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259 焚き火を囲んで

「力のみを求めて唯一人、修行に明け暮れるというのはかつての貴様のスタイルだ、ミラク」


 キョウカ姉者から指摘されて、オレはハッとしてしまった。

 催し事の終わった楽屋で、なんでこんな神妙な空気になるのか。


「そうして一人で強くなった貴様は、強くなる代わりに多くのことを忘れてしまったと。それを思い出させてくれたのが、仲間たちであったと……」

「…………」

「……そうオレ様に言ったはずだ、貴様は」


 ぐうの音も出ないとはこのことだった。

 反論もないオレの代わりに、楽屋では炎牛ファラリスが草をはむ音だけがクッシャクッシャと鳴り渡る。


「貴様は人との繋がりを得ることで、一人だった時よりもずっと広い力を得たのだろう。それこそが新しい貴様であると。ならばそのことを忘れ、昔の自分に後退してしまってどうする?」

「まさか姉者は……! そのことをオレに思い出させるため……!?」


 こんなヒーローショー紛いのことを?


「オレ様の発案ではない。師匠が企画して、実行するように命じてきたのだ」

「え~?」


 師匠って、あの師匠?

「漢たるもの熱血たれ」で有名な、我が師でもある火の教主?


「師匠もあれで、貴様のことを相当気にしていらっしゃるのだ。貴様が魔王に心底ビビり、心の芯がぐらついているのを見抜いていらっしゃる……」

「うッ……!?」


 そんなこと言われて、返す言葉もない。

 実際オレは、魔王たちに何としてでも対抗しようと、一人閉じこもって修行と、かつての自分のようなことを言っていたのだから。


「人間というのは愚かなものだ。この上ない葛藤の末に掴み取った真理を、簡単に忘れてしまう。だからこそ悟後の修行。鍛え学びに終わりはない」


 まだファラリスは草を食んでいる。

 クッシャックッシャ。クッシャクッシャ……。


「……たしかにオレは、あの魔王たちの強大過ぎる力に焦っていたのかもしれません。そのあまり、今のオレにとって一番大事な人との繋がりを忘れていた」


 クッシャ、クッシャ。


「そのための今日の公演だったのですね!? ムスッペルハイムの住民たちと直に触れ合わせることで、オレに人との繋がりを思い出させようと……!?」

「住民たちにとっても大事なことだ。魔王の出現は、一般層の間にも少しずつ知られつつある。人々の不安を抑えることも、勇者の大切な役目だ」


 そんな重大な意味が、今日のバカ騒ぎにあったなんて……!

 その横で炎牛ファラリスは、まだ草を食んでいる。

 クッシャックッシャ。クッシャクッシャ。クッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャ……。


「目が覚めました! 今日オレは、勇者のすべきことをしっかりと果たしていたんですね!?」

「そこまで気づくことができたとはさすがだミラク! それでこそオレ様の妹弟子! もはや勇者の座はお前に任せておいて安泰だな!」


 お互い感極まって、ヒシッと楽屋で抱き合う。

 その横で草をはむ炎牛ファラリス。

 クッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャクッシャ………………。


「「うるさいなッッ!!」」


 あまりに執拗に反芻するために、オレもキョウカ姉者も揃って激昂してしまった。

 なんだこのウシは?

 オレたちの感動的なシーンに水を差すように!?


『………………………………フン』


 アレ?

 何だ今誰かが鼻を鳴らしたような?


「大体なんでコイツまで一緒にいるんです? 元々コイツだって人間の敵、モンスターでしょう?」


 オレは至極もっともなことを言ったつもりだが、同時に何か凄く今さら感が伴った。


「そうは言うがな……。コイツは今や、ムスッペルハイムにおける人気が鰻登りで、ある意味オレ様たち勇者を上回るんだぞ」

「えぇ……!?」


 マジでか。


「その物珍しさと、愛くるしい仕草が人気を呼び、コイツ本体を見物するための客入りは無論のこと。キャラクターグッズ等々関連商品もバカ売れし、火の教団は大いに潤っているのだそうだ」


 こないだの新旧勇者戦にも駆り出されていたしなあ。

 地方巡業にも同行させれば、大きな目玉というわけか。

 どうしてこうなった?


 かつてはラドナ山地に蟠踞する凶悪モンスター。

 オレもキョウカ姉者も、コイツを倒すことができずに歯ぎしりしていたというのに。

 すったもんだの挙句、今では仲良く一緒にドサ回りとか。数奇すぎる。


「まあいいではないか。たしかにこうして見ると、なかなか愛嬌のある顔つきとは思わんか?」


 キョウカ姉者は、まだまだ一心不乱に反芻し続けるファラリスの頭を撫で、それでも飽き足らぬとばかりにおっぱいを押し付ける。

 ファラリスはそれを無視するようにまだ草をはみ続ける。


「何と言うか……、キョウカ姉者も変わりましたね……」

「別に、動物好きは昔からだぞ? 哺乳類のフサフサした毛並みを嫌悪する女はいまい」


 いや……。

 そんな風に女の子アピールするキョウカ姉者自体、昔ではありえなかったような。


「ミラクも触ってみたらどうだ? すっごいモフモフするぞコイツ、ウシとは思えないくらいに」

「はあ……、」


 キョウカ姉者に促されて、ファラリスの背中辺りを撫でてみるも、たしかにフワフワの毛並み。

 何だコイツ!?

 モフモフ感が普通の水準じゃないぞ! 毎日ブラッシングしてもらってる飼い猫とかそのレベルじゃないか!

 昔はもっと岩盤みたいな表皮だった気がするんだけど!

 さすがに毎日いいもの食わせてもらっているからな! 多分そのせいか!?


「キョウカ姉者、これヤバいです。毎日間近で『こんなウシのどこが人気なんだ?』とか思っていましたけど、この触り心地は大人気も納得です」

「たしかにヤバいなこれは。中毒性がありそうで逆に心配になってくる。おいミラク、何このウシに抱きついているんだ? 全身でモフモフ感を体感しようとするな!?」

「キョウカ姉者だって! おっぱいが潰れて楕円形になるぐらい抱きついておるではないですか! キョウカ姉者こそ全身でモフモフしまくりです! お気をたしかに!」


 右からオレ、左からキョウカ姉者に挟まれて、モフモフされまくりのウシは。

 それでも黙々と草をはみ、オレたちを無視するかのようだった。


『……………………………………フン!!』


 だから誰なんださっきから鼻を鳴らしているのは?

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