extra 09 祝儀
「俺たち結婚することになった」
「あのオチからッッ!?」
一夜明けて翌日。
全身包帯だらけとなった教主シバは、それでも表情は朗らかだった。
「あれからジュオとよくよく話し合ってな。元々許嫁なわけだし、俺も教主として早めに身を固めねばならなかったし。まあ、タイミングがよかったと言うだけだ」
などと一見ドライな物言いだが、口調というか態度というか全体的に浮かれた感じを隠しきれていないシバだった。
「……お前そんなキャラだったっけ?」
疑問を差し挟まずにはいられない僕だったが、思えば今回の話に入って、シバもジュオも当初とは思いもよらない一面を晒していた。
恋愛とはそういうものかもしれない。
男と女、互いに自分とはまったく違う生き物を理解するために今まで覚えてきた知識常識すべてが無意味で、知らなかった自分を曝け出すのだ。
「……今回は本当にお世話になった」
「ヒィッ!? ジュオさんッ!?」
ジュオは、初めて現れた時と同じ、亡霊スタイルで現れた。
どうして!? つい先日、シルティスとサラサの超エステ能力で浄化されたはずなのに!?
「一日で変わったものは、一日で元に戻りえる……」
「そ、そうすか……!?」
亡霊ジュオと寄り添い合うシバは、誰がどう見ても『取り憑かれた』と言うべき絵面だった。
でもまあ、本人たちが幸せならばそれでよかろう。
いかなる形の幸せであれ。
「ではハイネ。またしばしの別れだな」
「ああ、二人とも元気で」
僕たちが話しているのは風都ルドラステイツの外縁部。
新旧勇者戦を終えた各教団の関係者たちが、いよいよ各々の本拠へ帰ろうとしていた。
今回ホストを務めた風の教団の皆さんは、見送りと言うわけだった。
「ヒュエちゃん、よく頑張ったね」
向こうの方では、若き勇者たちが、今回の隠れた主役と言うべきヒュエを他全員で慰めていた。
「私たちはこれから各本拠に帰るけれど、またすぐ会えるよ」
「寂しい思いもするだろうが、達者でな」
「お義姉さんのこと部屋に叩きこんだアンタ、渋かったわよ。人の恋路を応援する気高さってのわかってるじゃない?」
「侠気だす!」
友だちから囲まれても、ヒュエの表情はあまり晴れやかではなかった。
「拙者はそんなつもりなど……。ただあの女が兄上様の前で洗いざらいぶちまけた末に玉砕してしまえばいいと思ったのだ。上手くいくなど万に一つもないと思っていた!」
「ハイハイ、泣きたいなら貸してやる胸は選り取り見取りよ」
四人がかりでヒュエの頭を撫でるのだった。
そして少女たちに少女の友情があるように、大人の女性たちにも大人の友情がある。
「ジュオ! やったな大勝利だぞ!」
「ほんに快挙ですなあ」
「帰る直前に、いい土産話ができたよぉ」
見事風の教主夫人の座を射止めたジュオの周りに集まる、先代勇者の一団。
彼女たちも、後輩共々これから各本拠へと帰還するところで、見送りのジュオと別れを惜しみつつ、今回の成果を盛大に祝っていた。
改めて思うんだけど、なんで先代勇者たちあんなに仲いいの?
最初はそんなことなかったよね?
「これで、オレ様たち全員で同時に妊娠出産という壮大な計画が実行可能となったわけだな!」
「うふふ、楽しみですねえ。一緒に育児の喜びと苦労を分かち合える友だちがいるだけで、楽しさが何倍にも膨れ上がりそうです!」
「オラはこれで四人目だけども、初産の時みたいに楽しみだよぉ」
と、未来のママさんたち会話に花が咲く。
「皆……、ありがとう。今夜早速シバ様に迫ってみる。皆も一緒に」
「おう、任せろ!」
「こちらはいつでも準備OKですよ」
「ウチは元々四人目作るつもりだったから、予定通りだよぉ。皆も最低五人は生まないとダメだよぉ」
…………。
男の僕では輪に加わることもできない濃厚な女性の会話。
まあ、子供がたくさん生まれるのは国が富む証だし、全面的にいいことだ。
戦いの前線は現役勇者たちに任せ、勇者の仕事を務め上げた彼女らには、次世代を生み育てる使命に集中して……。
「ダメですよ」
「え?」「え?」「え?」「え?」
え?
