 強さは関係ない。プライドなんかまったく関係ない。

 力ない人々を守るためにどれだけ本気になれるか。何でもできるか。

 それが勇者の条件だったんだ。

 そんなこともわからず今まで何をやっていたんだオレは。


「行くよミラクちゃん。――聖剣サンジョルジュよ、光の力を!」

「ああカレン。――炎拳バルバロッサよ、火の力を!」


 カレンが賜った聖剣同様、オレも火の教団から賜った聖具、炎の手甲に神力を込める。

 それが混じり合うここからは、誰にも分らぬ領域だ。


「ミラクちゃん、ありがとう……」

「何故礼を言う? 礼を言うべきはオレだ、イヤ謝るべきだ」

「だってまたミラクちゃんと手を握れたから」


 そういえば、カレンの手を握ったのなんてどれくらいぶりだろう。

 先日従者に無理やり握らされたのは別にして、四歳か五歳の頃は毎日彼女の手を取って外へ遊びに行った気がする。

 そんな日々が断たれたのは、カレンが急にいなくなったあの時。

 大人たちから、カレンは光の教団に入ったと聞かされた。光の勇者になるために。

 その時だった。オレが初めて『勇者』という言葉を知ったのは。


「……えっ?」


 イヤ待て。オレは小さい頃から勇者を目指していたんじゃないのか?

 そのきっかけは? どこで勇者の存在を知って、どういう理由で勇者を目指したのか?

 よく思い出せない。それから辿った鍛錬の日々の辛さばかりが蘇って。

 過剰な努力は、他の何かを歪ませる。

 あの従者が言っていた。

 日々の辛さの中に、本当に大切なものを埋もれさせていたというのか?

 それは何だ?


 隣に並び立つ、カレンの横顔を見て思い出した。

 ああ、そうだ。

 オレはこうして、またカレンの隣に立ちたくて勇者を目指したんだ。

 勇者を知ったきっかけも、カレンが勇者になると聞いたから。同じ光の教団ではダメだ。教団内では勇者は一人しか選ばれない。だから火の教団に入った。

 元々火の属性値が高かったわけじゃない。オレはそれを血の滲む努力でカバーした。

 でもその血の滲む努力が、大事なものを忘れさせてしまった。


 火の勇者になって、数年ぶりにカレンと再会した時、オレは彼女に言った。

『お前など友だちではない。敵だ』と。

 何故そんなことを言ってしまったんだ? 火の教団で受けた厳しい修業が、オレの精神まで組み替えたのか?

 火の勇者は他の教団と競い合うもの。そんな不文律に乗っ取ってカレンをことあるごとに敵視してしまった。

 昔の私は、そんなこと望んでなかったのに。

 そんなことのために勇者を目指したのではなかったのに。

 過剰な努力は、他の何かを歪ませる。


「カレン、オレは……!」


 何故かこんな大変な時に多くのことを思い出して、涙が耐えきれず零れる。


「大好きだよミラクちゃん!」

「オレも……!」


 二人の心と共に、神気が混ざり始めた。

 火と光。本来混じり合うはずのない神気が一つになる感覚。

 自然と脳裏に呪文が浮かび上がった。



「「火光神雷!!」」

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