243 二人にできること
「ウフッ、ウフフフフフフ!!」
いきなりアテスが笑い出した。
心底おかしいという笑い方だが、やはりと言うべきか、多分に嘲りの色が含まれていた。
「カレンさん、やはりアナタはバカのわりに面白い方ですね。……いいえ、バカだからこそ面白いのか」
「まったく褒められている気がしませんね」
「いいえ、賞賛していますとも。アナタは実に鋭いことを言いました。この私が、ヨリシロの醜い部分そのものだと」
「えっ?」
いやそれは……、単に言葉のあやというか……?
「まさしくアナタの言う通り、私はヨリシロの悪、ヨリシロの醜、ヨリシロの裏。……人は悪から先に生まれるのか、善から先に生まれるのか。しかし誰もがその身のうちに善と悪の両方をもっています。しかし、私とヨリシロは違う」
「……?」
「ヨリシロは善。私は悪。私たちは双方揃って一個の存在。ゆえに私は彼女であり、彼女は私なのです」
何を言っているの?
アテスの言うことが私にはまったくわからない。
「『聖光滅破陣』!!」
次の瞬間だった。
ヨリシロ様が地面に走らせる蜘蛛の巣状の亀裂から、眩い光が走る。
地面を構成する土や小石が激しく浮き立ち、地は割れ、足場は崩れる。
周囲は土煙でもうもうとなり、自分の手も見えないぐらいになる。
「あらあらヨリシロ。目くらましですか? アナタにしては無様な時間稼ぎですねえ。……でも、煙に紛れて逃げ出せるなどとは思わないことです。私はそれほど甘くはありませんよ」
一方、私はいきなり足場を崩されたことで、思い切り転げ回っていた。
土煙のもうもうさも手伝って、今自分がどこに立っているかもわからないぐらい。
「カレンさん」
そんな私の背に、優しく手が置かれた。
「ヨリシロ様?」
「あの人の言葉に耳を傾けてはいけません。あの人にとって言葉とは、人を惑わすための道具でしかないのですから」
「あ、ハイ。……あの、すみません」
「いいえ、わたくしも助かりました。アナタがわたくしの勇者で、本当によかった」
ヨリシロ様が土煙を巻き起こしたのは、ただ漠然と時間稼ぎするためでなく、何か明確な目的があっての時間稼ぎだろう。
つまり作戦会議。
「カレンさん、わかっているとは思いますが、影の力を使うようになった以上アテスはわたくしたちにとって最悪の相手です。たとえ二人がかりになっても、勝てるとは思えません」
「そ、そうですね……」
かつて影の怪物と化していたドラハさんに襲われた時も、私たちの技は一切通じなかった。
あの時の窮地が再来したというわけだ。
「しかしアテスは、ドラハほど深刻な相手ではありません」
「え?」
「他の属性の神気使いにもピンからキリがあるように、影使いだってその力量に差はあります。すべてを投げ打って影そのものと化したかつてのドラハに比べれば、今のアテスなど影使いとしてはザコ同然」
「そ、そこに勝利の糸口があるってわけですか!?」
さすがヨリシロ様、絶望していたように見せかけて、しっかり勝つための方程式を探していたのか!
「かつてのドラハは、完全に影と一体化した怪物であったがゆえに、無限に光を吸収することができました。それゆえに世界を滅ぼしかねない魔物であった。……割と今もそうで、だからこそ暴走の危険が常にあるのですが」
でも、ここ最近影の技を齧っただけのアテスには、それだけのキャパシティはない?
私とヨリシロ様。光の教団最高クラスの神力使い二人がかりで押し込めば、アテスをブクブクに太らせてキャパシティオーバーを起こさせることも……。
「そこで問題になるのが、光槍カインです」
ヨリシロ様が顔を曇らせた。
周囲の土煙は、まだ晴れずにいてくれそう。
「彼女は影の力を手にしても、元からある光の力を手放そうとはしなかった。まったく忌々しい曲者です。彼女はそのおかげで、自身の狭隘なキャパシティ問題を解決した」
そうか……!
