222 自宅訪問
「はぁ……! 情けない……!!」
結局僕は、あれ以降ずっとカレンさんの特訓を横から眺めるだけで時を過ごしましたとさ。
最強無敵と言える闇の力をもってしても、カレンさんの光の力を伸ばす何のアドバイスもできないなんて。
そんなわけでカレンさんは、全力の特訓を続けながらもこれと言った手応えも得られず、無為のまま一日を終えた。
僕もまた今日の務めを終えて、帰宅する。
* * *
現在僕が光都アポロンシティにおける住居としているのは、光の教団直営の集団公宅。
そのうちの一室を借りて一人住まいしていた。
鍵を開けて、室内に入る。
エーテリアル灯のスイッチを入れると、夜でも昼のように明るくなった。
「…………」
夜ではあるが、まだ腹は減っていない。
先に体を洗ってスッキリしておくか。
「バスタブにお湯入れて……、と」
大都会アポロンシティに来て、驚いたことがいくつもあったが、その中の一つは蛇口をひねればお湯が勝手に出てくること。
故郷の山村にいた頃は、井戸か川を何往復もして風呂桶に水を溜めねばならなかったのに。
整備された上下水道、集合住宅の上階まで水を汲み上げるポンプ、お湯を沸かすための熱。
すべてエーテリアルによって実現し、エーテリアルによって動いているものだ。
何と素晴らしき文明。
実を言うとアポロンシティに移住してからこっち、それでもちょくちょく暇を見つけては月一ペースで実家に帰省しているんだけど、いつかは父さん母さんをこちらに呼んで都会見物でもさせたいものだ。
「とか言ってる間にお湯が溜まった」
服を脱いでバスルームに入り、シャワーで土埃を流し落としたうえで湯船に入る。
「ふぃ~~~……」
何故か出てしまう声。
……。
…………しかし。
こうして一見平和なような日々だが、その前途はかなりにヘビーだ。
刻一刻と迫りくる魔王との決戦。
光の教団内で少しずつシンパを増やしていく先代光の勇者アテス。
内憂外患とはこのことだろう。
特に魔王の問題は深刻だ。
現在、各教団の構造改革は急ピッチで進み、無駄を排し有用な戦力を増加している最中ではあるが、それであの魔王たちを何とかできる、とはとても思えない。
勇者個人についても、たとえばカレンさんが現在未完成の『聖光両断』を仮に完成させたとして、どうなるだろうか?
先の巨大スライム戦では、そのコアでもあった地の魔王ウリエル。ヤツは、カレンさんアテス協力による暫定版『聖光両断』を小指一本で受け止めたのだ。
彼我の差があまりにも開きすぎていて、いかなる対処をもってしてもその差が埋まる気がしない。
そして勇者が――、人間が魔王に勝てなければどうなるのか?
『人類滅亡』を掲げるヤツらの目的が達成される。それしかないのだ。
この事実、この未来を実感して焦燥するのは、実際に魔王と相対した勇者たちだけだろう。
改革による解放感に浮かれる多くの人と対照的になるのは仕方のないことだった。
「…………」
湯船に身を沈めたまま考え込まざるをえない。
魔王。
この、神の思惑をも超えた異常の中の異常存在に。
神の傀儡として人を襲い続けてきたモンスターは、その本質といえば人からの神への信仰を増やすために、意図的に用意された悪役だ。
だから人を襲おうと言っても人を滅ぼすことなどない。そんなことをすれば何より、モンスターを用意した神自身が信仰を得られず困ったことになるからだ。
それなのに魔王たちは公然と『人類滅亡』の目的を掲げる。
それはつまり、モンスターが神の意図から脱したことになる。
一個の生命体として存在意義を得たことになる。
人間に限らずあらゆる生命が進化の階梯を上ることは、神として寿ぐべきだと思うのだが、その先にあるのが霊長の座を巡る人間との決戦ともなれば黙って見過ごすわけにもいかない。
「………………」
元々僕は、モンスターを滅ぼすことを目的にしていたのだが。
神の傀儡でしかなく、心も魂もない疑似生命なら根絶するのに何の躊躇いがあるだろう。
それはともかく。
現在最大の問題である魔王を処理するなら、僕自身が行動を起こすことがもっとも直截だろう。
いかに強大と言えども地水火風の四元素を扱う限り、闇の神たる僕の敵にはなりえない。
先日、四魔王揃踏みの対面ですら負ける気はしなかった。
しかし問題は、ヤツらもまたそれを知っているということだ。そしてその事実を受け入れて戦略にする。それが大問題だった。
それまでモンスターが持ち合わせていなかったもの、知性。
魔王たちがそれを持ち合わせていることこそ、これからの戦いを困難にする。
正面から戦って勝てない以上、魔王たちは絶対に僕の前には現れまい。
この広い世界に潜み隠れ、決定的な機会が訪れるまで息を潜める。
本来なら僕自身、今すぐにでも光都を発ってヤツらの討伐の旅に出るべきなのだろうが、そうやって隠れているヤツらを見つけ出すのは至難の業だ。
逆に僕が離れている隙に魔王どもが街に乗り込みでもしたら、それこそどうしようもない。
ということで現在のところ街から動かないのが最善というもどかしい状況なのであった。
「…………考えごとしてたらお湯がぬるくなってきた」
長いこと考えすぎだよなあ。
ではそろそろ風呂から上がって、夕食の準備でもしましょうか、というところで。
「あら、もうお上がりになるのですか?」
と声がするからビックリ仰天。
「うおあぁッ!?」
何故!?
ここ一人暮らしの僕の部屋なんだけども! 僕以外いるはずもないんですけれども!?
でも実際事実として声がした! 空耳じゃない!
怖い!?
事故物件だなんて紹介された時はまったく聞いてないぞ! 壁紙剥がしたら血の手形が数え切れないほどついていたりとかなのか!?
「落ち着いてください、私です」
「え?」
「アテスです」
はい?
気づいたらバスタブの隣、バスタオルで裸体を包んだだけの、熟れた魅力にあふれた女性が立っていた。
その女性は間違いなく、サニーソル=アテス。
「アナタに会いたくて忍んでまいりました」




