247 真犯人
「ヨリシロ。お前本当にアテスの正体について、心当たりすらないのか?」
事件の間中ずっと寝ていた僕には尚更見当もつかない。
「一つだけわかることは彼女もわたくしたちと同じ側の存在ということです。彼女には、わたくしの正体を知っている風な言動がありました」
ヨリシロの正体?
それは、光の女神インフレーションとしての彼女のことか?
「アテスさんは、わたくしたちと同じ側の存在であると思われます。だからこそわたくしの正体を知っているし、ハイネさんの正体も知っています。わたくしと血肉を共有する姉妹として生まれたのも、あながち偶然ではないのかも……?」
「しかし! この世界を作りだした神は全部で六人のはずだぞ!?」
地水火風の四元素。光と闇の二極。
四と二を合わせての創世六神。
地母神マントルは消滅し、水の神コアセルベートはつい最近ボコボコにしたあと行方不明。火の神ノヴァは駄牛として食っちゃ寝の自堕落生活。風の神クェーサーだけは風の教主トルドレイド=シバとして協力関係にある頼もしいヤツだ。
そして光の女神インフレーションであるヨリシロと、闇の神エントロピーである僕。
「神はこの六人以外には存在しないはず……! ヨリシロは、あのアテスが、僕らの知らない七人目の神の転生者だとでも言うのか?」
「わかりません。ですがわたくしたちは、ただでさえ魔王という未曽有の脅威を迎えつつ、さらにそれと同等かもしれない敵を抱えてしまったということです」
あのアテスが、魔王と同等か。
冗談に聞こえないだけに、なおさら頭が痛くなりそうな話だ。
「唯一の救いといえば、アテスさんを早急に光の教団から駆逐できたことだけでしょうか。あの人は、光の教団の権威や物量を使って、様々なよからぬことを企てていました。そのすべてが完遂する前に彼女を排除できたのは、彼女の企てを多く阻止できたということ。それは僥倖と言えるでしょう」
「随分強引な手を使ったようだがな」
非難がましい視線をヨリシロに送る。
話の流れがまた変わり、ヨリシロは居心地が悪そうにした。
「聞くところによれば、何でも今回の事件の黒幕がアテスだということを、僕が喋ったそうじゃないか」
アテスを追い詰めるきっかけとなった、光都アポロンシティで発生した光の大図書館立てこもり事件。
図書館を襲撃し、その利用者多数を人質にしたテロリストたちは、教団和解による政変で爪弾きにされた反動分子だった。
極光騎士団長ゼーベルフォン=ドッベを始めとした多くの犯人は、元は教団の要職に在りながら罷免され、それを行った教主ヨリシロを恨んでいた。
その怨恨を操ってテロを指嗾した黒幕こそがアテスである。
それを爆殺される寸前のドッベが僕に話し、意識を取り戻した僕がヨリシロに報告した。
それこそがアテス逮捕へ本格的に動くきっかけになったとのことだが……。
何度も言うが、僕は今朝意識を取り戻したばかりである。
ヨリシロがカレンさんと協力してアテスとドンパチ繰り広げていた時も、病床で惰眠を貪っていたのだ。
そんな僕が、どうやってアテスを告発したというのか?
「ヨリシロ……、お前……」
「わたくしは、最善の方法を取ったまでです」
ヨリシロは病室の窓から外の風景を見詰めたまま言った。
大体、死に際のドッベだって、アテスの名前なんて一言も口にしなかった。アイツが唱えていたのは最後まで僕への恨み言だけで、事件の解明に役立ちそうなことを何か一言でも言い残せるぐらい有用なヤツだったら、アイツもあそこまで零落れることはなかっただろう。
何より……。
「アテスが黒幕だったとすれば、何故アテスはドッベたちに図書館なんかを襲わせたんだ?」
アテスという女の目的は、当面はヨリシロを蹴落とし、自分が教主に収まることだったはず。
その目的に対して、ドッベたちによる立てこもりテロはいかなる意味を持ったのか?
ヨリシロのお膝元であるアポロンシティに混乱を起こすことで、ヨリシロの指導力に疑問を投げかけ、教主としての支持基盤をグラつかせる?
それに対し、アテス自身が颯爽と現れ事件を解決すれば、相対的に彼女の評価も上がり、将来的には支持率が逆転するかもしれない。
筋は通っていなくもないが、あまりに迂遠すぎて賢い印象を受けられなかった。
もし本当に教主の座を狙って、ドッベのようなバカどもを使い捨てにできるとしたら、直接ヨリシロの暗殺に差し向けた方がよっぽど直接的だし、成功した場合すべてを総取りにできる。
なのに何故アテスは、狡賢い彼女らしからぬ手を打ったのか? 光の図書館襲撃という迂遠としか思えない手に出たのか?
それは、あの事件の本当の黒幕がアテスではないと考えれば、すべてに筋が通らないか?
「犯罪が起きたことによって誰が一番得をしたか? それを考えれば犯人はおのずと見えてくる」
そんな格言めいたものがどこかで言われていた気がする。
「あの事件で起きた一番大きな出来事は、何よりアテスの排斥。それを一番願っていたのは、誰よりヨリシロ、お前だろう?」
ヨリシロは何も答えない。
「そしてテロ実行犯は、ドッベたち光の教徒に限らず、火や水や地や風、他の教徒も混じっていた。恐らくは他教団の反乱分子だろう。それらを掻き集め、一斉に激発させた上で仕留める。これで世界中の反乱分子は一掃され、いよいよ世界は対魔王に向けて完全に団結する」
そしてそれらの罪を、もっとも厄介な不穏分子であるアテスに擦り付けることで、ヤツを逮捕拘束する口実にできれば……。
「完璧じゃないか」
無論、世の中にはヨリシロや僕でも把握できない反抗勢力が、世の影に蠢いたことだろう。
しかし今回の立てこもり事件による反動テロの大失敗は、そうしたいまだ陰に隠れた勢力を牽制するのに大いに役立つだろう。
何しろ犯人は全員死亡したのだ。これから同じことを計画する者は、相当ビビるに違いあるまい。
ついでに言えば、今回テロリストの連中が携えていた武器は、本来禁止されているエーテリアル武器。これから裏ルートで流通し、体制側の大きな頭痛になるだろうそれは、まともに動かぬガラクタで犯人たちにとって何の役にも立たなかった。
その事実を通して「密売エーテリアル兵器は役立たずだ」という印象が出回れば、懸念される武器流通に大きく歯止めがかかる。
一石にて二鳥にも三鳥にもなる効果。
あの立てこもり事件は最高のデモンストレーションとなったことだろう。
誰にとって?
アテスというもっとも厄介な政敵を、合法的に排除することにも繋がったこの事件で、もっとも得をしたのは誰だ?
「……わたくしは、やはり憶病な女です」
やはりこちらを向かず、ヨリシロは言った。
「アナタやカレンさんに嫌われるのが怖くて。わたくしの醜さすべてを姉に押し付けてしまった……」
僕は、何があろうとヨリシロを嫌いになることはないが。
案外その憶病さこそが、まさにアテスという女の正体ではないかと思えた。
戦いは終わった。
だというのに、何かをやり遂げたという達成感はなく、さらに数を増やした謎と、奥歯の間に詰まった釈然としない心地だけが残った。
勝ったというのに得られたものもなければ、何かを打ち倒したという実感もない。
結局のところすべてはここからなのだろう。
神勇者という切り札を得て、魔王たちと、アテスというますます謎に満ちた存在との戦いは、これから本格的に始まっていく。