アテスは、ヨリシロ様の光の力を影槍アベルで吸収したら、すぐさま光槍カインで放つ。
影として吸収した力を光に再変換して、放出し続けることでキャパシティオーバーを避けている。
「キャパシティオーバーを狙ってアテスさんを倒すには、吸収放出の手順を超える速さで光の神気を叩きこむしかありません。……しかし『聖光黙示掌』を完全に受け止められた今、わたくしにあれを超える神力放出技はありません。…………人の状態では」
「?」
最後が少し聞き取りづらかったが、それではやはり私たちにアテスを倒す方法はない?
「今の状態ではアテスは倒せません。わたくし一人では」
「はい?」
「でも今のわたくしにはカレンさん、アナタがいます。二人ならば、一人ではできないことも、できることがたくさんあります」
* * *
「……ようやく出てきましたか」
土煙が晴れ、視界の良好さが戻った時、アテスは最初いた場所にそのまま立っていた。
勝利を確信しての余裕だろうか。
「末期の挨拶は済みましたか? どちらにしろアナタたちは、私が支配する新生光の教団には必要ありません。ここで仲良く死んでもらいましょう」
周囲には、多数の光騎士たちが取り囲むように群集していたが、誰もが微動だにできなかった。
当初こそアテスを追い込むために動員された大人数だが、バトルのハイレベルさに誰も手出しが出来なくなっている。
「手出し無用! 皆さん、アテスの逃走を警戒しつつ、自分の身を守ることを第一にしてください!!」
私は、周囲に指示を飛ばしつつ、聖剣サンジョルジュをかまえる。
その刀身に、ゆっくりと光の神気を込める。
「最初に死にたいのはアナタですか。ですがどうです? どうしても死にたくないのであれば、アナタだけは助けてあげてもよろしいですよ?」
「言行の一致しない人ですね。私は必要ないのではないのですか?」
「アナタはヨリシロの友だちなのでしょう? その友だちに裏切られ、より深い絶望の下で死んでいくヨリシロを思うと愉快なだけです。アナタにもその程度の生かす価値はありましょう」
「サニーソル=アテス。アナタは本当に最低の人です」
こんな人に負けたくない。
私は答えの代わりに、聖剣を脇構えにして突進。適切な間合いに入ると同時に斬りかかる。
「『聖光錬刃』!!」
聖剣には充分な光に神気が通してあって、切れ味は通常よりも上がっている。
人間ぐらい両断にできるだろう。
しかしそれを、アテスは軽々影槍で受け止めた。
「アナタの考えることぐらいわかります。光を吸収するのは、影槍アベルの槍身のみ。上手く掻い潜って私本体に攻撃をいれれば、勝ちとでも思ったのでしょう?」
「……ッ!!」
「ですが残念。私とて伊達に元勇者ではありません。体術、運動能力共に、むしろアナタより上なのですよ? 経験、基礎能力、共に現役より上なのが先代勇者なのです」
鍔迫り合いとなった聖剣と影槍。
刀身の輝きが、見る見る影に吸い取られていく。
私は負けずと、聖剣に光の神気を注ぎ込む。
「あらあら、やはりバカな娘ですねえ。このまま組み合っていても、神気を吸い尽くされるだけだというのに。自分から私に神気を献上してくれるというんですか?」
「その通り。だって、私の神気を吸収している間は、アナタは影槍を動かせないでしょう?」
「!?」
「あえて『聖光錬刃』で接戦を挑んだのも、直接刃を合わせて、槍を固定させるため。これでもうアナタは、さらなる攻撃に対応できない!!」
これがヨリシロ様が私に授けてくれた策。
二人だからできること。
二本目の矢は、今この時にでも放たれようとしていた。
ですよねヨリシロ様!?
「ありがとうございますカレンさん。そしてさよならですアテスさん」
今放たれる。
「『聖光制圧掌』」




