221 勇者苛む
しかしそれ以上に気になるのはカレンさんの態度だ。
さっきの一般騎士への冷たい拒絶はなんだ?
今までのカレンさんからはとても考えられないことではないか。
このあまりにもカレンさんらしくない振る舞いの方が気になって、僕はアテスへの釘刺しもそこそこに彼女を追いかけなければならなかった。
極光騎士団、訓練広場を突き抜けて、カレンさんが消えていった先。光の大聖堂の敷地からも外れた森の中に、不自然にまで開けたスペースがあった。
そこはかつて風の勇者ヒュエ専用に作られた、超長距離射撃訓練場。
ヒュエが遊学訪問の際に特別に森を切り拓いて作られたものの、ヒュエがルドラステイツに戻って以降は誰にも使われることなく寂れた場所……、のはずだったが。
そこでカレンさんは、みずからの神具である聖剣サンジョルジュを抜き放ち、天空へ向けて掲げた。
「……『聖光両断』」
刀身から眩い光が放たれ、光の剣が少しずつ大きく長くなっていく。
それは光を線状の飛び道具として放つ『聖光穿』とはまったく違う技。聖剣の刀身そのものを光の神気によって巨大化させるカレンさんの新必殺技『聖光両断』だった。
だが……。
「く……ッ!?」
巨大化した光の刀身は、その端から細かい光の粒子となって飛散していく。
そうなれば当然大光剣は体積を失い、小さくなっていく。
実際のところカレンさんの大光剣は、ある一定のサイズまで伸びたところで、ピタリと膨張をやめてしまった。
「ぐぅ、ぬぅ~~~!!」
それでもカレンさんの表情を窺うに、まだまだ巨大化させようと力を込めているようだが、事実は意思に追いつかない。
かつて風都ルドラステイツを襲ってきた巨大スライムは、あの技で一刀両断されたというのに。
あの時は、カレンさん一人で技を決めたのではなく……。
「……あ、ハイネさん」
ひとまず諦めたのだろう。
聖剣サンジョルジュから広がる光気をすべて霧散させ、大光剣はただの剣に戻る。
「お恥ずかしいところを見せしてしまいました。『聖光両断』は、まだまだ完成の域にはありません」
ルドラステイツで巨大スライムと戦った時には、今の何倍もの巨大剣が敵を両断した。
しかしその大刀身を作りだせたのはカレンさん一人の手柄ではなく、もう一人の協力者がいたから。
あのサニーソル=アテスが力を貸したから『聖光両断』は成功した。
「放出と収束……。本来相反する二つの工程を同時に、しかも最大限に行わなければ成功しない『聖光両断』。ルドラステイツでは私が放出を、アテス様が収束を、と役割分担することで巨大な光剣を形成できました」
カレンさんは悔しげに言う。
「でもそれじゃダメなんです! あんな人の助けなどなくても、私一人で『聖光両断』をできるようにしないと……!」
それで今日の特訓か。
たしかにカレンさんは才能に恵まれた人だが、それだけの人では決してない。
常に現状に満足せず、次のステップへ上がるための努力を怠らない人だ。
でも今日は、それがあまりにも痛々しすぎた。
「そんなに自分を責めなくてもいいんじゃないですか? 見たところ、一朝一夕で仕上がる問題でもなさそうだし、ゆっくり時間をかけて行けば……?」
僕がそうフォローしたのは、カレンさんが目に見えて焦っていたからだ。
焦るから一般騎士に対する受け答えもおざなりになってしまったし、冷たい印象も与えてしまう。
彼女から焦る心を取り除くのも、僕の役目であるはずだ。
だが……。
「ダメです!!」
カレンさんは思った以上に激しく拒絶した。
やはり彼女は、変だ。いつもの自分を見失っている。
「私はもっと、もっと強くならないといけないんです……! 『聖光両断』を完成させて、それ以外の基本的な力も……! でも、それでも全然足りない」
あ。
「あの魔王たちを倒すには」
そうだった。
カレンさんたちは既にヤツらと出会っている。
これまでのモンスターと次元を隠す最強存在。
魔王と。
風の魔王ラファエル。地の魔王ウリエル。水の魔王ガブリエル。火の魔王ミカエル。
ヤツら四魔王の実力は、僕らの想定を遥かに超えていた。
恐らく魔王たちは一人一人でも勇者全員を容易く全滅させることができ、その証拠に一睨みでカレンさんたちの動きを丸ごと封じることすらできた。
「私たちは勇者です……! あの魔王たちと戦って、勝利しなければいけない。そのためには、今よりもっともっともっともっと……!」
力が必要というわけか。
カレンさんだけではない。
ミラク、シルティス、ササエちゃん、ヒュエ。
現役勇者たちは全員立ちふさがる障壁の大きさを痛感し、各自の本拠で猛特訓を行っているらしい。
先の事件で和解したばかりの先代勇者を相手に。
ミラクやシルティスなど、暇を見つけてはちょくちょく遊びに来る連中も最近めっきり姿を現さなくなったのはそのせいだ。
「そうか……」
最近カレンさんの様子がおかしかったのは、何もアテス一人のせいばかりではなかった。
魔王という強大無比なる敵を前に、緊張して肩肘張ってしまうのは仕方のないことだった。
「……一人じゃ特訓もままならないでしょう」
ここでアテスの染み込むような脅威を説いて、一般騎士の支持を留め置くよう注意するのは容易い。
しかし今、たった一人で魔王の脅威に立ち向かおうとしているカレンさんにしてあげるべきは、もっと別なことなのではないかと思えた。
もっと優しい言葉なり、行為を。
カレンさんが果敢に立ち向かうなら、僕もまたカレンさんの隣に立って、共に進む。
「僕が特訓の相手になりますよ」
「え? あの? でも……!?」
その言葉に、カレンさんはひどく困惑したようだった。
「いいから、試しに僕のことを魔王だと思って思い切り打ち込んでみてください! 案外スッキリするでしょうし、一石二鳥ですよ!」
「で、では……、『聖光斬』!?」
カレンさんの聖剣から放たれる光の斬撃。
いい一撃だ。しかし僕には無敵の暗黒物質が……。
あ。
「ぶごわぎゃーーーーーーーーーーーッ……!?」
「ハイネさーんッ!?」
光の斬撃の直撃を受け、吹っ飛ばされる僕。
そう言えばすっかり忘れていた。
無敵に思われた僕の闇の力、暗黒物質。その最大唯一の弱点。
光の神気には完全無力、ということだった。
「だから大丈夫かなあって……! ハイネさん! 無事ですかハイネさーーーんッ!?」
生きてはいるが、光の神気で思い切りフッ飛ばされた僕。
ワンオンどころかOBの勢いだった。
何と情けない。
光の教団ではカレンさんの補佐役として通っている僕が、彼女の練習相手も務められなかったとは。




