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「極光騎士団長? んん~、おかしいなぁ?」


 もはや、何処からどう見てもテロリストのドッベだが、その態度は今でも自分が頂点にいるかのような不遜さだ。


「極光騎士団の団長と言えば、世界にただ一人、このゼーベルフォン=ドッベ以外には存在しないはずだ。断りもなく不当に我が名を騙るとは不届きなヤツだな。グレーツ中隊長?」

「アンタは、団長どころか騎士団そのものをクビになっただろうが。もうアンタには騎士を名乗る資格もねえ。まして白昼堂々公共の施設を占拠し、無辜の市民に危害を加えるなんざ人でもねえ鬼畜の所業だ」


 グレーツ団長は一息間をおいてから、言う。


「悪いことは言わねえ。とっとと投降してお上の裁きを受けな。今ならまだかける情けも残っているだろうぜ」

「ふざけるな!!」


 ドッベは激昂し、持っていたエーテリアル拡声器を石畳の地面に叩きつけた。その破片が派手に飛び散る。


「私は! 極光騎士団長たるこの私は正義のために立ったのだ! 光の教団を壟断する淫売妖婦のヨリシロを処断し! 教団に真の正義を取り戻すために!!」

「真の正義ってのは何のことだい? アンタがいた頃の騎士団のことかい?」


 グレーツ団長の口調は、聞き分けのない子供に噛んで含めて言い聞かせるようなものになっていた。


「騎士団長だった頃のアンタはわがまま放題で、振り回されるこっちも堪ったものじゃなかった。モンスターが出たっていうのに、やる気が出ねえと本部から出たがらず、やむなく団長不在で出撃してみれば指示は逐一自分から仰げと言いやがる」


 そんな無茶な。


「本部と現場からどれだけ距離があると思ってるんだ? 『自分の命令あるまで一歩も動くな』と言いやがるわ、せめて往復の時間を縮めるためにエーテリアル車を使えば怒り狂うわで、アンタの言ってることは光騎士たちに『死ね』と言ってるようなもんだったぜ」


 実際。


「勇者カレン様がいなかったら、何人の光騎士がアンタに殺されたかわからねえ。直接の凶器はモンスターの爪や牙でも、本当の人殺しはアンタのような無能上司だ。プライドばっかりが高い無能人間が上に立つほど罪なことはねえ。他にもあるぜぇ……」


 グレーツ騎士団長の声色には、中隊長だった頃から溜めに溜めこんできた鬱憤の濃厚さが感じ取れた。


「ヒトん家の庭が綺麗だから住民追い出して騎士団直轄にしろとかよ。新人騎士の乗ってるウマが見事だから取り上げろとかよ。アンタの下す命令には団長らしいものなんか一個たりともなかった。カレン様が勇者になって頭角を現し始めた時、カレン様を勇者と認めない宣言書に騎士団全員のサインを要求された時は殺してやろうかと思ったぜ。実際そんなこともできねえ我が身の不甲斐なさにムカついたもんよ」

「何をぉぉぉ!! 中隊長風情がぁぁぁぁッッ!!」


 グレーツ団長の率直な指摘に、無能のドッベは覿面に荒れ狂う。


「ふざけるなまがい物が、貴様のような一般市民の汚れた血が騎士団長職に就くこと自体許されざる罪なのだ! 高貴な役職には、高貴な血筋の人間こそ相応しいのだ! このゼーベルフォン家の当主である私こそが!」

「果たすべき義務を果たしてこそ高貴な血筋だろうがよ。アンタみてえなクソを末裔に生み出して。ゼーベルフォン家の祖先は草葉の陰で泣いてるだろうよ。……いいか!」


 グレーツ隊長は、その腰に帯びた剣も、光騎士の証とも言える聖別鉱石製の光の短剣も投げ捨て、丸腰になる。


「オレ様はアンタに指一本触れねえ。アンタに掠り傷でも付こうもんなら、中の人質に安全はないんだろ? だから罵るだけだ。徹底的に罵ってやる。アンタも元極光騎士団長の自覚が少しであるってんなら、大いに恥じ入りやがれ!」

