255 地母神救出作戦
そんなわけで僕たちは、一気に脱力してその辺に寝っ転がっていた。
砂漠の太陽が燦々と地獄のように照り付けるが、ヨリシロが光から熱を取り去り、シバが空調整理してくれるため砂漠のど真ん中でも割と快適。
「………………………………どうするんだよ?」
シバが、そろそろ我慢の限界とばかりに愚痴り出した。
「マントルを呼び戻せると聞いたから、こんな砂漠くんだりまで来たというのに。その手段がないとか着いてから言うんじゃねえよ! まったく無駄足ではないか!!」
「うっさいな! だから最初に言ったじゃないか一パーセントの可能性に懸けてみようって! 実際にブラックホールの前まで連れて行かないと、ちゃんと説明できる自信がなかったんだよ! ……あっ、それ以上そっちに行かないで。吸い込まれるかもだから!!」
実はけっこう危険なグレーゾーンにいる僕たち。
「神が三人も集まれば、なんかいい考えが浮かんで来るんじゃないかと思ってお前も連れてきたんだよ。言うじゃないか。三人寄ればモンジュの知恵とか」
「知るか。神が三人も揃って、どんな智者になるというのだ?」
ごもっとも。
しかし魔王に対抗するためには、やっぱり地母神マントルの力は欲しいところだ。
たとえ失敗するとしても、不可能に挑戦して損はないと思う。
「わたくし、思ったのですが……」
ヨリシロもへこたれずに提案する。
「わたくしがもう一度、全力で光の神気を撃ち込んでみるというのはどうでしょう? 万が一にも核の暗黒物質に到達すれば、ブラックホールは消滅し、中のマントルも解放されるかもしれません」
「でもそれ一回やってダメだったからなあ……。そうだ、いっそもう一個ブラックホールを作り出して、あっちのブラックホールにぶつけてみるとか……?」
「ダメダメダメダメぇーーーーーーッッ!?」
珍しくヨリシロが慌てて僕のことを止めに来た。
彼女にしてはレアな取り乱しようだ。
「ブラックホールの対消滅なんて何が起こるかわかったものじゃありません! ヘタをしたら魔王に滅ぼされる前に世界が消滅してしまいます!」
世界を崩壊させるもっとも簡単な方法か……。
うん、やめとこう。
「しかしそうなると、いよいよ八方塞がりになってくるな。マントルをブラックホールから生還させるのは、やっぱり無理なのか……?」
どれだけ知恵を絞ろうとも、打開の糸口すら掴ませない。
さすがは僕の必殺技。……いや、必殺技というにも生温いレベルなのだが。
「……このまま、マントルの救出が不可能ということになったら、どうなる?」
質問してくるシバに、僕は考えていることをそのまま答えるしかなかった。
「諦めるしかないだろうな。そして、このまま火都ムスッペルハイムに向かってノヴァの説得に取り掛かる」
「残った三神のうち、我々に賛同する可能性があるのはノヴァのみ。コアセルベートなど論外と考えていいでしょう。魔王たちがいつ本格侵攻してくるかわからぬ現状、時間はわたくしたちの思う以上に貴重と考えるべきです」
無駄にできる時間は一秒もないということか。
決断しなければいけない今すぐに。
ここに踏みとどまってマントル復活のために試行錯誤するか、即座に見切りをつけてノヴァの下へ向かうか。
考えている時間はない。これからの時間はすべて行動のために使われなければ。
さあどうする?
マントルか? ノヴァか?
マントルを救うか? 救わないか?
「光は闇に必ず勝つ。それは摂理的な法則……」
「シバ?」
シバが唐突に、ブラックホールへ向けて一、二歩歩み出す。
無論それ以上は進まない、少しでも近づきすぎれば超重力に捕らわれ黒い穴に引きずり込まれてしまう。
「ブラックホールがその摂理を超えて光に勝つのは、暗黒物質の前に超重力が壁となり、光の神気を捻じ曲げるから……。そうだな?」
「は、はい……!」
でも、それを確認したところでどうする気なんだシバ?
「光の女神インフレーションの転生者たるヨリシロは、地上最高の光使いと言っていいだろう。そのヨリシロが全力を尽くしても、最小単位ブラックホールが作り出す超重力圏すら突破できない。ならば……!」
シバは両手を広げ、みずからの領域である風の神気を操り始める。
「シバ……! お前……!?」
僕は慌てた。
何故ならシバは、先の魔王ラファエルとの戦いによって体がボロボロになってしまい、二度と戦えないと宣告されていたからだ。
無理に神気を使えば、その反動で体が崩壊してしまいかねない……!
「侮るな、たしかに全力の神気開放はできなくなったが、力をセーブすればそれなりに神力を扱うことができる。このように……」
シバの掲げる手の上に出来上がった、薄いガラス板のような何か……!?
「空気の歪みを利用してレンズを作り出した。通り抜ける光を集約するためのな。この程度の神気操作なら、我が朽ちかけの体でも耐え切れる」
「空気のレンズ……! なるほど、わたくしの全力の神気放出を、レンズで集中させることでさらに威力を増そうということですね!?」
威力を上げれば、ブラックホールの超重力を振り切って暗黒物質の核に光を届かせることも可能か……!
「なら僕も……!」
暗黒物質を放出し、真っ黒な塊をリング状に整える。
するとリングの内側から見る景色がグニャリと歪むようになり……。
「暗黒物質で作り出した重力レンズだ。シバの空気レンズで集約されたヨリシロの光を、この重力レンズでさらに集約する。集中に集中を重ねて威力を増せば……」
ブラックホールの核を破壊できるかもしれない。
そうすれば、ブラックホール外縁のシュワルツシルト半径に囚われているかもしれないマントルを開放できるかも……!?
「フフフ……、なんだか面白いですね」
「何が?」
突然笑いだすヨリシロに、僕は困惑。
「だって、こうしてわたくしたち神まで力を合わせて共同作業なんて……。まるでカレンさんたちの真似事みたい」
「……ああ」
いいじゃないか。
神が人から学ぶことがあっても。
ここはカレンさんたちに倣って、神々で仲良くブラックホールを破壊するのだ。
「ではやってみるか……! ハイネ、俺の前に立て。重力レンズと空気レンズを射線上に並べる!」
「ほい来た」
標的とヨリシロを結ぶ線状に、僕たちは並ぶ。僕らはいわば、発射される砲弾を正しく導き、加速させるための砲身だった。
そして一番背後に、弾丸を撃ち出す役目のヨリシロが立つ。
「マントル……、ここまでして助けてあげるのです。ちゃんと戻ってきて役に立ってもらわねば困りますよ!」
ヨリシロは、鋭く揃えた手刀を黒球へ向ける。
光を集約する二枚のレンズ越しに。
「貫くために集中させるなら、この技こそがもっとも適格。カレンさん、アナタの十八番をお借りしますよ。『聖光穿』!!」
ヨリシロの手刀から放たれる鋭い光線が、空気のレンズに飛び込み、細く研ぎ澄まされ、さらに僕の重力レンズを通ってさらに細く鋭くなる。
こうして僕たちのマントル救出作戦は幕を上げた。
何と言うか、鍵をなくした金庫を無理やりこじ開けるのに似た心地だが。
しかし当然と言うべきかミッションは難航し、僕らは以後何日にも渡って『無名の砂漠』に釘付けとなる。
その間に、事態は驚くほどの速さで進行し始める。




