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250 葉か豆か

 その日、光都アポロンシティに客人が訪れていた。


 風の教主トルドレイド=シバ。


 彼は教主同士での極秘会談を望み、光の教主ヨリシロと共に大聖堂の一室へと閉じこもっている。

 この僕――、クロミヤ=ハイネも何故か一緒に。

 つまりこれは、要するに……。


「神会談再び、というわけか……」


 シバは、用意されたイスに深く腰掛けながら言った。

 ここにいる人間たちは、人間であって魂は人間ではない。


 トルドレイド=シバは、風の神クェーサーの転生者。

 ヨリシロは、光の女神インフレーションの転生者。

 そしてこの僕クロミヤ=ハイネは、闇の神エントロピーの転生者。


 かつてこの世界を創造した六人の神のうち、好んで人の身に転生した者、三名。

 それらによる、この世界に行く末を決める話し合いが、極秘裏のうちに始まろうとしていた。


「ノヴァのヤツは来ないのか?」


 まず、ここアポロンシティではゲストであるシバが、残りの創世者である火の神ノヴァについて聞いた。


「アイツは今ウシだぞ。自分の意思でアチコチ動き回れる身分じゃないよ」

「たとえ動けたとしても、あの方が望んでここへ来ると思いますか? 自分のことしか頭にない単細胞の火の神が」


 僕とヨリシロ、双方からの指摘に「それもそうだな」といとも容易く納得するシバ。

 だからこそ世界の命運にかかわる会談は、僕たち三人だけでスタートするのだ。


「……が、その前に」


 シバが苛立ちを含んだ声で言った。


「何だこれは?」


 何だこれは、と言いますと?

 シバの視線を追ってテーブルを見下ろす。テーブルだけに、その上に色々置くための家具なのだが、そこに何かおかしいものでもあるというのか? 際立って変なものは置いてないけどな?

 精々、お茶と茶請けのお菓子が並んでいる程度だが……。


「何故茶なんだ?」


 は?


「こういう話し合いの中で飲むものと言ったら、コーヒーと相場が決まっているだろうが!! なのに紅茶とは!? 俺は婦人方の談笑に呼ばれたわけだはないのだぞ!?」


 うわー、何この言いがかり?

 シバさんの、よくわからない拘りが爆発したところで、我らが光の教主ヨリシロさんが静かに答えた。


「……紅茶は、高貴なる者の飲み物です」


 えぇー?


「まさに、今日の会談で出されるに相応しい飲み物。コーヒーごときただ苦いだけの大衆飲料は、話し合いに必要な怜悧たる思考を妨げるだけの刺激物です」

「これだから女子供は。思考を邪魔する雑念を追い払うためにコーヒーの苦味が必要なのではないか。紅茶など、緑茶を腐らせただけのシロモノ。腐っているのはコアセルベートだけで充分だ!」

「あんな腐敗物と一緒にするなど紅茶に対する侮辱です!! なんですか! あんな真っ黒な液体にミルクもお砂糖も入れずに飲む人なんて、それがカッコいいと思い込んでるだけでしょうに!」

「言いやがったなこのクソ女! 紅茶だって、ただ高級品だからと思ってありがたがってるだけだろうが!? ところがどっこい、そんなのいつの時代の話だ、ということだ! 今じゃ大量生産、流通拡大によって紅茶こそ大衆の飲み物なのだバーカ!」

「バカとは何ですかこの難聴主人公! 紅茶が高貴なのはただ貴重だからではありません! 紅茶を淹れる行程の複雑さ、それによってガラリと味の変わる扱いの難しさ、そして正しい淹れ方で完成した紅茶から漂う香りの格調高さなどが紅茶の高貴たる所以です! ただ苦いだけのコーヒーなどと比べないで!!」

「んだとぅ! コーヒーの苦味と酸味のせめぎあいに潜むコクの深さも理解できないで何が高貴だ!? 行程の複雑さというなら焙煎、ブレンド、挽いて、淹れる。コーヒーの方がよっぽど行程が多いわ! 紅茶なんてただ急須にぶち込んでお湯掛けるだけだろ!!」

「そんなことはありません! 茶葉の中に染み込んだ旨味を完全に引き出すために、紅茶には驚くほどのテクニックが伝わっているのです蒸らし、漉し、濃度を均一にする。それらを完璧な水準で行うには名人の技が必要なのです!」

「緑茶が腐ったのを仕方なく飲むようになった二級品のくせに!」

「それは俗説に過ぎません! ついに知識の浅薄さを表しましたね!!」


 うわあああああ……!!

 と、心の中で唸らざるを得ない僕。

 会談の本題とはまったく関係ないところで、激論してやがる。

 なんでこんなに仲悪いのコイツらは?

 そう、思い出した。

 神々って基本的に仲悪いんだった。人間に転生した組は、比較的温和だから大丈夫かと思ったが、そんなことねえ。

 神々は仲が悪い!


「ハイネさん!!」

「ハイネ!!」


 うわああ……!

 神どもが矛先をこっちに向けてきやがった!!


「ハイネさんはどう思われますか!? コーヒーなどより紅茶の方が美味しいと思われますよね?」

「ハッ、頼る相手を間違ったな光の女神。我が同志ハイネは生粋のコーヒー派。自宅にエスプレッソマシンまで持っている急先鋒だ。婦人の味方になどなりましないぞ!」


 いや……!

 僕別にコーヒー紅茶、どっちも飲みますが……!

 光の大聖堂でカレンさんたちとお茶会する時も、抵抗なく紅茶ばっかり飲んでますし。

 それだけでなく緑茶も飲むし麦茶も飲むよ。

 それ以前に、飲むものを一つに限定することこそおかしいのではないのですか?


「同志ハイネよ! そこのメルヘン女に言ってやれ! コーヒーこそ、俺たちのような大人の男が飲むべきハードボイルドな飲み物だと!」

「そんなことはありませんよねハイネさん!? ハイネさんは、紅茶が醸し出す優しいふわふわな雰囲気を理解してくださいますよね? お仕事を終えてからカレンさんたちと楽しむ執務後ティータイムのよさを知っていますよね!?」


 何故僕、こんなところで究極の選択を強いられてるの……!?

 どっちを選んでも場の荒れることは必至。どちらかを味方にしたら、どちらかを敵に回すのは目に見えている。

 僕は一体、どうすれば……!!


「さ……!」

「「さ?」」

「酒……! 酒が一番美味しいです!」


 さらに面倒くさくなりそうな議題を放り込み、さらなる混乱を呼び込むことで煙に巻くことにしました。


 バカのシバとアホのヨリシロは、これをきっかけに今度は「一番美味しいのはワインかウイスキーか?」で、またもや無駄な議論を費やすことになる。

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