228 人の敵は人
「騎士団長、どうしましょう……?」
今呼ばれているのは、ちゃんとした方の騎士団長。
僕らのグレーツ騎士団長だ。
「どうしようと言われても、説得は効きそうにないなあ」
グレーツ騎士団長も、大いに弱り顔だった。
緊急に架設された対策本部で、新騎士団の首脳陣が頭と抱え合う。
「もうこれは、れっきとしたテロリズムですよ」
この事件の概要はこんなところだ。
昨今の改革によって放逐された、光の教団腐敗勢力。
それらが不満の下に結集し、かつての栄華を取り戻そうと暴走を開始した。
元より法の手続きによってはどう足掻いても勝ち目はない。力で奪い取ろうとしても正面切ってでは勝ち目がない。
そこでヤツらがとった作戦は、一般市民を人質にとってのテロ作戦。
罪のない無関係の人々の命と引き換えに、自分たちの望みを叶えろと言うのだ。
「最低のヤツらだな……!」
僕はこみ上げる嫌悪感を隠すことができなかった。
戦いは非情だ。
しかしそれでも超えてはならない一線はある。
正面から戦って敵わないからと言って、その人が守るべき弱い人々を襲うのは、もはや戦争ですらない畜生の行為だ。
いかなる高尚なお題目があろうとも、それを行った時点で意味は消失する。
戦いのルールすら弁えない畜生には、いかなる人間的行為も実行不可能なはずなのだから。
「……しかし、痛いところを突かれたのはたしかだ」
グレーツ騎士団長が腕組みして唸る。
「運よく逃げ出せた利用者の話では、それでも光の大図書館内には百人以上の利用客がいたそうだ。司書など職員も含めればもっとだな」
「それだけの数を拘束し、監視できているとしたら、犯人の方も相当な人数ですね……!」
「目撃者や、周囲に乗り捨てられた襲撃用のエーテリアル車の数から見て、少なくとも六十人のテロ実行犯が図書館内に立てこもっていると思われる」
「もちろん車はパンクさせるなどして使用不能にしておきました……!」
さすがはグレーツ新団長が再編成した、新生・極光騎士団。
慣れない人間テロリスト相手でも、現況把握などの仕事が早い。
「しかし極めて悪い状況であることは変わらん」
グレーツ騎士団長の、ここまで深刻な表情を見るのは初めてだった。
「元々、人質を伴った立てこもり事件で、人質にまったく被害なく犯人を制圧するのは至難の業だが。今回に関しては何もかもが最悪すぎる」
「まず人質の数が多すぎますからね、犯人も多い。最低でも六十人となれば、瞬時に制圧するのはまず不可能だろう。乱戦ともなれば必ず人質にも被害が及ぶ」
「場所も最悪ですよ。光の大図書館は貴重な資料が収められた、いわば知識の宝庫です。もはやあそこにしか現存していない貴重な資料だってある」
「追い詰められた犯人がヤケクソになって火でも放とうものなら、色んな意味で取り返しが尽きません!」
光騎士団たちから次々と意見が述べられるが、どれも好ましいものではなかった。
「犯人側は何と言ってきておる?」
グレーツ騎士団長の問いに、若い光騎士が答える。
「相変わらずドッベ前騎士団長が面前に立って、好き放題喚き散らしています。今いる教主や勇者は全員辞めて、自分を騎士団長の地位に戻せと……!」
「交渉としては稚拙だのう……」
禿頭を掻きむしらんばかりのグレーツ団長に、僕は提案する。
「僕がドッベと話をつけてきましょうか?」
「やめとけやめとけ。お前さんは今回の大改革の、中心人物の一人だぞ。ドッベにとっては直接的な恨みのある人物ってわけだ」
プライドの塊であるドッベに面と向かえば、ヤツを刺激すること請け合いか。
何と難しい……!
あんなヤツら、普通に相対すれば暗黒物質で瞬殺だというのに……!
「それに、わからんことも多くある……!」
グレーツ騎士団長が顎を撫でながら言う。
「今回のテロ実行犯。少なく見積もっても六十人だと言うが。それはどういうことだ?」
「はい?」
「それはどういうことだ?」ってことが、どういうことだ? なんですが。
「昨今の大改革で、不正汚職に関わっていた多くの者が職を追われた。光の教団全体では百人にも二百人にも達するとか言われるが、極光騎士団に限って放逐されたのは、あそこのドッベ含めて十人そこそこしかいなかったはずだ」
なのに大図書館に立てこもるテロ犯は六十余人。
「もちろん罪極まって懲戒免職となったドッベ一党だけでなく、謹慎降格訓戒など軽めの処分で済んだヤツらも合わせればもっといる。しかしそんなヤツらが、辛うじて手に残った職を投げ出して合流する程、ドッベのヤツに人徳があるとは思えねえ」
いやまったくその通り。
「騎士団をクビになったとはいえ、ゼーベルフォン家は光の教団きっての名門。その財力で兵士を掻き集めたのでは?」
「その可能性もあるが、そんなことをしたとすれば事前にオレ様たちの耳に何かしら届いていたと思うんだ。あの杜撰な連中が、騎士団にまったく気取られず事を運べたってこと自体、実に不思議だと思わんか?」
僕たちはヤツが行動を起こすまで、その前触れすら掴めなかったんだからな。
それだけヤツらが有能……、ということだけはありえない話だ。
「それに、ヤツらが既に極光騎士団を追われている以上、光の神気を攻撃手段化する神具も没収済みのはずだ。その上で武力蜂起なんてするからには、ただの剣や弓矢程度に頼るしかない」
しかしながら……。
僕たちは、相変わらず図書館の正面玄関で喚き散らすドッベを見やる。
その武装。剣や弓矢よりはるかに強力そうな凶器が一つならず帯びられている。
「……あれ、間違いなくエーテリアル系の武器ですよね?」
「そりゃあ、お前さんの方が詳しいだろハイネ。エーテリアルの兵器利用が国際的に禁止なのは周知の事実。しかし研究がもっとも進んでいる風の教団辺りでは取り締まりを漏れて製造されてるものもあるって噂だ」
思い出される、新旧勇者戦での爆発事件。
「教団和解による弊害ってやつかね。ああいうのがこれからどんどん裏社会から流通してくるってわけだ」
「未来の懸念はともかく、今はなおさら現状の凶悪さですよ……!」
今の考察、状況の悪さがますます浮き彫りになってくる。
所詮、剣や弓矢なら一度に殺せる数だってたかが知れている。しかしもし、新旧勇者戦で使われたような爆弾をヤツらが所持していたとしたら。
……ますます手出しが出来なくなるぞ?
「現在のところ、ドッベのバカは自分勝手な主張をわめき散らすだけで具体的な要求はしてきていない。今はヘタに刺激せずに、好きなように語らせておこう」
「時間稼ぎになりますからね」
しかし現状維持では解決しない。
僕らが今まで直面してきた中でも、ダントツに難しい状況なのかもしれない。
サル並の知能しかもたない、しかし手にした凶器は最悪級のバカどもに虜にされた人質。
その無辜の人々を傷つけることなく、また同じように現場の全範囲に蔵された書物という人類の宝も傷つけてはいけない。
その余りにもデリケートすぎる条件を課せられて、戦いに臨まなければいけないとは……!




