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239 ディオスクロイ

 ひとしきり笑うだけ笑ったあと、アテス様は大した抵抗もなく光騎士に両腕を掴まれ、連行されていった。

 その背中を、執務室から見送る私と、ヨリシロ様。


「ヨリシロ様……!」


 黙して佇む我が教祖を、私は心配せずにはいられなかった。


 ヨリシロ様とアテス様は姉妹。


 そんなこと初めて知った。


「申し訳ありませんねカレンさん」

「え?」


 なのに、ヨリシロ様から私へ掛けられた言葉は謝罪だった。

 一体何故。


「アナタだけは、こんな汚らわしい暗闘からは無縁でいさせたかったのですが、相手が先代勇者ともなればそうもいきません」


 と言う。


「彼女も、捕まるのはこれで二回目です。もはや教団追放などという生温い処分では済まされないでしょう。いいえ、教主たるわたくしがそうしません。父親同様、どこか僻地で一生幽閉生活を過ごしていただくとします。最低でも」


 父親……?

 お二人が姉妹であるということは。父親って、ヨリシロ様のお父様であると伝え聞かれている、先代の光の教主。


「カレンさん。私の父――、前の光の教主が汚職によって退陣を迫られたとよく言われていますが、具体的にどんな罪で教主の座を追われたか知っていますか?」


 知らない。

 私は素直に首を左右に振った。


「でしょうね。表沙汰になるだけでも光の教団にとってかなりのダメージになりますから。……愚かなる我が父、前教主モノザネは、他教団へ侵略戦争を仕掛けようとしたのです」

「えッ!?」


 戦争って、人間同士で!?

 モンスターとの戦いが激化しているこの時代に。


「あの方は……、英雄願望というか、何か大きなことをして歴史に名を残そうと子供じみた望みに取り憑かれた人でしたから。当時勇者として教団の中枢にいた姉アテスも、それに協力的でした」


 それをヨリシロ様が、秘密裏に止めた。

 教主一族の中で末子に位置するヨリシロ様が。


「結論から言って、汚職で肥え太ることしか望みのない当時の光の教団首脳陣にとって、父は迷惑な存在でしかありませんでした。ゆえにわたくしを担ぎ出し、父を放逐した。対して姉は、父に近すぎたがゆえに神輿に選ばれなかった」


 あれほど野心剥き出しなのにね……、とヨリシロ様は憐れむように微笑した。


「あの方は先代勇者にして、現教主の姉。さらに先代教主の長女。わたくしさえ教主の座から蹴り落とせば、自分自身が教主となれる目は大いにある。新旧勇者戦から端を発する様々な陰謀は、それを最終目標としていたのでしょう」


 新旧勇者戦であの人が出した要求は、教主退陣。とても露骨なものだった。

 今回の図書館立てこもり事件でも、騎士団本体が手をこまねいている事件をアテス様がみずからの手で解決すれば、周囲の評価はアテス様に対して上がり、ヨリシロ様の評価は下がる……?

 それを狙って、事件を引き起こした?


「カレンさん。こう言った不愉快なことは、これからも起っていくことと思います。ですがアナタやハイネさんは極力、裏の暗闘からは無縁でいてほしい」

「ヨリシロ様」

「アナタは象徴なのです。人が信頼しあって団結し、魔王という脅威に立ち向かっていく先頭に立つ。それゆえアナタは、清く高潔であらねばならない」


 そう語るヨリシロ様の横顔は、とても寂しそうで、悲痛だった。

 あんな家族を持ってしまったために、ヨリシロ様は私とほとんど変わらない年齢なのに、権謀術策の中に身を投じなければならない。

 私やハイネさんとじゃれ合っている時は、何処にでもいる普通の女の子なのに。


「ヨリシロ様……!」


 私が言葉を賭けようとしたその時だった。


「ヨリシロ様! カレン様!」


 アテス様を連行していった光騎士さんの一人が、慌てふためきながら駆け込んできた。


「たた、大変です! アテス様……! いや容疑者アテスが連行の途中、突如拘束を振り解いて脱走しました!!」

「ええッ!?」


 驚く私に比して、ヨリシロ様は冷静だった。


「でしょうね。このまま大人しく捕まっても、もはや再起の可能性はない。であれば暴れるだけ暴れて逃げ出した方が、いくらか得策でしょう」


 でも、逃げ出したって何かあるとも思えないのに。

 アテス様は、もはや断崖絶壁へ向かって走っているようにしか見えない。


「ヨリシロ様。私、行きます!」


 ともあれ、アテス様が逃走したとあれば、それを抑えられるのは同じ勇者である私しかいない。

 ハイネさんはまだ病床、ドラハさんは特別にその護衛に付いているし。

 今は私が動かねば。


「いいえダメです」


 しかし、部屋から駆け出ようとした私をヨリシロ様がピシャリと止めた。


「言ったはずです。カレンさん、アナタは汚らわしい裏の暗闘には一切かかわらせないと。まして相手は、見下げ果てた人だとしても、やはり人。まかり間違って殺してしまうことすらあり得るこの事態に、アナタを出すわけにはいきません」

「でも……! ではこのまま逃がしてしまうんですか?」


 それもあり得るかと思った。

 ヨリシロ様とアテス様が血を分けた姉妹なら、政治的に死に体となったお姉さんを、このまま逃がしてあげることは最後の情け……?


「わたくしが出ます」


 ヨリシロ様は、とんでもないことを言い出した。


「アテスさんの始末は、わたくしみずからがつけます。教主という責任あるか立場から、また彼女の妹として身内の恥を雪ぐため。たとえあの人をこの手で殺すこととなっても、わたくしはあえて泥をかぶりましょう」

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