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世直し暗黒神の奔走 ――人間好きすぎて人間に転生した――  作者: 岡沢六十四
書籍化記念番外編『ジュオさんが引きこもりなのは どう考えてもシバ様が悪い』
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extra 04 舞踏会へ行く前に

「あの……、けっこうです」


 私はジュオさんに代わってお断りせずにはいられなかった。


「なんでよ!? このアイドル・シルティス様が直々に恋のお悩みを解決しようって言うのよ!」

「そうです! 死線を共にしたジュオさんのお悩みとあればなおさら捨て置けません! セレブの端くれとして一肌脱がせてもらいます!」


 一肌脱ぐって。ここお風呂場で私たち一人残らず何も着てないじゃないですか。


 水の勇者が本拠とするハイドラヴィレッジは、多くの文明文化が集う貿易港にして、世界トップクラスの観光地。

 教養に洗練された貴婦人たちが、その上でもなお美を磨き、競い合う社交場でもある。

 そんな街で、アイドルとして幾万人の心を掌握するシルティスちゃん。さらに名門商家の御曹司に見初められて玉の輿に乗ったサラサさん。

 いずれ劣らぬ一流の女が、何か心の琴線に触れたのかなあ?


 ガシッと、サラサさんの手が亡霊髪の毛の中にもぐって、ジュオさんの両頬を掴む。


「ひぐッ!?」

「荒れ放題の肌。表面に脂も浮いとるし、吹き出物まであるなあ……!」

「手足もむくみ放題よ。ムダ毛も手つかずの原野のよう……!」


 そしてシルティスちゃんはジュオさんの体中を撫で回していた。


「まあ、一言で言って論外だけど。素材そのものは悪くないわ。元勇者として鍛えてある分、引っ込むべきところは引っ込んでいるし、骨格の歪みもない」

「猫背気味ではあるけど、姿勢そのものは綺麗なんやねえ。これなら多少の矯正で貴婦人のたたずまいを身に付けられるわ。あとは肌を徹底的に磨くだけ」

「え? あの? ちょっと……!? え!?」


 困惑気味のジュオさんに、水のコンビは手心の一つもない。


「まずは芝刈りです。必要ないところの毛を徹底的に剃り尽しますよ! それから毛穴の汚れを洗い流します!」

「通常のエステで出来るところまでやったあとは、水の神力の出番ね! 体内の水分を操ってむくみを取り、体内の毒分を搾り尽すわ! デトックスよ!!」

「あの……、ええと……!」

「御安心なさいジュオさん。ウチらがアンタを最高の具合に仕立て上げますから!!」

「すべての女は、理想の美しさを手に入れることができるのよ! 今からそれを証明してあげる!」

「仕上がったあとに鏡を見て、『これが私……!?』と言わせてみせます!」


 いきなり貸切風呂が、美の戦場と化した。


             *    *    *


 それは、傍から見ている私たちが戦慄するような光景だった。

 剃刀でムダ毛を剃り落としたり、泡パックで毛穴の汚れを洗い流したり。ぶっちゃけそこまでは、まだよかった。


 問題は、エステのために神力まで使い出してから。


 シルティスちゃんもサラサさんも、水の神気を使うにかけては一流の勇者。

 その二人が、神具を使わないまでも人体を調整するために神気を使うのだ。

 聞くところによれば人間の体は三分の二が水でできているとのこと。

 もちろん人体だから、水には有機物無機物様々なものが混じって、生命活動に影響を与えている。

 その中には体に悪影響を与える物質もあり、そういうものは大抵不摂生によって蓄積されてきたものだ。

 風の教団随一の研究員として、研究に没頭してきたジュオさんには、そういうものが溜まりに溜まってきたわけで。

 それを何とかしないことには美しい肌も張りのある肉体も得られない。

 そこでシルティスちゃん、サラサさんの二人は、神気でジュオさん中の水分を操作し、幾分かの液体もろとも体内に蓄積された毒分を排出する。

 排出した分すぐさま有用成分を含ませた水をジャンジャン補給しながら。


 正気の沙汰とは思えない。

 普通に考えても、人体がそんな無茶に耐えられるはずがない。

 しかしアホな方々による強行は続き、体外に排出される汚水。

 こんなものを人間は体内に抱えているの? と背筋が寒くなったけど。加えて、ここ貸し切りといえど公共の浴場なんですけど?

 その辺で拾った犬を丸洗いしても、ここまできちゃなくはならないだろうというレベルの真っ黒な水が、排水口に吸い込まれてゴボゴボ音を立てていた。


 いいの、こんなに汚して!?


「終わったら皆で一生懸命掃除しよう……!」


 それしかないなあ、と思いつつ結局誰もシルティスちゃんサラサさんを止められないのだった。

 そうして……。


             *   *   *


「これが、私……!?」


 施術が終わって、お風呂場にはつきものの姿見を見詰めながらジュオさんが言った。


「よっしゃー! 『これが私?』いただきましたーッ!」

「いい仕事しましたねシルティスさん!!」


 主犯の水コンビが、満足いく成果にハイタッチ。

 たしかに私たちの目前には、「アレ誰?」と思う女神が御降臨なさっていた。


 まず髪の毛。かつて浜辺に打ち上がって干上がった海藻かと思われたそれは、今では何と言うことでしょう。

 サラサラロングの黒髪で、艶も上品。いわゆるカラスの濡れ羽色というヤツだった。

 肌も玉のように磨かれて、染み一つない。以前の水死体みたいな生気のなさはウソのよう。今では香気伴う生命力にあふれかえっていた。

 さらに今になって気づいたけれど、プロポーションも抜群。

 極めつけに、それまでは髪の毛に隠れてまったく覗けなかった顔が、綺麗に分けられて拝見することができた。

 結論から言って、美人さんでした。

 ルドラステイツ乙女の特有の顔つきと言うか、鼻筋がスラリと通った爽やかな印象は、同郷のヒュエちゃんと通じるところがある。

 ただジュオさんの方がやや目つきがおっとりしていて、その分研究職と戦闘職の違いと思える。

 でもやっぱり、あの亡霊ジュオさんがここまで天女ジュオさんに変わっては、同性の私ですら「女って怖えぇッ!?」と驚愕せざるをえない。


「……ミラクちゃん。この状況を一言で表すとしたら?」

「呪いを解かれたお姫様」

「……キョウカさん。この状況を一言で表すとしたら?」

「浄化された悪霊」


 皆、思っていることは同じのようだった。

 とにかく今のジュオさんに迫られたら、十人中十人の男性がOKを出してしまうと思います。

 ハイネさんは多分例外だけど。

 これはもしや本当に、ジュオさんの恋は成就する?


「うああああーーーッ! 認めるかああーーーー!?」


 ヒュエちゃんは現実を受け入れられずに家族風呂から走り去ってしまう始末だし。


「それではいよいよ本戦突入! 風の教主様に告っちゃう? 告っちゃう!?」

「今までのは所詮いくさの準備に過ぎません! 殿方にアタックしなければ何の意味もないんです! さあ最後の仕上げはジュオさんみずからの手で!!」


 グイグイ押していく水コンビ。

 このままだとジュオさん人生の飛び降り台から突き落とされそうだ。


「ちょっと待ってください!」


 とりあえず他にやれそうな人もいないので、私がこの流れを一旦堰き止めるしかなかった。

 どうするにしろ、まずは何よりジュオさんの心の準備を万全にしないと!

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