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215 おまけ

 そしてそんな勇者たちの輝かしい瞬間を、一歩引いたところから見守る女性たちがいた。

 先代勇者たち。


「五人の勇者が揃って称賛を浴びるか。オレ様たちの時代には考えられなかった光景だ」

「でも、見てて気分のいい景色だよぉ」

「時代が変わったことはたしかです。でも前進したという気分があります。少なくとも後退ではありませんわ」

「……眩しい、辛い」


 勇者たちは競い合い、いがみ合う。

 それが当たり前という時代を生き、駆け抜けていった彼女たち。

 一度はその価値観に固執し、変わろうとする後輩たちを叱りつけたが、今はまた違う見方が、彼女たちの中に芽生えたようだ。

 その芽生えだけでも、今日の戦いに意味はあったろう。


「……じゃあ、オラはそろそろ帰るとするかよぉ」


 とヨネコさんが言い出す。


「え? もうですか!?」


 熱狂する民衆たちの対応に忙しい現役勇者たちに代わって、僕が彼女を引き留めようとした。

 でも……。


「田舎に旦那と上の子たちさ残してきたからね。そろそろあの子たちの顔さ見ないと寂しくて堪らん気分なんだよぉ」


 そうか。

 勇者を引退した彼女たちには、もうそれぞれの家庭があるんだよな。

 今日は無理を押しての参戦だった。彼女たちを本来あるべき場所に帰してあげないと……。

 ……と、思っていたら。


「おぉーい、ヨネコ、ヨネコぉー!!」


 どこからかヨネコさんの名を呼ぶ野太い声。

 何事ぞ、と思って見まわしてみたら……、なんかなんかやたらガッシリとしたガタイの大男が迫ってきた!?


「あらぁ!! どうしたのあんたぁ、こんなところでぇ!?」


 そしてヨネコさんが今まで見たこともないような蕩ける笑顔で、その大男に抱きついた!

 そして人目もはばからず接吻!?


「ああああ……、あの、もしかしてヨネコさんの旦那さんですか!?」


 状況的にそうとしか思えないが、一応確認。


「そうだよぉ! 田舎で留守番してくれてるはずだったのに、一体どうしたのさ!?」


 クマかと見紛う大男の旦那さんは、巨体に見合わぬ照れくさそうな仕草で答える。


「ヨネコ、お前が出かけてすぐ、子供らがむずがってな。ワシも寂しくてたまらんから、追って来ちまってよ」

「かあちゃん!」「かあちゃーん!」


 大男の背後から、ヒョコヒョコッと顔を出す二人の子供。見た目完全そっくりで、双子と思われる。


「アンタたちまで! よかった母ちゃんアンタたちに会いたくて仕方なかったんだよぉ! 旦那様もなぁ! 早速下の子も祖母ちゃんから返してもらうよぉ! それで家族全員集合だよぉ!」


 ヨネコさん超嬉しそう。

 そうか。ヨネコさん結婚一年ほどで三人目をご出産とか聞いていたが、最初の二人が双子だったのか。

 話を聞いた時は計算が合わないと大いに戸惑ったが、双子なら……。

 ……。

 ……やっぱり計算が合わねえ!?


「サラサ! 私の心に咲く薔薇よ!」

「ああ! 旦那様!」


 今度は何だ!?

 別の方から情熱的な声がして振り返ってみたら、なんかカイゼル髭生やしたイケメンと先代水の勇者サラサさんが抱擁しあっている!?


「旦那様!? 何故ここに? ウチ、お家には無断で出てきましたのに……!?」

「ごめんよサラサ……!! キミがこんなにも思い詰めていたなんて……!! 吾輩にはキミが必要なんだ! たとえ政略結婚でも、今はもう吾輩にとってキミは、庭園に咲き誇る大輪の薔薇! 海底に輝く真珠! たとえ七つの海を制覇しようと、キミ以上の宝物は見つけ出せまい!」


 もしかしてアレが、アイドル狂いのサラサの夫?


「父上には、吾輩から詫びておいた。すべては吾輩が悪いのだと。キミとは絶対に離縁などしない。吾輩と一緒に帰ってきてくれるね?」

「では、では旦那様! これからはアイドルの趣味もお控えに!?」

「当然だ! キミこそが吾輩の最大の宝だ!」

「アイドルグッズの購入もやめてくださるのですね!?」

「すっぱりと断とう! ……いや、月の購入ペースを半分ぐらいに?」

「来週のライブも行くのをやめて、ウチと一緒に過ごしてくださるんですね!?」

「既にチケット購入した分は……!」


 何だか雲行きが……。

 そこへさらなる爆弾が。


「おぃーっす! 渦中のアイドル勇者シルティス参上! いつも応援してくださっているという旦那様ですね!? ありがとうございます!」

「初めての生シルたぁーーーんッッ!?」

「何つータイミングで出てきますのアンタさん!? さっさと去ね!」


 修羅場になること請け合いなので、僕は目を逸らした。

 先代勇者の旦那さんたち、か。

 奥さんが心配になって密かに応援に来ていた、というところか。

 まあ大事なんだろうなあ。気持ちはわかる。

 とか思っていたら、……アレ? 火の先代勇者キョウカさんのところにも見知らぬ若い男性が。


「な、なんだお前まで来ていたのか? 宿屋の仕事もあるだろうに」

「でもキョウカさんのことが気になって。夫婦だから当たり前だろ?」


 え?


「え?」


 後輩であるところのミラクが指を震わせて、その一組の男女へ向けた。


「きょ……、キョウカ姉者? そちらの男性は、ど、どちら様?」

「何だ知らなかったのか? オレ様の夫だ。先月籍を入れたばかりでな」


 おぉーい?


「ちょっと待ってください!? 姉者は炎牛ファラリスとの敗北を責にして勇者を引退し、それからずっと雪辱を果たすために修行しておられたとばかり……!?」

「うむ。だから武者修行の途中にな、たまたまコイツの経営する宿に泊まってな。そこから色々あって、色々なったのだ」


 鬼先代のはにかむ笑顔に、ミラクは表情を凍りつかせた。


 ダメ押しとばかりに、さらにあっちで先々代風の勇者ジュオと風の教主シバが……。


「シバ様……、好き……」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないです」


 その直後、シバがまた怒り狂う炎牛ファラリスに轢かれていた。


 四方から広がってくるラブラブな空気……!?

 そのラブ空気に囲まれて押し潰される位置に、十代の多感な少女たちが。


「なんだ……!? この釈然としない気分は……!?」

「勇者は公正が常、怒らず憎まずが基本て言うけど。今だけはそれを守れなさそう」

「命懸けで戦ったのに、何故か徒労感に襲われるだす……!」

「とりあえずジュオは殺す。魔王より先に殺す」


 勇者たちの心に闇が広がっていた。


「まあ、仕方ないですよねー。勇者の引退理由の九割は結婚なんですから」


 いつの間にかカレンさんが僕の隣に立っていて、しかも手を握られていた。


「か、カレンさん……? 何故手を……?」

「仕方ないですよねー」

「あの……?」

「仕方ないですよねー?」


 仕方なくないですよ!?

 今カレンさんに引退されたら色々滞りますから! 自重してくださいね!?

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