229 方針激突
今や騎士団長でもなくなったただの人、ドッベは得意満面に喋り続ける。
「……であるからして現教主のヨリシロは、邪悪卑怯淫魔ウソつきの、淫売なのであーる! クソ勇者のカレンも同様に淫売なのであーる! あの二人ある限り光の教団は破滅の道へと突き進み、世界は邪悪に染められるであろう! だからこそ我らは立ち上がった! 我々、神聖究極正統絶対極光騎士団は、真に光の教団を憂う正義の騎士! 心ある真の光騎士よ! 正義の心あれば我らと志を同じくし、奮起して悪を倒せ! さすれば私を見捨てた地獄に落ちるに値する罪も、多少は酌量されるであろう! ワハハハハハハ!!」
聞くに堪えないクソ演説も、現状維持を引き延ばす効果だけはあった。
だが、あまり時間をかけるわけにはいかない。
人質となっている人たちにも気力体力の限界はあるし、生命の極限状況に置かれた今、その限界は通常よりも早く訪れるだろう。
できうる限り早急に収拾しなければ、取り返しのつかない事態が起こりうる。
それなのに僕たちには、多くの人間が知恵を絞りながら打開の糸口さえつかめずにいた。
「くそう……!」
たとえばここに風の勇者ヒュエがいれば、超音波で内部の状況を正確に把握した上で、正確無比の狙撃で犯人だけを沈黙させることができただろう。
あるいは地の勇者ササエちゃんがいれば、錬金神術を使って地中を掘り進むなり壁を破るなりして、思わぬところから奇襲できたかもしれない。
しかしいま彼女らは、魔王に対抗するための修行で各本拠へと戻っている。
今から彼女たちに助けを求めても、駆けつけてくるには時間がかかりすぎる。何よりモンスターの関わらないこの状況は、あくまで光の教団内部でのゴタゴタ。
自分たちの力で解決しなければなるまい。
和解や同盟は、安易に助けを求めるために結ばれたのではない。
だが……。
今ある手段だけではどうにもピースは埋まらない。
僕の使う暗黒物質では、ドッベの外道たちばかりでなく、人質や図書館の貴重な資料まで一掃してしまうことになる。
暗黒物質は地上最強の威力をもった究極の破壊手段。
その高すぎる威力こそが最大の欠点になるとは……!
「グレーツ騎士団長! ハイネ補佐役!!」
若い光騎士が対策本部へ駆けこんで来る。
「増援です! 増援が到着しました!」
「増援って言ったって……。この場は膠着状態になってて頭数が増えたって何とかなるもんじゃ……!」
戸惑う僕らをよそに、対策本部のテントに入ってきたのは意外な人だった。
「サニーソル=アテス……!」
「はい、私が増援部隊の指揮官です」
先代勇者が、わざわざ出張ってきたというのか?
「教主ヨリシロ様は、この事件に大変心を痛めておいでです。ご自分の性急な改革が周囲に不満を呼び、このような暴挙を引き起こしてしまったと。ヨリシロ様の心痛をこれ以上長引かせぬためにも、一刻も早く暴徒どもを鎮圧することが必要です」
「それは……、わかりますが……!」
グレーツ団長が、今の状況を子細に説明しようと乗り出すが、その前にアテスは宣言した。
「これより私が指揮を執って図書館に突入します。決死隊を選抜してください」
「「なッ!?」」
僕もグレーツ団長も、いきなりのことに言葉を失った。
そしてすぐさま大いに慌てる。
「ままままま、待ってください! 建物内には百人前後の人質がいるんですぞ! それにヤツらが立てこもっているのは光の大図書館! 貴重な資料でみっちりなのです! もし戦いの最中に出火でもしたら……!」
「だからといって、いい手立てはないのでしょう? であればどれだけ時間をかけようと同じこと。いいえ、時間をかければかけるほど、こちらの惰弱を見透かされ、テロリストをつけ上がらせることになります」
「んなッ……!?」
「であればここは断固たる態度を示し、突入の上立てこもり犯を即座に殲滅。同じ企てをもっている虫どもに、我々に逆らうことの恐ろしさを徹底的に教え込むべきです。多少の犠牲も、後の模倣犯を委縮できたなら労少なく功多しと見ることができるでしょう」
「ふざけるな!」
僕はアテスと真っ向から睨み合う。
「そんな理由で殺される人間がいてたまるか! 人質は全員助ける。過去の人々から受け継いだ図書館の蔵書も傷つけない。それが最低条件だ!」
「理想主義はけっこうですが、実現できない理想など妄想でしかありませんよ。アナタにはそれを完遂できる妙案があるというんですか?」
「それは……!!」
僕は黙り込まざるをえなかった。
そんな都合のいい手立てがあるのなら、とっくに実行している。
「ありますよ妙案なら」
「えッ!?」
再び対策本部のテントに、新たなる人影が。
それは他でもない教主ヨリシロと勇者カレンさんではないか!
光の教団首脳陣が、今やこの事件現場に揃い踏み!?
「ヨリシロ様……! カレンさん……!」
「アテスさん、アナタに出撃の許可を出した覚えはありません。教主であるわたくしの意向を軽んじるようであれば、その時こそアナタには光の教団から退いてもらいますよ」
「…………ッ」
「それから、あたかもわたくしの意を代弁するかのようにご自分の想像を語るのも金輪際やめていただきましょう。わたくしの言葉は、わたくしの口からのみ発せられるべきです」
「……も、申し訳ありません」
アテスのヤツ、独断専行でここまで来ておいて、自分ですべてを片付けるつもりだったのか?
「ハイネさん……!」
僕の下にカレンさんが駆け寄ってくる。
「よかった間に合って。……実は、ヨリシロ様にはまったく違う報告が行ってたんです。なんてことのない小さな事故で、ヨリシロ様に詳細を知らせる必要もないって。念のために私が直接報告に上がったら、お互いビックリして……!」
なるほど。
どうせまたアテスが秘書官に金を握らせるか弱みを握るかして丸め込んだな。
そうした証拠は絶対に出ないだろうが、怪しいことの裏には必ずアイツの影があるというのは定番になってきた。
では、アテスのヤツは何故そこまでして――、ヨリシロを出し抜くようなマネまでして、この事件に深く関わろうとしているのか?
何かこの立てこもり事件、さっきまでに増してなおさらキナ臭くなってきた。




