230 影動く
それで、ヨリシロが提示する妙案についてだが……。
「この子が、頑張ってくれます」
と背中を押され現れたのは、小柄な少女。
肌が全身色黒で、影の中から出現してきたような印象をもつ……。
「ドラハ……!?」
「彼女の能力で、犯人側に知られることなく図書館内に侵入できます」
ドラハは元々、今から千年以上前に栄えた古代都市ヨミノクニに住んでいた、遥か昔の人間。
それが様々な事情から時を超え時代を超えて、今僕たちと一緒にいる。
僕たちの時代とは、ほぼ別世界からやって来たと言ってもいいドラハは、その能力もこの世界にはない特殊なものと言ってよく……。
地水火風光、どの属性にも似つかない『影』の力を使う。
今この世界にいる五人の勇者に匹敵する、いわば六人目の勇者。
影の勇者ドラハ。
そのドラハが、主人たるヨリシロの主張を受け継いで語る。
「私の能力の一つで、『影』の中に潜り、『影』伝いに移動することができます。その際、周囲の人間に気づかれることはまずありません」
「「……ッ!」」
僕とグレーツ団長は顔を見合わせ、若い光騎士に指示を飛ばす。
「図書館の周囲を調査、建物の影がどう差しているか詳細に調べろ!」
最近は他都市からエーテリアル無線通信器という便利なものが入ってきたので、指示と報告のレスポンスが瞬時だ。
『ただ今、午後の時刻で、影はすべて西から差しています。天気快晴。周囲が明るい分影もクッキリしています』
ヨリシロが追加で説明する。
「ドラハの能力は『影』です。『闇』ではありません。だからできるだけ光がたくさん差し込み、光と影の濃淡がハッキリした場所ほど彼女の有利になります」
元々『影』の能力の正体が、光属性の変種になるからな。
光あるところに影がある。
光を吸収し、『影』という闇の簡易版に変質させる。
それが古代の都ヨミノクニで隆盛した『影』の技。
だからこそ『影』の最大の弱点は闇と言ってよく、中途半端な黒は、より濃厚な黒の前では塗り潰されるしかないのだろう。
実際にドラハが千年以上も封印されていたのは、光が一切差さない地下王国の中だったし。
でもだからこそ。中途半端だからこそできることは多くある。
「図書館への潜入が成功した後も、出来る限り窓のある明るい部屋を移動しなければなりません。光と影の濃淡がはっきりしない薄暗い部屋では、ちゃんとした影が作れず、身を隠すこともできません」
その説明を聞いて……、名もなき一般の光騎士たちも……。
「では、図書館の中は危ないですね。そもそも本というのは直射日光が大敵です」
「しかし最近は図書館内もエーテリアル灯完備だから光源については問題あるまい。犯人側だって我々の奇襲や人質の反乱にビビりまくっているに違いないんだ。わざわざ視界の悪い暗がりに立てこもるとも思えん」
自由闊達に意見を飛ばし合っている。
依然危機的な状況ではあるが、この若く瑞々しい騎士団の空気に、改革の成果を感じ取ることができて嬉しかった。
「ヨリシロ様! ハイネさん!」
いつの間にかいなくなっていたカレンさんが、対策本部テントに戻ってきた。
「今小型飛空機で、図書館を上空から観察してきました」
そして……。
「拘束される人質の姿を、窓越しに直接確認できました」
「マジですか!?」
対策本部中央のテーブルに広げられた図書館の見取り図に、カレンさんが指を走らせる。
「図書館中央にある『女神の間』と呼ばれる大広間は、外来利用者が目的の本をその場で読むために設けられたスペースだけあって、充分な広さがあります。人質はそこにまとめて集められているようです」
たしかに、大人数をまとめて監視するにはうってつけの部屋だな、と説明を聞いただけでわかる。
「本来、光の大図書館は三階建てと巨大な建築物ですが、芸術的なデザインをアピールするのと、読書のための光源確保を目的で、一階中央の『女神の間』には大きな天窓が設えられています。人質の姿はそこからバッチリ」
と親指を立てるカレンさん。
小型飛空機で普通立てない視点から状況観察できたおかげだな。
「カレン様。人質は、他のスペースに分けて閉じ込められてるってことはないんですな」
グレーツ団長が、注意深く重ねて尋ねる。
「はい、事前に聞いた百人という数は、窓越しからでも確認できましたし。念のため他の部屋も見て見ましたが、誰かを閉じ込めているという形跡は見当たりませんでした」
窓から覗ける部屋だけですけど……、とカレンさんは加えた。
「よし、やっこさんてんで素人だぞ! こういう場合は安全策で人質を分散させるのが定石だってのによ」
僕たちは『女神の間』一ヶ所を抑えればそれだけでよくなった。
それでも図書館にある貴重な蔵書を損なってはいけないというデリケートさは残るが……。
「人命が最優先です。ドラハが影に潜って侵入。人質の安全を確保し次第、光騎士たちが図書館すべての入り口から突入し、制圧してください。出来る限り速やかに。犯人の生死は問いません」
ヨリシロからの冷然とした指示が飛ぶ。
解決までの筋道が見えた以上、さらに時間をかけるのは犯人側によからぬ行動を許すだけだった。
話し合いは終わり、あとは行動あるのみ。
一番偉い者から下の者まで、自分の役割を果たすために散っていこうとする。
「待ってくれ」
その中で作戦の中核となるべきドラハを、僕は引き留めた。
「何でしょうハイネ様?」
「一つ聞きたい。キミの能力で、影に潜り込めるのはキミ自身だけなのか?」
その問いに、むしろ周囲の人間たちの方が大きく反応した。
「ハイネさん、まさか……!」
そのまさか。
「僕も一緒に行く。そしてテロ野郎どもをこの手で叩き潰す」
 