唐突なダメ出しに、場の空気がガラッと変わった。
現れたのは、光の教主ヨリシロさん。
今までどこにいたんだ?
「現在、世界全体が風雲急を告げる事態となっています。かねてからその存在が噂されていたモンスターの王――、魔王が四属性揃って姿を現し、その対処は五大教団全体の急務です」
ヨリシロ語る。
「先代勇者の皆さんも、今回の騒動を通じて和解に賛同くださった以上、最大限の協力をしてもらいます。差し当たっては教団戦力として復帰いただきます」
「「「「え!?」」」」
寝耳に水だったようで、先代勇者さん全員驚く。
「新旧の勇者が揃うことによって戦力を強化し、同時に先代勇者に各都市の守りを担当してもらうことで、現役勇者の活動自由を広げます。魔王は、これまで相手にしてきたモンスターより遥かに神出鬼没。こちらから攻めることを考えなければ、到底太刀打ちできません」
「これまでネックとなってきた、勇者が活動することによって都市の防備が疎かになるというジレンマも解消されるわけさね」
続いて地の教主のお婆さんまで登場?
遠い昔の大勇者で、新旧どちらの勇者チームにも有無を言わさぬ強制力を発揮させるお方。
「と、言うわけでアンタらさにゃあキリキリ働いてもらうよ。これだけのゴタゴタで手間かけさせられたんだ。これぐらいの状況改善がなきゃあ元が取れんさね」
「何言っているんだ、この婆さん!?」
「オラは祖母ちゃんに呼ばれて来ただけだよぉ!?」
しかし大先輩という歩く理不尽にはいかなる理屈も通じない。
「よって、これから大いに頼りにするアンタらにゃ、産休なんて取らせないよ。この世界全体を覆う非常事態が解除されるまで。つまり魔王を全員ブチ殺すまで。アンタたちは子作り禁止さね!」
「「「「ええぇぇーーーーーーーーーーーッッ!?」」」」
無慈悲なる通告。
「もし言いつけに背いて孕もうもんなら、その腹にドロップキックかましてやるから覚悟するさね。小娘どもが魔王を倒すその日まで、死ぬ気で街を守るんだよ!」
「そんな……! ミラクたちが魔王を倒すまで妊活できないなんて……!」
「それ、どれくらいかかれば達成できますの……!?」
「数ヶ月……!? ヘタすれば数年……!?」
「冗談じゃないよぉ! 花の命は短いんだよぉ!」
キッと、四人の若妻たちの視線がうら若い少女たちに向く。
当然のことながら少女たちは、視線に射すくめられて大恐怖。
「ミラク! お前ら今すぐ旅に出ろ! そして魔王を見つけてブチ殺して来い!」
「世界を救う大仕事なんですから、我が身を惜しんではいけません。この際自爆で道連れでもいいから粉々になってきてください!」
「最低五人は生まないと姑からいびられるんだよぉ! ササエちゃん気張るんだよぉ!」
「コトメ、兄嫁のために死ね……!」
先輩から迫り締めあげられる、一番下の後輩こそもっとも哀れなのであった。
「キョウカ姉者!? そんな簡単に魔王殺せと言われましても!」
「なんでアンタらなんかのためにアタシが命投げ出さないといけないのよ! むしろアンタらを犠牲にしてアタシが生き残ってやるわ!」
「ヨネコ姉ちゃんは三人で満足してほしいだすよ! 義理のおっかさんも『食費がかさむから、そろそろ打ち止めにしてほしいね』って思っとるんじゃないだすか!?」
「こうなったら、そっち方面でジュオの邪魔してやるしかない……!」
「皆さん落ち着いてくださいーーい!!」
様々な人間の思惑が交錯しまくっていた。
こうして、一件の混乱を経ることで、五大教団の結束は益々固くなった……。
のか?
番外編はこれにてお仕舞になります。
次回からは本編として話の本筋が本格始動となりますが、それはともかく12/22発売の『世直し暗黒神の奔走』をよろしくお願いします!!




