241 兄弟槍
「『聖光黙示掌』」
ヨリシロ様の大きく広げた掌から放たれる光の神気。
五指それぞれをそのまま巨大化させたような五本の光は、裁きによって下された神の手そのものにも、また今にも獲物に襲い掛かろうとする巨大な光のクモにも見えた。
しかしどちらにしろ、アテス様に下される破滅の光であることは間違いなかった。
「アテスさん。……いえ、お姉様」
ヨリシロ様が、静かな口調で言う。
「最後の勧告です。心してお聞きなさい」
「何です?」
「今すぐ武器を捨て、こちらに全面的に従う態度を示しなさい。さすれば命だけは取らずに収めましょう」
「そうしたら、私はどうなりますか?」
「予想はついているでしょう? どこか、脱出不能な遠島にでも移住し、そこで一生を過ごしていただきます。来たるべき決戦でわたくしたちが魔王に勝利すれば、穏やかな生を満喫できることでしょう。権力とも闘争とも生涯関係なく」
それはヨリシロ様からの最後の恩情なのだろう。
あの人だって、血を分けたお姉さんを殺したいなんて、心から願っているはずがない。
「……フフッ、まったくあさましい妹」
それにアテス様が返した答えは、嘲笑だった。
「私が拒否すると、最初からわかっているのでしょう? しかしそれでも情けをかける素振りだけ見せておけば、周囲の人間は『涙を呑んで身内を処断する教主』という印象を勝手に持ってくれる。教主の地位はますます安泰というわけですか」
「わかりきっていたことでしたね。ハイネさんがまだ眠ったままなのがせめてもの救いです」
ヨリシロ様の手から放たれる巨大な光のクモが、獲物を捕食すべく牙と触肢を振り上げる。
「さらばですお姉様。願わくは、こうした人間同士の愚闘が、これを最後に終わりますよう」
振り下ろされる光手。
戦場となった訓練広場を覆い尽くさんばかりに、私を始め、今や犯罪者となったアテス様を逃がさぬよう出入り口を固めていた光騎士たちも、その凄まじいパワーに圧倒された。
「終わった……!」
アテス様の体は、巨大なる光の掌に押し潰されて、原型すら留めているまいと思われた。
突如として光の教団に舞い下り、搦め手と権謀によって散々に引っ掻き回してきた妖女の、最後の瞬間だった。
「……と、思うでしょう?」
「「!?」」
光の手の下からのありえぬ声。
あの声は間違いなく、アテス様……!?
「バカな!? 『聖光黙示掌』を受けて無事だというの!? アナタの光槍カインから発せられる光の神気では、到底受け止めきれないはず……!?」
ヨリシロ様も、予想外の事態に動揺を隠しきれない。
その困惑をあざ笑うかのように、アテス様の声。
「そうです。たしかに光槍カインでは、これほどの攻撃を防ぐことは至難。……ですがねヨリシロ。私がアナタによって下野させられている間、何もしていなかったとでも思うのですか?」
「えッ!?」
「実のところ、私が新旧勇者戦などという茶番まで催して教団に戻ってきたのは、無論教団に戻るためでしたが、その先に求めたのは、先代勇者としての権力ではありません」
武力。
「あくまで武力です。欲しいものを他人から奪い取るには、直接的な暴力がもっとも有効。光槍カインをはまさにわが暴力そのもの。しかしそれだけではありません」
「何を、言っているのです……!?」
「下野中、私は有り余る余暇を利用して修行を重ね、ある新しい力を会得しました。その新しい力を充分に活かすためには、新しい神具が必要だった。光槍カインとは別の。だから私は教団に戻ってきた。神具の素材たる聖別鉱石は教団の中にしかありませんからね……!」
次の瞬間。
ヨリシロ様が作り出した巨大光手が唐突に消え去った。
「なッ!?」
ヨリシロ様の驚きの表情を見るに、術者みずから消し去ったのではないようだ。
では、誰の仕業によって?
それはわかりきっていたことだった。
アテス様だった。
押し潰す光の手が消え去り、再び私たちの視界に現れた彼女は、槍を掲げていた。
二振り目の槍を。
右手に光槍カイン、左手にその二つ目の槍を持ち、見慣れぬその二振り目は、一振り目の光槍カインとは対照的に、全体を真っ黒に染めた闇の槍だった。
……闇? いいえ違う気がする?
「『聖光黙示掌』を無効化したのは、その槍の仕業ですか?」
「そうです、この槍こそ私の新たな力。光の神気を変質させることで生み出される『影』の力」
「「『影』の力!?」」
その一言で思い出したのはドラハさん。
影の力を持つ影の勇者。
「この二振り目の槍こそ、教団の保管庫から密かに盗み出した聖別鉱石を元に作り上げた『影』の神具。我が『影』の力を十二分に発揮するための切り札。……名付けて」
得意げに言い放つアテス様。
「影槍アベル。……いやあ、危ないところでした。これが完成したのはつい先日でね。ことを起こされるのがもう少し早かったら、さっきの攻撃、防ぐ術もなくて今頃ハエのように潰されていたでしょう」
「『影』の力で、わたくしの光の神気を吸収したのですね?」
ドラハさんの存在から『影』の特性を知っているヨリシロ様は、そう言い当てた。
「ご名答。影槍アベルで光を吸収し、光槍カインによって放つ。野に下ってから積み重ねられてきた修行により、編み出されたこのサイクルは何人にも破ることは不可能!」
アテス様が光槍カインを振る。その穂先から放たれる、凄まじき閃光。
その凶光は、訓練用広場を囲む城壁をいともたやすく粉砕した。
ドォォォッ、という剛音と、広く飛び散る破片が、待機する光騎士たちを逃げ惑わせる。
「…………!」
その凶事に、ヨリシロ様の表情が凍った。
「わかりますか? 今のはさっきアナタの技から吸収した神気を、そのまま放って返したのです。賢いヨリシロならもうわかるでしょうが、もはやアナタの攻撃はすべて、この力で無意味となる」
アテス様を襲う光の力は、すべて影槍アベルによって吸収され、光槍カインで返されるだけ。
「すべての準備は整いました。ではヨリシロ、本来私のものである教主の座を頂くことにしましょう。ついでにアナタの命も貰ってあげます。アナタも知っての通り、私は欲張りなので。……アナタのものはすべて私のもの」




