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218 余計な一人

 事ほど左様に、光の教団における改革は急ピッチで進められていた。

 急ピッチを可能としたのは、取り除くべき腐敗勢力を一網打尽に掃討できたからだ。

 先代騎士団長ゼーベルフォン=ドッベを筆頭とする、光の教団の旧体制によって不当な利益を得ていた一団。

 賄賂、着服、資金の還流、利益誘導、脱税、癒着、他諸々。

 旧来のシステムを利用し、巨万の富を得ていた者は、当然ながらシステムの改変に反対する。

 彼らにとっては得られるべきお金を得られなくなるのと同義だから。

 だから、先日の新旧勇者戦における旧主派と、光の教団における腐敗勢力はピッタリ重なったということだった。


 だからこそ光の教主であるヨリシロは、新旧勇者戦においてあそこまでアグレッシブに、旧主派との対決姿勢を鮮明にした。


 他教団まで巻き込み、「勇者同盟に反対する者は汚職やってる」という決めつけの元に反対者をリストアップして、次いで粛正するという流れが、少なくともヨリシロにとっての新旧勇者戦を開催する目的だった。


 そして目的は大当たりし、勇者同盟に一度でも反対の挙手をした者は、次々と陰悪を暴かれて公職から追放されていた。

 光の教団は清浄化へ向かいつつあり、問題は一つもないかのように見えた。

 しかし、大きな問題が一つだけ残っており……。


             *    *    *


「ただいまー」


 知人たちの様子を見回り終えて、僕は戻ってきた。

 そこは光の教団の談話室。

 ほんの一握りの高位人物しか使用を許されない、まさに聖域の花園である。

 その談話室の席につき、輝かしい美貌を並べる光の聖女、四人。


 一人目、光の教主ヨリシロ。

 二人目、光の勇者カレンさん。

 三人目、ヨリシロ専用の護衛を務めつつ、実は闇都ヨミノクニから千年の時を超えて復活した影の勇者ドラハ。


 ここまではいい。

 問題の四人目が、まあ問題。


「お帰りなさいませ、ハイネさん」


 空々しい笑顔で僕のことを出迎えたのは、先代光の勇者サニーソル=アテス。

 先の新旧勇者戦で、カレンさんたち現役勇者チームと正面から激闘を演じた一人だ。


 それが今、仇敵であるヨリシロ、カレンさんと同じ卓を囲み、しゃあしゃあと紅茶などを嗜んでいやがる。


「いかがでした? 新しい役職に就かれた下々の様子は、我らが教主ヨリシロ様のお役に立ちそうでして?」

「いや、まあその……」


 反ヨリシロ勢力の急先鋒というべきアテスが、今ここにいるのは何故か?

 その理由にこそ、この女の底知れない恐ろしさが表されていた。


 一言で言うならば、裏切ったのだ。


 自分と目的を共にする、旧主派の人間たちを。


 ヨリシロの改革に断固反対し、既得権益を守ろうとした旧主派メンバー。

 前騎士団長ドッベを筆頭としたソイツらがもっとも頼りにしたのは、名声においてヨリシロ、カレンさんと互角に渡り合える唯一の人アテスだった。

 しかしアテスは、新旧勇者戦において、現役勇者チームの勝利が確定するという土壇場において寝返り。

 逆に、同志として意思統一していた旧主派の情報をそっくりそのままヨリシロに渡してしまったのだ。


 その際一度は拘束を受けたものの、程なくして解放。

 それはアテスから提供されたリストがまったく正確であると認められたからだった。


 現在、ヨリシロによる汚職摘発がビックリするほど順調に進んでいるのは、何よりアテスからもたらされた情報が役立っているから。

 要するに、旧主派はまるっとアテスに売られたわけである。


「……グレーツ騎士団長もベサージュ中隊長も、思った以上に元気でしたよ。改革される新しい光の教団に、自分の役割を見つけているようですね」

「それは重畳……。新たなる光の教団を繁栄させるために、下々の奮起は必要不可欠です。精々上手く使ってやるとしましょう」


 アテスは、自分が光の教団の舵取りでもしているかのような口ぶりだった。

 カレンさんもヨリシロも、いまだ一言も口を挟まない。


「ささ、ハイネさんアチコチ回ってお疲れになったでしょう? せめてもの労いに、私の淹れた紅茶でもいかが?」

「いや、グレーツさんとラーメン食ってきたし……」


 それに僕にピッタリと狙いを定めた視線が、アテスなんぞに誑かされるんじゃねえぞ、と無言の圧力をかけているし。


 ……と、まるで昔からこの光の大聖堂の女主人であるかのように振る舞うアテス。

 本来の主人であるヨリシロを差し置いて。


「いい加減にしてください!」


 そしてついに視線だけでは飽き足らず、カレンさんが抗議の声を上げる。


「今まで我慢してきましたが、もう黙ってはいられません! 何なんですかアナタは!? どうして何食わぬ顔でこの場にいるんです!?」


 カレンさんが正論過ぎて、ぐうの音も出ない。

 少なくとも僕は。


「アナタは、勇者同盟は反対と言いながら現れたんです。自分の主張を通すために戦いまで起こした! なのにすべてが終わってなお、この場に居座り続けるなんて見苦しすぎます!」

「状況は変わったのです」


 怒りに熱を上げるカレンさんとは対照的に、アテスは涼しい顔で紅茶を飲む。


「今、この世界は前代未聞の状況に置かれています。過去最強のモンスターと言って過言ではない魔王。その魔王が『人間を滅ぼす』と宣言し、人間はその全面対決を避けられない」


 アテスは、飲みほしたカップにさらに紅茶を注ぐ。

 一番濃い味が出ているという最後の一滴が出るまで、時間をかけて注ぐところが憎たらしい。


「だからこそ人間も、持てる戦力のすべてを結集すべきです。及ばずながら、このサニーソル=アテスも、先代光の勇者として光の教団のために尽力する所存……」

「アナタの力なんていりません」


 カレンさんはキッパリと拒絶する。


「今の光の勇者は私です。魔王たちは、私の力で退けてみせます。アナタの助けなんていりません」

「あらあら、聞き分けのない子ネコちゃん」


 薄く笑い、席を立つアテス。


「さすれば今は退散しましょう。せっかくの共闘も、心一つに合わさらなければ何ら効果を発揮しません」

「えっ!?」

「私が席を外している間に、どうかこの我がままさんに世の道理というものを教えてくださいませ、ヨリシロ様。人は目的を遂げるためならば、親の仇とも手を結ばねばならぬ時があると」


 淹れたばかりの紅茶を、一口含む。

 それから己が教主へ向けて差し出す。


「どれほどの窮状に追い込まれても、品性だけは失ってはならぬと思いますがね」


 そのヨリシロの言葉は、精いっぱいの虚勢であるかのようにも見えた。


 アテスは何も答えず、薄笑いを浮かべたまま退出する。

 本来、談笑が絶えぬはずの談話室に、後味の悪さだけを残して。

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