「く、来るな! これ以上近づくと……!」


 ドッベは、脇に下げていたエーテリアル銃の銃口を突きつける。

 風の勇者ヒュエたちの使う風銃に似ているが、あれは純粋にエーテリアル動力だけで弾丸を撃ち出すのだろう。

 充分に人を殺すことのできる凶器。

 それでもグレーツ騎士団長は怯まない。


「いいか! そもそも役職ってのは望んで掴むもんじゃねえ! 自分よりはるかに大きい人から与えられるもんだ! 一度認められちまったら、どんだけ嫌がっても拒否できえねえんだよ! 義務と肩書きにはな!!」

「ヒッ!?」


 グレーツ団長の意気に気圧されて、銃を構えたまま一歩後退するドッベ。騎士団長でも何でもない男。


「オレ様だって自信なんかねえよ! これまでで一番大変なこの時期に、極光騎士団の舵取りなんてなあ。何百っていう騎士たちと、その騎士によって守られるべき何十万っていう普通の人々。それだけの人の命がのしかかってくるんだ、責任だ! できることなら逃げ出してえ。でも選ばれちまった以上は逃げられねえんだ!!」


 偉大な者は強いられて偉大になる。


「ドッベのクソガキよ! お前にはそれだけの覚悟はあったのかい? お前自身が騎士団長と得意がってた頃、その肩書きに必ず伴う責任を、一度でも感じたことがあるのか!? ないよな!? 他人事だが自信をもって言えるぜ! お前は騎士団長って役名を、ただのオモチャとしか思えてなかった! だから無能なんだテメエはよ!!」

「うげ、ひっく……!?」

「今のテメエは、オモチャ取り上げられて駄々こねてる子供と同じだ! しかし騎士団長の座は当然オモチャじゃねえ! テメエごときの駄々に世間様が迷惑被っていい理屈もねえんだよ!!」

「ぴるぴるぴる……!?」


 ドッベが全身を細かく震わせ始めた。

 グレーツ騎士団長。……元から立派な人だとは思っていたが、ここまで烈気を放てるほど人物だったとは。

 いや違う。騎士団長だから。騎士団長になったからか。

 男は肩書きによっていくらでも大きくなれるとか言うが。


「うるさいうるさいうるさい! 私に近づくな! 私に偉そうなことを言うなァ!!」


 震えるドッベの指が引き金を絞り、ついにが弾丸放たれる。

 ズドンッ。

 しかしドッベが下手くそなのか、エーテリアル銃が照準も満足に定められない不良品なのか、弾丸はあらぬ方向へと飛んでいく。

 グレーツ騎士団長には当たらない。当たるコースではない。

 しかし。


 バスッと。


 弾丸はグレーツ団長の左掌にめり込んだ。

 わざわざ弾丸の予測軌道へ向けて伸ばされた左手から、赤い血が盛大に噴き出る。


「なんでッ!?」


 弾は完全にグレーツ団長から外れるコースだったのに!?

 あれでは騎士団長が自分から当たりに行ったようなものではないか。


「どこ狙ってやがる……!?」

「あわわわわわ……!!」

「唐変木なところに飛ばしてんじゃねえ!! 一般市民に当たりでもしたらどうするんだ!?」


 凄い! 凄いよグレーツ騎士団長!!

 もうあの人の気迫だけで勝ってるような……、痛いッ!?

 いきなり僕ことクロミヤ=ハイネの後頭部を襲う衝撃!?


「何やってるんですかハイネさん!?」


 カレンさんが僕を叩いたのか。


「グレーツ騎士団長が犯人の注意を引きつけてくれているんです! 今こそ図書館内に乗り込む時ですよ!」


 そうだった。

 グレーツ騎士団長が圧倒過ぎて忘れるところだったが、この作戦、僕たちが内部に突入するのが肝だったんだ。


「行きますよハイネ様。私にしっかり掴まってください」


 ドラハは僕の手を握ると、小型飛空機の形で地面に張り付いた黒い影に、ズブズブとその身を沈めていく。

 まず足、次に腰、さらに全身と、ついには頭のてっぺんまで影に潜って見えなくなってしまった。

 僕もまた。


「おおおおおおおおおお!?」


 ドラハと繋がっているおかげで、影もまた僕を受け入れ対象だと認めた。

 彼女もろとも陰に沈んで、視界は真っ暗になる。

 事前の説明通り、まさに水中にいるような感じで、水面というべき境界の向こうから、外の様子をうっすら窺うことができた。


「行きますよ!」


 水面――影面? 越しに聞こえるカレンさんの声。

 光の大図書館、人質救出作戦が本格的に始まる。

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