240 女神激戦
「反逆者サニーソル=アテスを捕えろー!」
「生死は問わないとの教主様からの命令である! ただ絶対に逃すな!」
「しかし、アテス様は先代勇者……!」
「そんなことはわかっている! しかし今は反逆者だ!」
「大聖堂の中で捕えるのだ! 事件そのものを外に漏らすな!!」
極光騎士団を総動員にして、アテス様の追跡捜索が行われていた。
「すべての出入り口を固めろ! この光の大聖堂からは一歩たりとも外へ出すな!!」
最初にアテス様との対決が始まったのは、教主の執務室。
さらにアテス様が逃走したのは、光の大聖堂内にある地下牢へ向かう途中だったため、逃走劇はまだその内側に留まっていた。
騒ぎを外へ漏らしてはならないということで、教団側は本部内でケリをつけてしまおうという意気に満ち溢れていた。
そしてアテス様は、私たちの前にやってくる。
「あら、終着点はここかしら。素敵なエスコートだったわ」
もはや哀れな逃走犯だというのに、少しも取り乱すことのないアテス様。
そのアテス様へ向けて、ヨリシロ様の冷めた視線が注がれる。
「やはり気づいていたのですね。光騎士たちの追跡にわざと甘いルートを作って、ここまで誘導していたのだと」
「ゴールには素敵な賞品があると確信していましたから。で、戦わせてくれるのでしょう? そちらにいるいい子ちゃんぶった小娘と」
アテス様の視線が、ヨリシロ様の隣に並ぶ私へと向かう。
そうここは、極光騎士団の訓練用に使われる広場。暴れるにはうってつけの場所だった。
ここで戦いが待ち受けているとは、賢いアテス様なら先刻承知だろう。
「新旧勇者戦の時には、本気で遊んではあげませんでしたからね。いい機会ですから教えてあげましょう。真の光の勇者の実力を」
「それには及びません」
最初から示し合わせていた通りに、ヨリシロ様が前へ歩みでる。
「アナタをここで屠るのは、妹たるわたくしの役目。サニーソル=アテス。二代に渡って悪徳を振り撒くサニーソル家の禍根を、わたくしの手で断ち切ってみせましょう」
「教主就任と同時にアナタがサニーソルの姓を捨て去ったのは、そういう理由からでしたね。……しかし、フフッ、本気ですか?」
アテス様はヨリシロ様に向けて、嘲るように笑った。
「ヨリシロ、まさかアナタ自身が実力で私に挑もうなんて、権謀術策しか能のないアナタが、光の勇者にまで上り詰めたこの私を倒せると?」
「ええ、そう思っているからわたくしはここにいます」
さらにヨリシロ様は進み出る。
「ではカレンさん、手出しは絶対無用でお願いします」
「でも、ヨリシロ様……」
「アナタは万が一の保険。わたくしが敗れた時は、アナタがあの災いを討ってください。でも、そんなことはまずありません」
そしてヨリシロ様の視線が、私からアテス様の方へと向く。
「新旧勇者戦では、カレンさんたちにばかり負担をかけてしまいましたからね。ここで少しはわたくしも骨を折っておかなければ。……もっとも、折られるのアテス、アナタの全身の骨ですがね」
「面白い、妹が姉に勝てるかどうか、見せてもらおうではないですか」
そしてアテス様は一振りの槍をかまえる。
あれはアテス様専用の神具、光槍カイン!?
逮捕された時には持っていなかったあの武器を、何故今。
「わざわざ、それを取り戻すために捕り手を振り切って逃走したのですか? そんなに物に愛着を持つ人だとは知りませんでした」
「政治力の基盤を失った以上、もはや頼れるのは武力だけですので」
ヒュンヒュン、と槍の穂先を広く旋回させるアテス様。
それに対してヨリシロ様は、短剣すらも帯びていない丸腰。
普通人間は、どれだけ神気の扱いに優れていようと単体では神力戦など絶対にできない。
神具と言う、神気に共鳴して神気を増幅させる装置がなければ、皆ただの人なのだ。
それは五大教団すべてに言える、絶対のルール。
……であるはず。
「アナタはどうしたのですヨリシロ? 急ごしらえでもいいから何か神具を持ち出さなければ、勝負にもなりませんでしょうに」
「いいえ、わたくしは、……これで充分です」
ヨリシロ様が、掌をかざした。アテス様へ向けて。
「『聖光制圧掌』」
「ぬぐあッ!?」
その瞬間だった。
巨大ながら超高圧の光の神気が、アテス様の全身を圧しながら吹き飛ばした。
何あの……! 空気の塊みたいな光の神気は!?
まるで気体のように濃厚な振る舞い。もっとも質量的なものから遠い光属性で、あんなことができるものなの!?
アテス様は、ヨリシロ様の技をまともに食らい、目を回しながら立ち上がろうとする、が……。
「『聖光滅破陣』」
ヨリシロ様の足元から、蜘蛛の巣のような細かい亀裂が地面を走る。
それに足元まで攻め込まれたアテス様は、模様から噴き出す光の神気によって派手に吹き飛ばされる。
「がはぁッ!?」
強い……! ヨリシロ様……!
わかってはいたけれど、あの人、常識を超えて強すぎる……!
神具の共鳴増幅機能がなければ、戦いに利用できるほどの神気を発生できないという常識など無視するかのように、素手から発せられる濃厚な光の神気でアテス様を圧倒する。
「おのれ……!!」
しかしアテス様だって、一度は光の勇者を名乗った人。
このままやられっぱなしなどはありえない。
ジャガーのごとく駆けだしたかと思えば、その長い槍で一直線に、ヨリシロ様を突く!
「ヨリシロ様ッ!?」
ヨリシロ様はよける動作すら取ろうとしなかった。
新旧勇者戦と違い、最初から完全に殺す気の、アテス様の刺突。
ヨリシロ様は串刺しと疑いなかったが……。
「『聖光爪束刃』」
ヨリシロ様が手を手刀の形に成し、さらにその手刀から伸びる光の神気が剣の形を成して、アテス様の槍を受け止めていた。
当然、ヨリシロ様には傷一つない。
「そんな……ッ!?」
「お姉様、これがアナタの末路です。権力の毒に囚われ、のし上がることを考えて駆け上がった結果、辿りついたのは何もない崖っぷち」
鍔迫り合いを解いて両者の距離が離れる。
手刀の形で束ねられていた光の剣。その五指が開くことでクモの足のごとく凶悪に分かれる。
「後戻りするには、アナタの道は他者の死骸で埋め尽くされすぎています。この期に及んでは、せめてわたくしが背中を押してあげましょう。二度と這い上がることのできない谷底へ落ちなさい!!」




