extra 05 男の会話
「結婚するか死ぬか、選べ」
「ん?」
僕――、クロミヤ=ハイネは現在、会談中だった。
風の教団教主トルドレイド=シバと。
「唐突に何だその二択は? 死ぬぐらいなら誰だって結婚の方を選だろう?」
「お前は、そこで死ぬ方を選んでもよい」
別に勇者でも教主でもなく実質無役に近い僕が、風の教主様とコンタクトを取る名目もないので、普通に執務中押しかけただけなのだが。
シバは処理中の書類を一旦テーブルに置き、この招かれざる客を煙たそうに見詰める。つまり僕。
「……一体何の話か知らんが、仮に結婚の方を選ぶにしてもだ。結婚するには相手がいるぞ」
さすが教主職に就く者。何事も理詰めで話しやがる。
正論を言われているようでムカつく。
「だからいるじゃないか彼女。前の前の風の勇者……、っていうか実質的にヒュエの前の人……!」
「ジュオか」
そう、それ。
「あのジュオさん……。確実にお前のこと好きだろ? 何らかの形を示してやるのが男の甲斐性とちゃいますの?」
「なんだその語尾は? ……まあ、お前の口からそんなお節介が出てくるとは、そっちの方が意外極まるがな」
ある筋から頼まれましてね。
ついさっき、カレンさんが湯上りたてのホカホカした肌でやって来て、僕に言うんですよ。
「シバ様がジュオさんのことどう思っているか、探りを入れてきてください」と。
僕もどういうことかわからず詳しく聞こうとしたんだが、カレンさんは何故かそれ以上何も話してはくれなかった。
挙句、協力しないと僕こそが男の筋を通さなきゃならなくなりますよ? などと言われて。
脅しに屈しました。
そんなわけで今僕はここにいる。
「そういうことなので即刻ジュオさんと結婚してください。さもなくば死ね」
「だから何故その二択……? しかしな……」
シバは、卓上に置いてあったボタンを押す。
するとドアの外側からブザー音が鳴った。
ボタン装置と一体になっているマイクらしきものへ向けて、シバ言う。
「小休止だ。コーヒーを持ってきてくれ。二つだ」
まもなく秘書らしき人がノックと共に入出し、僕とシバそれぞれの前に上品なカップに注がれたコーヒーを差し出す。
「しばらく誰も通さんでくれ。一応大事な話なのでな」
別室と通信する装置か。
こんなところでもエーテリアル技術の抜きんでたところを見せつけやがって。
「とりあえず飲みながら話すとしようか」
「……このコーヒー、砂糖とミルクが見当たらないけど?」
「そんなもの入れて飲むのか?」
「入れないけど……」
僕もコーヒーはブラック派だけどさ。
まさか選択肢すらないとは。
「……それで、ジュオのことだ。俺とアイツはいわゆる幼馴染というヤツでな。トルドレイド一族とブラストール一族。双方風の教団の名門であり……」
その辺は一度語られているのでカット。
「何にしろ父母たちが、将来の結婚相手として俺とジュオを出会わせたのはたしかだ。後々、何度かそれらしい探りもあった。ジュオとはどれぐらい親しくなったのか? とか、結納はいつにするのか? とか」
「それ探りじゃないじゃん。直球じゃん」
ある筋からの情報では、ジュオはシバのことを相当憎からず思っているとのこと。
むしろLOVEの域。
にも拘らず、もういい大人の二人から結婚の話も出ていないということは、これだけ整った状況すら無効にしてしまう、何らかのマイナス要素があるということか?
「あの……、とても聞きづらいんだけど……」
「?」
「シバって、ジュオさんのこと嫌いなの?」
「何をバカな!」
シバがコーヒーカップをソーサーの上に置く。その時にガチャンと、穏やかでない音が鳴った。
「随分つまらぬことを聞くのだなクロミヤ=ハイネ。まさかこれは、光の教団による風の教団への離間策ではあるまいな?」
仲間内での不和を誘発する、的な。
「まさかそんな……! ただ、他に理由が思いつかないなー、と……!」
「何の理由だ……!? とにかく、あることないこと触れ回られては困るので、ハッキリ言ってやる。俺にとってジュオほど頼りにしている女はいない!」
おお、言い切った。
「まずジュオは、我が風の教団において最高水準の研究者だ。五大教団において、もっともエーテリアル技術の進んだ我が教団。その中で最高の研究者ということは、つまり世界中でもっともエーテリアルに精通している者ということ。それが彼女だ」
それはつまり……。
「為政者にとってジュオの存在はダイヤモンドよりも貴重であるということだ。実際、十年以上も行き詰っていた移動都市計画を実現に漕ぎつけさせたのは彼女の発想あったからこそ。教主としては幾重に感謝しても足りぬところだ」
意外にも、シバのジュオに対する評価はクソ高かった。
勇者のクセに引きこもりなんかして問題児な印象もあったが、研究者としてそれだけの功績を立ててるから大目に見てもらえるだろう。
シバ自身、一時期教主と勇者を兼任するという激務をこなしてまで彼女の立場を守ろうとしたわけだし……。
あれ? そうしたらますます問題なんてないんじゃないかな?
何で結婚しないのコイツら?
そこまで考えが至ったところで、何よりまず問うべきだった最初の質問を思い出す。
「そう言えばシバってさ……。彼女の外見ってどう思う?」
あのジュオの、亡霊かさもなくば悪霊と思える恐怖の外見。
僕だって初めて見た日は怖すぎて夜トイレに行くのが躊躇われたほどだ。
そう、これこそ一番懸念すべきことだった。
あの亡霊を嫁にするとか相当な豪胆でないと実現できまい。生まれとか育ちとか性格とか能力以前に、外見こそが一番大事なことだったのだ。
「外見? 別に大したこともなかろう」
ここに豪胆な人がいた。
「たしかに特徴的ではあるが、それだけ彼女が研究に没頭しているということだ。求めるもの以外すべてが見えなくなる。それもジュオの優れた点の一つだ」
凄い。
なんかシバのこと尊敬したくなってきた。
ここまで一人の女性のことを評価できるなんて。
これでジュオの方はシバにベタ惚れなんだろ? 周囲も認めているようだし。
「なんで結婚しないの、お前ら?」
思わず直球で聞かざるをえなかった。
なんで結婚しないのコイツら。
「え? それは……!」
急に口ごもるシバ。コイツにしては珍しい。
「ここまで話を聞くと、お前は別にジュオさんのこと嫌ってるわけじゃなさそうだし。むしろ好きなんだろ? お互いの家族も認めていて……」
若干一名除く。
「……教主の立場としても、教団最高の研究者なら充分釣り合いとれるだろう。他教団からのヘッドハンティングを防ぐために関係を深める、という政治的配慮も働く。だとすれば……」
「ダメだ」
シバは即座に否定した。
その表情に若干の苦さを含ませて。
「たしかに俺たちは互いの親が認めた許嫁の関係にある。それでも俺たちは結婚などできない」
「なんで?」
そこまで断言できる?
「だって俺は……、彼女に嫌われているから」
ん!?




