216 騎士団長
僕ことクロミヤ=ハイネは、極光騎士団長へのご機嫌伺いに訪れていた。
ゴマ摺りである。
「騎士団長様、本日もご機嫌麗しゅうございます」
「うむ」
「ご尊顔を拝し奉り、このクロミヤ=ハイネ、凡骨の身ながら恐悦至極に存じます。わたくしこれからは心を入れ替え、極光騎士団長様に永遠の忠誠を誓うものであります」
「苦しゅうない」
「騎士団長が行けと言われれば水火も辞せず飛び込み、騎士団長様が飛べと言われれば空をも飛びましょう。わたくしは騎士団長様の忠実な下僕。いついかなる時でもどんな御命令でもお下しください。騎士団長様は私にとって神にも匹敵するなんたら……」
「あの、そろそろやめない?」
じゃあ種明かししてしまおう。
今僕の目の前にいる新しい極光騎士団長は、ディンロン=グレーツさん。
禿頭のオッサンだ。
初めて出会ったのは、彼が中隊長として新人の入団試験などを監督していた時のこと。それ以来、高性能な属性計測器をもってきてくれたり、――表では語られることがなかったが――、ちょくちょくご飯奢ってくれたりもして、たくさんお世話になっていた。
そんなグレーツさんが、このたびめでたく昇進。
中隊長から騎士団長へとメガ進化なされたのだった。
「まあ、実際大隊長や副騎士団長をすっ飛ばしてテッペン取っちまったからなあ。二階級特進どころの騒ぎじゃねーわ」
とグレーツ中隊長――、もとい騎士団長。
やはり昇進は嬉しいようで、まんざらでもない顔つきだった。
まあ今さら説明するまでもないと思うが、こうした大抜擢の原因は、当然ながら前の騎士団長ゼーベルフォン=ドッベの凋落にある。
こないだ開催された新旧勇者戦。
世界全体の革新派と旧守派が真っ二つに割れてぶつかり合った代理戦争だったが、今や『元』騎士団長となったドッベは、その先代勇者側――、即ち旧主派に所属。
あらゆる手段を使って先代勇者チームを勝たせようと画策したが、それが却って旧主派の不正の証拠となり、あえなく御用。
普通だったらそこで、穏便に済ますため何かしらの手心が加えられるはずなのだが。
ドッベさんの場合日頃の行いが悪かったのか、はたまた敵に回した相手が悪かったのか。
ごく自然に、犯した罪以上の罰則を科せられて、即日極光騎士団長を解任させられてしまいましたとさ。
まあドッベについては、新旧勇者戦での不正だけに留まらず、極光騎士団の運営資金を着服していた動かぬ証拠も挙がり、弁明のしようもないレベルにまで来てしまっていたが。
かねてからドッベが、光の勇者カレンさんのことを糾弾し、自分の指揮下に置くことをやたら主張していたのは、カレンさんが勇者就任して後、その監視が厳しいために資金着服がままならなかったのを打開したかったかららしい。
しかしその事実も発覚して、ドッベは騎士団長の座を追われるどころか、長年続いてきた名家であるゼーベルフォン家も取り潰し。
家格の高さだけで好き放題やってきたお坊ちゃまも路頭に迷うこととなったのであった。
「まあ、普通だったら光の教団でも十指に入る名門ゼーベルフォン家。それを取り潰そうとしたら必ずどっかから『待った』がかかるだろう」
「助命嘆願ってやつですね」
「それが一切なく、速攻で取り潰しにもって行けたのは、何より新旧勇者戦でアイツに好き放題やらせたことで、民衆の支持をどん底まで落とせたからだよなあ。風評っていうのは本当に恐ろしいよ。見えない力で権力ゾンビどもを一気に黙らせちまった」
そう言っていただけると、カレンさんたち現役勇者が、度重なる不正にもめげず黙々と戦い抜いた甲斐があったと思えます。
あの時の苦労が、報われる時が来たんだなあ。
で。
そうして無様に消えていったドッベの後任として、極光騎士団長の座に収まったのが、こちら。
元は極光騎士団で中隊長を務めていたディンロン=グレーツさん。四十二歳、厄年。
ゼーベルフォン家のような名門ではない、一般市民からの出身で、完璧にゼロから実力だけで中隊長にまでなった叩き上げ。
苦労を知っているだけに気配りができ、新人の世話や内外の調停役として大いに活躍している。
光騎士としての実力も高く、本来なら大隊長ぐらいを務める資格は充分にあったのだが、それでも長く中隊長どまりだったのは、特定の派閥に属していないことや、不正を嫌うあまりにドッベを始めとした『前』騎士団上層部の覚えが悪かったこともよる。
「いやぁ、正直言ってもう大隊長に上がることはないと思っていたんだがなぁ。人生何があるかわからんわい」
「ドッベのヤツばかりでなく、その子飼いだった副団長や大隊長クラスも軒並み解任されましたからね」
ドッベ同様、その職権によって甘い汁を吸いまくってきたヤツらというわけだ。
そうした一派に属せず、孤独のまま公正を貫いたグレーツさん。
彼が新しい極光騎士団長に選ばれた最大の理由はそこだろう。
「でもそれってヤバくね? 前上層部を一掃って、いわば皆殺しにして人材がカッスカスになったところで、最高責任者にさせられたってことじゃね? オレ様?」
「楽しい思いするために騎士団長になったと思ってるんですか?」
そんな優しい性格のわけないでしょう、我らが光の教主様が。
「ヨリシロは、極光騎士団だけに留まらず光の教団全体を刷新するつもりです。新たに発生したモンスターの王――、魔王との決戦に向かい、人間の世界もこれまで溜めこんできた腐敗を一気に排除し、光の教団を新生させるつもりです」
それは魔王との決戦準備であると共に、決戦を乗り越えた新しい世界を築き上げる事業の一環でもあるのだろう。
「オレ様は、極光騎士団における改革の旗手に任命されたわけか。責任重大だなあ」
とグレーツ騎士団長は、トレードマークの禿頭をペシペシ叩いた。
「もう年齢的に出世なんてどうでもいいや、と思っていたからよ。あとはもう上との軋轢は最小限に、下のヒヨッ子どもを可愛がって、大過なく引退できればいいかなあと思っていたけど。その計画は根底から破綻だなあコリャ」
「もはや荒波しかないですよ、グレーツさんの人生」
「仕方ねえな、元々は人様のお役に立つためと光騎士を目指したオレ様だ。こうなりゃ、この身燃え尽きるまでご奉公いたそうじゃねえか!」
「よっ! 新たなる英雄! 極光騎士団の希望の星!」
「ガハハハハ! まずは騎士団長就任の祝いにラーメンでも食いに行くか! その程度の思い上がりなら教主様も許してくださるだろう? ハイネ! 供をしろ! トッピング全盛りぐらい奢ってやらあ!!」
「ありがとうございます! ゴチになります!! 新騎士団長に一生ついていきます!!」
男同士ということもあろうけど、グレーツ団長との遊びはカレンさんたち勇者組とは別のノリで行えるのが楽しいのだった。
このような感じで、不快な前騎士団長は去り、楽しい新騎士団長の就任で極光騎士団は新たなるステージへ向かおうとしている。
それは戦力部門に限った話ではなく、いまや光の教団全体が、目に見えた動きで古びた衣を脱ぎ去り、新しい姿へと変わろうとしていた。
今回は、そうした人の変化にまつわる光と影の物語。




