234 天誅に天罰を
「地母神マントル様の神罰を!」
「愚かなる異教徒どもに、風の神クェーサー様の神罰を!!」
コイツらに関して気になるところは、その口から出てくる神の名がそれぞれ違うことだ。
僕はこれまで、この事件を引き起こしたテロリスト犯どもは、ヨリシロの改革によって地位を追われた光の教団の不満分子だとばかり思っていたから。
しかし、そういう連中を掻き集めても今回確認されるテロリスト員数には届かないという指摘は、作戦会議中からあった。
この事件、まだまだ暴かれていない何かがあるようだが、それはあとに回そう。
今はただ、バカどもを一掃する。
それのみに限る。
「よっと」
図書館内で司書用カウンターの陰に隠れていた僕は、その上に飛び乗る。
ガタンと音が鳴って、バカどもの耳が反応して一斉に注目される。
「ごきげんようバカども」
バカを相手にしていても挨拶は大切だ。
ヤツらはバカなりに、一様に驚き戸惑うのだった。
「何だお前は!? どこから入ってきた!?」
「騎士団の手の者か!?」
「迂闊に近づくなよ! 何を隠しもっているか知れんぞ!?」
バカどもの右往左往はあからさまで、それだけで相手が素人ということは見て取れた。
しかし油断はできない。
素人だって剣を振り下ろせば人を殺せるし、まして今コイツらの大半が持っているのは、恐らくエーテリアルで作られた、風銃の簡易版。
風の教団が勇者用の武器として作りだした風銃を、動力を風の神気からエーテリアルそのものに変えて、誰でも扱えるようにしたものだと推測できる。
あんなものを死に際に乱射されたら堪ったものじゃない。
何度でも言うが、ここは戦うにしてはデリケートすぎる場所なのだ。
無辜の人々が百人近く人質として囚われている上に、場所自体が貴重な書物を蔵した図書館だ。
人命も貴重だが、過去の多くの人々がその命の燃焼と引き換えに書き記してきた書物もまた、しっかりと守り後世に受け継がねばならない。
決してこんなバカどものために損なわせてはならない。
「……お前たちに、届け物があってきた」
だから僕は、滅殺の前にあえて姿を現した。
僕のような得体の知れない者が現れれば、ヤツらの注意は僕一点に集まり、銃口も僕だけに向く。
仮に暴発が起きても、僕だけに向かうなら対処が容易い。
「お前たちは。神罰を望むんだろう?」
だから与えてやる。
「黒い神罰を」
そう言い終わるのと同じ瞬間だった。
この光の大図書館、その中央にある外来客用大広間『女神の間』。
その大部屋を占拠するテロリスト三十人強。
ソイツらの足元から一斉に、黒い怪物が這いだしてきた。
「「「「ぎゃああああああああああああッッ!?」」」」
一斉に上がる恐怖の悲鳴。
テロリストは一人の例外もなく、黒い何かに包まれて、身動きが取れなくなっていた。
「ダークマター・セット」
それは暗黒物質だ。
僕の操る闇の神気の具現体、それが暗黒物質。
その正体は、砂粒より小さな暗黒の粒子だが、それが数億数兆と群れを成すことで、まるで形ない生物のように変幻自在に振る舞う。
今回もまるで、意思をもった液体が人に覆いかぶさり、飲み込もうとしているかのようだった。
しかもその出所は、僕からではない。
軽蔑すべきテロリストども一人一人の足元から、一斉に湧き出したかのように見える。
正確には影だ。
ヤツらの足元にできた、ヤツら自身の影から暗黒物質は湧き出した。
何も知らない者たちから見れば、影そのものが襲い掛かってきたように見えるだろう。
そのタネは、ドラハの影の能力と、僕の闇の能力とのコンビネーションによるものだった。
ドラハの影の力は、周囲の物質によってできる影を繋げて、その内部に潜って移動させること。
僕はその通路を利用させてもらって、影の中に暗黒物質を流し込んだのだった。
僕がテロどもの前に躍り出た時、既に準備は終わっていて、影の内部は暗黒物質で充満していたのだ。
愚かなるテロリスト、その足元の影の中まで。
そこまで準備ができていたなら、あとは僕の意思で影の中から噴出させて、暗黒物質にテロどもを襲わせるだけだった。
完全に一斉に。これでヤツらには一瞬の抵抗も不可能であるはずだ。
「うぎゃあああああッ!? 何だ!? 何だぁぁぁぁぁッ!?」
「闇が! 闇が襲ってくるぅぅ!?」
「助けて神よ! 神よぉぉぉッ!?」
闇に覆い被さられて恐慌し、必死の抵抗を試みるも、虚しい。
一度まとわりつかれた暗黒物質を自力で振り解くのは、まず不可能だった。
かつて魔王ウリエルがやったように、自分の表面ごと剥ぎ取って、切り離しでもしない限りは。
「暗黒物質がお前たちを襲うスピードは、あえてゆっくりにしてある」
みずからが侵食される事実をしっかり認識して、最大限の恐怖を味わえ。
そして自分たちが犯した罪、それを原因にして受ける罰。その意味を出来る限り自覚して、後悔しろ。
「それが神罰の意味だ」
「「「「あぎゃひぇーーーーーーーーーーッッ!?」」」」
* * *
そして数分後、図書館内はまったく静かになった。
暗黒物質にまとわりつかれたテロリストどもは、暗黒物質第一特性によって生命活動に必要な神気の大半を消滅させられ、意識を失ってしまった。
「終わったな」
安全が戻った館内で、ドラハがハイドラヴィレッジ直輸入のエーテリアル無線通信器を使い、外と連絡を取っていた。
「ハイネ様、『女神の間』鎮圧完了を本部に報告しました。光騎士たちは既に突入し、残った見張り役を次々逮捕しているそうです」
「うむ、ご苦労さん」
僕は、人質の中から、あの泣いていた女の子を抱え上げて、お母さんを探していた。
どうやらこの騒ぎではぐれてしまったようだ。
「しかし、思った以上に骨のないヤツらだったな」
その方が助かるが、何より助かったのは、ヤツらの使うエーテリアル銃が何の役にも立たなかったということだ。
ヤツらも暗黒物質に飲まれながら必死の抵抗を試みて、それに伴い当然のように引き金を引いたが、大半がそのまま暴発していった。
「そういえばヒュエが言ってたな。エーテリアルの兵器化には、その辺のプロ技師でも足りないくらいの高い技術が必要だって」
「まだまだエーテリアルの兵器利用は、技術的な問題を山ほど抱えているのでしょう。実用化には多くの時間が必要になるかと」
それはある意味での朗報だった。
表でドッベの銃がちゃんと弾を吐き出したのは、迷惑な幸運だったということか。
「そしてコイツらは、実用化もままならない粗悪品を掴まされて決起したってわけか。わかればわかってくるほど哀れなヤツらだな……!」
それだけに裏の事情が気になってくるところだ。
倒れているテロリストどもは、暗黒物質で神気を消したと言っても一滴残らず枯らし尽したわけじゃない。
生命維持に最低限の分は残っていて、いずれ目を覚ますだろう。
その時にはササエちゃん直伝の生爪尋問がスタートだ。
「とにかく、今は人質さんたちの解放が最優先だ。皆を外まで案内しよう」
「はい、ハイネ様」
とドラハと二人、人質を立たせようとしたその時だった。
「動くなァ! この背徳者どもがぁ!!」
ドアをバタンと蹴破って、姿を現したのは、前の極光騎士団長ゼーベルフォン=ドッベ。
最後の悪足掻きが始まろうとしていた。




