extra 06 生まれ変わろうとも
本章は、書籍化記念番外編という性格上、メタな文脈が入ることがあります。
具体的には「世直し暗黒神の奔走、第一巻、12/22(木)発売」という文脈です。
ご了承ください。
それはシバとジュオが、揃って九歳になった時。
風の教団では、その年齢から風間忍としての修行が開始される習慣で、シバもまた名門の御曹司といえど――、いや、だからこそ掟に従わなければならなかった。
これから始まる厳しい修業を想像して緊張ガチガチだったシバ少年は、その前にブラストール家を訪ねた。
幼いながらも想いを寄せる少女に会うために。
前提として二人は、風の教団の名家同士が取り決めた許嫁。
将来一緒になるのは既定路線と言うべき。
シバ少年にとって、それは未来の確認に過ぎなかった。
修行から戻ってきたら、正式に婚約を発表しようと。
結婚そのものはまだ先になるが、その時には既に教主となることが九分九厘決まっていた麒麟児であったシバ。
身を固めるのに早すぎるということはない。
しかし、その際想い人から返ってきた言葉は……。
『私、結婚する気ないから』
『研究の邪魔になるし』
* * *
「なんじゃそりゃーーーーーーーーッッ!?」
話を聞いて思わず絶叫してしまう僕。
「……と、言うわけで、俺は見事にフラれたわけだ」
シバにとっても苦い記憶なのだろう。
それを思い出して他人へ語るのに、やはり苦渋は隠しきれなかった。
「以後、俺は風間忍としての本格的な修行を開始し、彼女も研究者の道を進んだ。まあ、一度フラれるとな。なかなか以前のように接することもできなくなるわけで。余所余所しくなるのは避けられなかったけど。それでも教主として公正さは欠かさなかったつもりだ」
「やめて……! もういいです……! アナタは充分頑張ったんです……!」
僕は、シバの両肩に手を置いて全力で慰めざるをえなかった。
そんな辛い体験を一人で乗り越えてきたんだね!
偉いぞシバ! 僕はキミのことを尊敬する!
……と、ヤローだけで盛り上がっていると、執務室のドアがからガサゴソと音が鳴り出した。
「ん?」
しばらくドアノブがガチャガチャ鳴って、何かの拍子にドア開く。そして開いた隙間から、モソモソ不突き出すウシの鼻面。
『……ここから、ザラメ砂糖を炒めたような甘ったるい臭いがする』
現れたのは炎牛ファラリスだった。
何故お前はそこまでラブコメに厳しいのか?
その草を磨り潰すしか能のない口だけでドアノブを回して開門したのか。ウシのくせに器用なヤツ。
『ネコだってドア器用に開けられるじゃねえか。しかしヤツらはドアは開けても閉めることは絶対しない。だからワシもそうする』
「お前ウシじゃん」
まあ、正確にはウシ型モンスターに転生した火の神ノヴァなんですけど。
かつて火都ムスッペルハイムを脅かした巨大モンスターが、ボコボコにされた挙句体も縮んで子牛サイズ。
その物珍しさから見世物にされて他都市にまで営業中とか、どんだけ多くの経緯を経ているんだよという、ここまでに至った道のりの長さを思い起こしたくなるキャラだった。
そんな炎牛ファラリスとの壮絶な戦いは、十二月二十二日発売(予定)の書籍第一巻を参照のこと。
で。
営業のためにはるばる火都からやって来たウシが、何を自由にうろつき回っとるんじゃい?
『この部屋から漂ってくる、むせ返るようなラブコメの臭いに制裁の必要を感じたから』
だから何故ラブコメに厳しいウシ?
ちなみに僕らがこの火の神の転生者たるウシとお話ができているのは、僕が闇の神エントロピーの転生者であり、そっちのシバが風の神クェーサーの転生者であるからだ。
秘密の話だ。
『しかしクェーサーよ。何百年と音信不通のお前が、まさかこんな遊びに興じておったとはの』
とウシは、シバの神としての名を呼ぶ。
「遊びじゃねーわ。俺としては貴様やコアセルベートの乱行に付きあい切れなくなっただけだ。つーか自分から押しかけてきておいて何くつろぎ始めてるんだ? 膝折って香箱座りすんな!」
『うっせーワシは客だぞもてなせ! ビールを飲ませろビールを! 牛はビールを飲むと肉が柔らかくなって美味しくなるんだぞ!!』
「肉骨粉でも食ってろ!!」
火の神と風の神。
やはり四元素の神は基本的に仲が悪い。
『それはそうとな……。話は聞かせてもらったが、貴様ら変じゃね?』
「ん?」
「何が?」
ウシの意見に耳を傾ける僕とシバ。
『だってクェーサー貴様、仮にも風の神だろう? 肉体は人間でも魂は、人間を遥かに超えた絶対的存在であるわけだ。しかもクェーサーのヤツはこの街で何度も何度も転生を繰り返して、人の生をたくさん経験してきた』
うん、まあ……、そうらしい。
しかしよく知ってるね。
『そこまで人生経験をうず高く蓄積しておきながら、何故に今更失恋ごときでウジウジしとるんじゃ? 神ともあろうものが情けない』
ウシに正論吐かれた。
「はあ……! これだから貴様やコアセルベートは。人間というものをまったく理解していない」
『何だとぅ?』
「いいか、人生というものはな。何回繰り返そうと、やり直そうと、その人にとってたった一度きりの人生なのだ。泣いて笑って、これ以上ないほどに感動して、その記憶を来世にもって行けたとしても、それは経験した当人のものであって、他の誰のものにもならない」
『はあ……?』
はあ……!?
「ゆえに、このトルドレイド=シバの人生もたった一度きり、俺だけのものだ。俺の味わった失恋は俺だけのもので、それだけに心を抉り、多少女性に対して憶病になったところで仕方ないではないか!」
「『…………』」
やっぱ神の中でお前が一番、人間であることを満喫してない?
闇の神エントロピーの転生者であるところの僕は思うのだった。
『……お前さ』
「ん?」
『バカだろ』
「あぁッ?」
火の神ノヴァであるところのウシは、そんな人間を満喫しまくっている風の神に甚だ懐疑的だった。
『たかが人間ごときにそこまで入れ込んでバカかっつーの。お前はアレかエントロピー被れか。随分前からヤツのことを超えてやるとか息巻いておったが、それで行きついた先がヤツのモノマネとか、もうね、アホかと』
「うっさいわ、この単細胞神! 大体お前こそ千年以上前から何も考えずに暴れ放題して、その挙句なんだ無様なウシの格好は! どうせハイネの怒りに触れてモンスターの体のままボコボコにされたんだろうが!」
『だだ、黙れ! 今はワシのことなんか話してねーだろーが!!』
そして四元素どもは相変わらず仲悪い。
コイツらが勇者たちのように仲良く一致団結する日などきっと未来永劫来ないのだろうなあ。
『あー! もーやってらんねー! お前みたいな人間贔屓神と会話してたら耳が腐っちまうわー! 神の誇りを大事にしないとねー!!』
「ウシのナリして何が誇りだ畜生風情が!? こっちだって金輪際お前なんぞと口きくか。風の神力使って音を遮断してやるわ! これで耳障りなお前の鳴き声も聞こえねえ!!」
『ワシは魂の波動で語りかけてんだよバーカ!!』
マジ仲悪いなコイツら。




