217 改革
一つのものが長く続けば、必ずどこかに綻びが生じる。
それは、いかなるものだろうと逃れることのできない真理だ。
個人であろうと組織であろうと、生物だろうと無生物だろうと、形があろうとなかろうと。
一度この世界に生まれ生じたものは、なんであれ生まれたままの姿を寸分違わず維持することはできない。
大抵のものはみずからが潜在させるポテンシャルに応じて発展し、発展が極まったあと、ゆっくりと衰えていくのだ。
組織としての光の教団も、例外ではない。
教団そのものが成立してから既に千年以上。発展期はとっくに過ぎ去り、緩やかな停滞が百年も二百年も続いている。
そんな長い停滞にあれば人心が腐るのは当然至極のことであり、ゼーベルフォン=ドッベのような奸物が組織を牛耳るのも、自然の流れであるとも言えた。
こうした流れを変える手段は、二通りある。
すべてをブチ壊してまっさらなところから新しく始めるか、すべては壊さずに元あるものを大きく変えるか、だ。
そのうちの『大きく変える』方法。
それは古来より『改革』と呼ばれる方法であり、多くの集団組織が寿命より長く延命する際は、必ずどこかで開明的な君主が現れて大規模な改革を行っている。
支える骨組みはそのままに、中の腐肉を掻き出し、新鮮な組織と入れ替える。
現在ただ今、光の教団で行われているのは、まさにそれだった。
勇者同盟の成立、カレンさんの光の勇者就任。
原因となるべきものは、辿れば辿るほど色々出てくるだろう。
しかしもっとも直接的な、すべてが動き出したきっかけというべきものは、やはり先日の新旧勇者戦というべきだ。
* * *
「ベサージュ中隊長、ご無沙汰ー」
僕は、今日もまた馴染の人のところを訪問していた。
新旧勇者戦から光都アポロンシティに戻って来てこっち、その繰り返しである。
だって知り合いのほぼ全員が軒並み職を追われたか、出世したかのどっちかだもん。
今回お訪ねしたベサージュさんとは、僕の故郷をお訪ねしてきた新人募集隊を指揮していた縁からのお付き合いで、当時同行していたカレンさんが止めなかったら僕の手でボコボコにされていたかもしれない人だ。
その時の階級は小隊長だった。
まあ、あまりいい形での付き合いの始まりではなかったが、その後、僕も極光騎士団に所属することになり、一時期一緒にお仕事したこともあって親交がある。
そのベサージュさんも、長らく小隊長クラスに甘んじていたのがめでたく中隊長にランクアップ。
「……なんだ、ハイネ補佐役か」
しかし実際会ってみるとベサージュの野郎は意外に淡々としていた。
出世して給料も上がったんだから、グレーツ騎士団長ぐらい覇気に満ち溢れていてもよかろうに。
「騎士団に残った皆が皆、激動に付いて行けてると思ったら大間違いだぞ。いきなり組織改革です! と言われてもなあ……」
とため息交じりなのだった。
「改革で排除されるほど旧主派寄りでもなく、かと言って諸手を挙げて変革を受け入れるほど現状に不満を持っていない。そんな私が急激な変化の中に放り込まれてみろ。先行きへの不安しかねえっつーの……」
そういう考え方の人もいるということか。
いわば消極的な現状維持派。
「でも、ベサージュさんにとっていい変化もあるんじゃないの? 出世だよ? 給料上がるよ? 小隊長から中隊長への格上げなら、貰えるお金も大分増加するんじゃないの?」
既に僕らはタメ口で話せる仲だった。
「その分責任も増量されるがなー。変革前の、ただ習慣に乗っかってればいいだけの中隊長ならともかく、これからの騎士団は実戦部隊の色合いがより強くなるわけだろ? 正直、大変さだけがアップする気がして。中隊長という肩書きが重くのしかかるー……!」
ダメだ。
ベサージュさんって低いポストにいることで安定安心を得たい人種だったんだな。
しかし、変革によって必ず訪れる(という建前の)実力主義は、すべての構成員に全力以上を求める。
彼にとって、酷く生きにくい世の中になってしまったということか?
