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238 証拠なら

「ヨリシロ様。サニーソル=アテスただ今参りました」

「御足労でしたね。そこにお掛けなさい」


 事件の翌朝、光の教団教主ヨリシロ様は、先代光の勇者アテス様を執務室に呼び出した。

 用件は、先日の光の大図書館立てこもり事件の事後処理を任せた労いと、その報告を聞くこと。

 表向きは。


「あらカレンさん、アナタも一緒なのですね」

「はい、勇者として、自分の本拠で起きた事件のことを把握しておきたくて」


 私――、コーリーン=カレンも、ヨリシロ様の隣のソファに座り、アテス様と向かい合う。

 ヨリシロ様に無理を言って同席させてもらったのだ。

 あの事件の本当の解決を、この目で見届けるために。


「では、早速報告を聞きましょう。何か見つかりましたか?」

「事件の全容を暴けそうなものは何も。やはりあの犯人一斉自爆は、証拠隠滅こそが最大の目的であったと思われます。爆発の威力が当人たちを吹き飛ばすばかりで実質的な破壊力がなかったのも、その裏付けかと」


 実際のところ、それは不幸中の幸いだった。

 ドラハさんが影の中に飲み込んだ犯人以外にも、外縁部では二十人以上が手つかずのまま爆発を起こしてしまった。

 もしそれに神気攻撃級の威力があったら、今頃大惨事になっていただろう。


「犯人の全員爆死によって、尋問も取り調べもできなくなりました。爆発に巻き込まれて死体どころか遺留品すら消滅。光騎士に命じて現場の処理と共に、遺留品の破片だけでも回収したいところですが期待はできませんね」

「そうですか……。子細承知しました。アナタ一人に働かせてしまい、申し訳ありませんね」

「いいえ、皆様方はハイネさんの治療で大変だったでしょうし……。で、ハイネさんは?」

「ご心配なく、治療はあらかた上手くいき、様態も安定しております。つい先ほど意識を取り戻しましてね」


 え?


「それはようございました。事態が落ち付き次第、私もお見舞いに参上したいと思っていますが、ご都合よろしいでしょうか?」

「残念ながら、それはできません。先代光の勇者サニーソル=アテス。何故なら……」


 ヨリシロ様は言った。



「アナタを今回のテロ事件首謀者として拘束するからです」



 バタンッ!

 執務室のドアが勢いよく開け放たれ、そこから多数の光騎士たちが詰めかけてきた。

 そしてアテス様を中心にして取り囲む。

 私自身もソファを尻で弾いて立ち上がり、聖剣サンジョルジュを引き抜く。


「これは……、どういうことでしょう?」


 アテス様いつもの韜晦が始まった。


「今回ばかりはしらばくれようと無駄ですよアテスさん。ハイネさんが、意識を取り戻し証言したのです」

「?」

「彼を道連れにしようとしたゼーベルフォン=ドッベ前騎士団長。彼が死の間際に告げたのだそうです。犯行のすべてを指示したのはアナタだと」

「「「「「……!!」」」」」


 あらかじめ聞かせられながら、私含めて多くの光騎士たちは息をのんだ。

 光都アポロンシティを震撼させたテロ事件、その黒幕はアテス様だった。

 ある意味では納得の事実でもあった。


「アテスさん、アナタは新旧勇者戦の開催中、反対派の一人を装って潜伏していた。……ということになっていますが、その時のパイプを活かして、改革により居場所を失った反対派残党を掻き集た。今回の犯行を成すために」

「…………」

「犯行の目的は、大方光都内の治安を乱すことでその責任をわたくしに被せ、引責辞任でもさせようという腹だったのでしょう。そしてそのあとを、アナタ自身が担う」

「……いいでしょう。戯言を最後まで聞いてあげます。続けなさい」

「何しろアナタには、その資格があるのですからね。本当なら新旧勇者戦をもってわたくしを放逐し、自分が新たなる光の教主になるつもりだったのでしょうが、生憎とそれはカレンさんたちの活躍で徒労となりました」


 しかしアテス様は、咄嗟に和解反対派を裏切り、敵側へ売り渡すことで、沈む船から脱出することができた。

 それどころか、私たちの陣営に自分の立場を確立した。

 本当に見下げ果てた人。


「アナタとしては、固めた足場を利用し、さらに上へと――、実質的な最終目標に駆け上がろうとしたのでしょうが……。いささか性急すぎましたね。こんなつまらない尻尾の出し方をするとは」

「アナタは本当に汚い女ですね、ヨリシロ」


 教主に向かってなんという口の利き方。とても勇者の位を与っていた人だとは思えない。


「まあ、いいでしょう。あの事件の首謀者は私だった、としましょう。あの自尊心だけが人並み以上の間抜けなドッベも、私が裏で操っていたとしましょう。それで、証拠は?」

「!?」


 そのアテス様からの問いかけに、取り囲む光騎士全員が、私も含めて怯んだ。


「私を首謀者と示すものが、既に死んだ実行犯の証言。それ一つだけではいささか弱すぎではありませんか? 大体、テロの実行犯というのは端から使い捨て、重要な情報など何一つ聞かされていない場合も多い」

「……」


 ヨリシロ様が、何も言い返せずにいる。

 たしかにアテス様の言うことは正論で、彼女の言うことを認めるほどに、逮捕の正当性を弱くしてしまう。

 この人が一番悪いというのはわかっているのに。

 またしても私たちの手は、この人を掴めず空振りしてしまうのか。


「証拠ですよ。証拠証拠証拠。私を裁きたいのであればしっかりとした証拠を見せてください。できませんよね? わかりきっていますがね」


 アテス様は得意満面に証拠証拠と連呼した。

 それだけ、自信があるということか。手駒とした実行犯は皆死んでしまって、物証も残らない。

 こんな状態で自身が黒幕であることを示す何かなんて、出てくるわけがないと。


「ではアテスさん、逆にアナタに聞きましょう」

「はい?」

「人を裁いて罰するために、証拠が必要なのですか?」


 ……え?

 そのヨリシロ様からの一言に、そこにいる全員が虚を突かれた。


「アナタが光の教団に、そして全世界に仇なす人であるということは、もはや紛れもない事実。そんなアナタを罰するために、いちいち証拠が必要なのかと聞いているのです」


 その驚くべき発言に、一瞬キョトンとしていたアテス様だったが、やがて弾けたようにケタケタ笑い出した。


「あはははははははは!! ……そうね、まさしくその通り、市井のバカどもが行う裁判ならともかく、私たちのような高貴なる者たちによる権謀術策の場では法理も道徳もすべてが方便。証拠の力など信じるのはバカのすることでしたね」

「そうです、そしてそんなものに頼る他なくなったということこそ、アナタが追い詰められた何よりの証拠。このあとは潔く負けを認めることですね」

「まったく……、まったくアナタは汚い女だわ。この私を二度も丸め込むなんて。いいえそれ以前に結局、私は陰謀によってアナタに勝てたことが一度もなかった。さすが私の妹、というべきなのかしら?」


 は?


「アナタがとるに足らない小物だというだけです。お姉様。そしてアナタは、その小器に見合わぬ巨大すぎる野望をいつまでも捨てられなかった。父上と同じように。それが身の破滅の原因ですわ」

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