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258 熱戦前夜

 カレン他と会えなくなって着実にストレスが溜まりつつある今日この頃。


 このオレ――、火の勇者カタク=ミラクは、今日も火都ムスッペルハイムにいた。


 そういうお達しだからだ。

 あの恐ろしいモンスターたちの王――、魔王の出現以来、少なくとも教団上層部では戒厳令のようなものが敷かれ、物々しい雰囲気に包まれている。


 オレたち勇者の行動もある程度制限され、自分の本拠を離れることは基本的に御法度。

 さらに一時的ながら先代勇者まで現役に復帰し、オレのいる火都ムスッペルハイムはもちろん、他の五大都市もさながら戦争状態のようだった。


 いや、実際に戦争はもうすぐ始まるのだ。

 人とモンスターの、新しい地上の支配者の座を賭けた争い。生き残りをかけた争いが。


 オレたち勇者はその先頭に立って戦わなければならない。

 魔王は巨大で、正面から向かい合うととても勝てる気がしないが、それでもオレたちが戦わねば誰が戦うというのか?


 だからこそ魔王たちが息を潜めている、嵐の前の静けさというべきこの時間に、できるだけ修行を積み、力を蓄えておかなければいけない。

 そんな時節にこのオレが何をしているかというと……。


             *    *    *


「ひ……、火の勇者ミラクとー……!」

「(裏声)エンギュウ ファラリス ノー!」


「「爆熱! 勇者ショー!!」!?」


 わああああああああああああああああああああああッッッ!!


 会場は大盛り上がりだった。

 観客席は子供とお母さんで隙間なく敷き詰められ、黄色い声援をオレ&ウシに送っている。


 …………。

 ……なんだこれ?


「(おいミラク!! 何をボサッと突っ立っている!? 公演はもう始まっているんだぞ!!)」

「はははは、はい!」


 先代火の勇者キョウカ姉者に小声で怒鳴られ、オレは慌てて記憶しておいた台本のセリフを思い出す。


「みみ、皆元気かなー!? オレ……、いや私は、皆の平和を守るため、火の教団から選ばれた火の勇者、カタク=ミラク!!」


 本番前のリハーサルで、振付師から叩きこまれた決めポーズをビシッとすると同時に、津波のごとく巻き起こる大声援。


「キャー! カッコいいー!!」「ミラクお姉ちゃんカッコいいー!!」「ミラクお姉様ーッ!!」「徹夜して並んだ甲斐があったーッ!!」


 その声援を、ステージに立つオレは真正面から受け止めさせられる。


「そして今日は、特別にムスッペルハイム一番の人気者、ファラリスくんも一緒に来てくれたぞ!!」

「(裏声)ミンナ ヨロシクー!!」


 アテレコに合わせて軽快に動きまわるウシ。

 そのコミカルさにまたしても会場は熱狂の渦に包まれた。


「キャー! カワイー!」「ファラたん可愛いー!!」「こっちむいてー!」「はんすうしてーッ!!」


 なんでこんなに大人気なんだこのウシ!?

 ついこの間まで、広大な範囲を危険地帯にしていたモンスターの成れの果てとは到底思えない。

 諸々不満はあるが、今は与えられた使命を遂行しなければ。


「さて今日は、このミラクとファラリスでお送りする魅惑の耐久七時間ショー!! お子様たちもお母さんも! 火の教団に属する者として最後まで耐え抜いてねー!!」

「(裏声)ボク ファラリス ダヨー!!」


 ちなみに炎牛ファラリスの声を当ててくださっているのは、先代火の勇者であるキョウカ姉者の尽力でお送りしております。


              *    *    *


 こうして地方公演が大成功に終わってのち、オレは楽屋で大爆発した。


「どういうことですかッ!?」


 テーブルよ二つに割れよとばかりに拳を叩きつけるオレ。

 その向こうでキョウカ姉者は、裏声で酷使した喉をいたわるために飴を舐めている。

 ちなみに炎牛ファラリスのヤツも楽屋の隅で草など食んでやがる。

 一体何なんだ? ここの雰囲気は?


「…………」


 キョウカ姉者はさらに、喉対策だろうハチミツたっぷりの紅茶を飲み干し……。


「……うーむ、さすがサラサの送ってきたハイドラヴィレッジの一等級茶。香りからして違うなあ。ファーストフラッシュだな!」

「姉者ァァーーーーーーーーッッ!!」

「どうした我が妹弟子ミラク。何を興奮しているのだ?」


 というかアナタたち先代勇者、仲良くなりすぎじゃありませんか!?


「苛立つ理由がどこにある? 今回の地方公演も大成功だ。終了後のふれあいイベントで、貴様も子供たちから『腹筋触らせて、腹筋触らせてー』と大人気だったではないか」

「地方公演などやってること自体が問題なのですよ!!」


 それがわからないキョウカ姉者ではないはず!!


「現在我々人間は、未曽有の危機に見舞われているのです! 凶悪なモンスターを魔王が率いるようになり、互いの存亡を賭けた最終戦争が明日にも始まるかもしれない! そんな大変な時期に、遊んでいる暇などないはずです!」


 本来なら火の教団本部、火の大本殿にこもり、昼夜を問わず修行に明け暮れるべきではないのか。

 決戦への準備に集中すべきではないのか!?


「……だからこそだ」


 キョウカ姉者は、飲み干した空のカップを置いた。


「この世界に危機は迫りつつあるのは事実。だからこそ勇者は、そのために行動を起こさなければならない」

「そうです、だから……!」


 こんなことをして遊んでいる場合では……!?


「しかしそのための行動とは、己を鍛え強くなることではない」

「え!?」

「それをオレ様に教えたのはお前ではないかミラク。あの新旧勇者戦で。一人で鍛え上げた力よりも、他者との繋がりによって生まれる力こそが、何より強く尊いのだと」

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