いやダメだ!
カレンさんたちが求めて実現させた新しい体制は、出来る限りすべての人に満足できるものであってほしい。
新体制となることで、ベサージュが喜べることもあるはずだ!
「そ、そういえば、五大教団の協力が進むことで、新しい協定も結ばれるようになったんだってね!」
僕はまず当たり障りのないところから話を初めて見ることにした。
「ん? ああ、私にとって一番関係あるところとしては、水の教団の問題ある布教活動が改善されたことかな」
ああ。
水の勇者シルティスのアイドル活動にかこつけて、ファンを教徒に取り込んでいたあれか。
元々五大教団には、『他教団勢力内での布教活動は禁止』という協定があったのに、水の教団は布教活動とシルティスのアイドル活動を混同させて、アポロンシティ内でもファン教徒を増やしていこうとするものだから、一時期取り締まりが厳しくなったものだ。
「でも、五大教団での協力が深まることによって水の教団も自粛を決行。具体的には、水の教団に入信することで得られるシルティスファンとしての特典を一切得られなくなったのだ」
つまり水の教徒とシルティスファンが完全に切り離されたってことですよね。
元々、シルティスをそういう形で売り出していたのは、人間をオモチャにして遊ぶ水の神コアセルベートの主導だった。
僕によってコアセルベートの関与が断たれた以上、シルティスの実父である水の教主の手腕で正常な形に戻されるのは当然のことだった。
「おかげでシルティスのアイドル活動は、観光都市ハイドラヴィレッジを宣伝するものに留まり、水の教団とは完全に切り離された。当人もプロパガンダと無縁になってより自由に活動できるようになったって喜んでたけど……」
当人=シルティス。
「それに伴って我々も、職務となっていたアイドルグッズの押収ができなくなってなあ。ホント……、クソ……!」
ん?
押収が……、『できなくなった』?
もしやベサージュの意気消沈の本当の理由は……?
「これからどうやってシルたんグッズを集めて行けばいいんだよ……?」
コイツ、押収したアイドルグッズを着服してやがった!?
前々からミイラになったミイラ取り的な気配を漂わせていたコイツだが、そこまでアイドル修羅道に堕ちていたとは! いやアイドル餓鬼道!?
これは……、今からでもヨリシロに報告して粛清リストに加えてもらった方が。
「いや……、待てよ? これからは協力の時代。水の教団とも仲良くなる。ということは、シルたんと光の教団との接触も増えてくる!?」
あっ、ダメだ。
ベサージュが新しい生きる希望を見つけてしまった。
「今までは無理かと思っていた、シルたんライブinアポロンシティなどもありうるかも! 生シルたんと生握手! ありえる!」
というかあのアイドル勇者、カレンさんと仲良くなったためにちょくちょくこっちに遊びに来てるやん。
偶然擦れ違ったことぐらいないのか?
「それにシルたんは勇者でもある!」
「勇者の方が本業だよ。多分」
「そして勇者は、教団の武力を率いる立場にあるから、協力が進めば自然職域が同じ極光騎士団とも接点が増えてくる。つまり、私が生シルたんに会えるチャンスも!? よぉし! 俄然燃えてきた!」
そうですか。
「ハイネ! 私はやるぞ! 以前は名家出身でしか重要ポストに就けなかったが改革が成った今、功績を上げればそれだけで重要ポストが近づいてくる! そしてできるだけ他教団と接点の多いポストに就き、シルたんとお近づきになり、あわよくば……! フハハハハハハ!!」
ファンが分不相応な夢を見ていなさる。
まあ、時代が変わることで、それまで手に届かなかった夢を追えるということはいいことだ。
たとえその夢が地平に昇る蜃気楼だとしても。
ベサージュも、改革による恩恵を受けることができたんだなあ。
よかった、よかった。
とりあえず、シルティスにはあとで「ベサージュってヤツは危険だから近づかないように」と注意しておこう。




