214 希望
人間とモンスターとの戦いは、完全に新たな局面へと移っていた。
モンスターの新たなる最強世代、魔王は勢揃いしていた。
ヤツら自身の説明通りなら、マザーモンスターは魔王を生み出す引き換えとして全滅していることになる。
「もうヤツらを探す必要はなくなったか……」
その代わりマザーモンスターを遥かに超える強敵、魔王との戦いを余儀なくされた。
ヤツらは、明確な人間の根絶を意図している。
もはやモンスターを滅ぼすなどと決意を固めるどころじゃない。
人間とモンスターは、互いの存亡を賭けた決戦を不可避とされたのだ。
だが……。
* * *
「何もできなかった……!!」
カレンさんは悲嘆に暮れた。
戦場から彼女たちを帰還させるためのエーテリアル駆動車。
その車内は暗く沈んだお通夜ムードだった。勝利のあとだというのに、カレンさんの他も全員、浮かれる気分など微塵もない。
車は今も、彼女たちをルドラステイツに運ぶため走っている。
「ハイネがいなかったら、オレたちは全滅していた」
「それ以前の問題よ……。アイツら、アタシたちなんて眼中にもなかった」
「だす……!」
「ラファエルめ、ヤツが生きていたなど……!」
勇者たちの失意は深刻だ。
魔王は、彼女らのことを敵としてすら認識しなかったのだ。
足元を這う虫程度にも捉えられなかったカレンさんたちの自信は粉々。
せっかく先代勇者戦を制して、これからますます一致団結して勢いを増そうというところだったのに……。
「あの……」
何とかして彼女たちを励ましたい、そう思って口を開きかけていたのを、ある者たちに止められた。
「待て」
先代火の勇者アビ=キョウカ。
この車は、戦場で等しく戦った先代勇者たちも等しく乗せていた。
先代光の勇者サニーソル=アテスだけはいつの間にか姿を消して見当たらなったが、残り四人、全員が己の後輩に向かい合う。
「ミラク、貴様は立派な火の勇者だ」
「姉者?」
先輩からの意外な言葉に、ミラクは伏せていた顔を上げる。
「貴様は、オレ様が知る頃よりも遥かに強くなっていた。オレ様の知らない領域に足を踏み入れて。今日直接貴様と戦って、それを実感できた」
「まったくだよぉ、オラたちは単なる時代遅れだよぉ」
先代地の勇者ヨネコさんも、いとこであるササエちゃんを抱きしめながら言う。
「時代はもう、オラたちが現役だったこととはまったく様変わりしてた。やはり田舎に引っ込んでちゃ世の中の流れはわからないよぉ。ササエちゃんが必死で頑張ってるってことも」
「ヨネコ姉ちゃん……!」
ヨネコさんのおっぱいで押し潰されそうになりながら、ササエちゃんは目を潤ませた。
「癪ですが、ここはよそ様と意見を合わせておきます。協力と調和が、今の流行らしいですから」
「ヘッポコ先輩……!」
プライドの高い先代水の勇者は、それでも若干意地悪が残る。
「シルティスさん、アンタさんもそのまま頑張りなさいな。アンタさんが気張らんとウチのセレブ生活も危ないようですから、仕方なく応援してあげますわ」
「ありがとう……! お礼にアンタの家に旦那さんの名前入りサイン色紙送るわね!」
「やっぱり嫌いです、この人!」
水の勇者は新旧どちらも相変わらずだった。
「お義姉さんが応援してやるぞコトメ」
「うっさい! 魔王より先にお前を倒す!」
それ以上に新旧風の勇者も相変わらずだった。
「ハイネさん……!」
その情景を見て、カレンさんは言う。
「私たち、へこたれてる暇なんてないんですね。勇者は皆の期待、希望。私たち自身が打ちのめされても、立ち止まるわけにはいかないんです!」
少しずつ、声に力が戻ってくる。
「そうですね。どんなに力を持っていても、僕なんかにはできない。それはカレンさんたちだけができることです。皆の希望となって皆を奮い立たせ、皆の歩き出す力となること」
それが勇者の力、勇者の意味、勇者が最強無敵である理由。
ここにいる全員がその力をもっている。地水火風光の属性も、旧い新しいも関係なく。
「我ら先代勇者はここに宣言する! 貴様らの勇者同盟に賛同することを!」
キョウカが代表して、狭い車内で大声を上げる。
他の先代勇者たちも無言で頷く。
「我々の立場で援助できることがあれば、労力は惜しまぬ! たった今遭遇した魔王の恐ろしさ。抜き差しならぬ状況が迫りつつあるとわかった今、先代だからと安穏としているわけにはいかん! しかし今は貴様たちの時代だ、貴様らが主役だ!」
「オラたちは陰ながらサポートさせてもらうよぉ」
「ですが、あまりに不甲斐なければウチらが取って代わらせていただきますけどね」
「陰に隠れて……、私には気持ちいいポジション」
魔王たちの登場で、唯一ポジティブだと思えた効果。
それは巨大な敵を前に、皆の団結心が一層強化されたことだった。
ただでさえ新旧勇者戦で理解を深め合うことができた。
決戦を前に、バラバラだった世界がますますまとまりを増している。
* * *
車が、ルドラステイツへと到着した。
連戦を乗り越えたカレンさんたちを一刻も早く休ませてあげたい。
そう思って真っ先に車から降りた僕を、意外なものが出迎えた。
「カレンさん、降りてみて」
「え?」
「凄いですよ」
そこには黒山の人だかりができていた。
闘技場で新旧勇者戦を観戦していた人たちばかりでなく、ルドラステイツに住む一般の人々も。
皆、ルドラステイツの望遠装置で戦いを見守っていたのだろう。
地水火風光、すべての勇者が団結してもぎ取った勝利に、誰もが心を奮い立たせたのだ。
「ありがとう! 勇者様ありがとう!」「皆さんはこの街の恩人です!」「皆さんが力を合わせるのを見て感動しました!」「友好万歳!」「五大教団が一つにまとまる時が来た!」
次々車から降りる勇者たちは、この歓迎を一身に浴びる。
魔王たちへの戦慄に冷え切っていた心を、この声援が温めていくのがわかった。
彼女ら全員の頬が、熱に紅潮していく。
「凱旋だ……!」
そう、カレンさんたちの帰還は、まさに凱旋だ。
勝って帰ったのだ。
彼女たちの胸中には、やっと「勝った」という実感が湧き始めていることだろう。
長かった新旧勇者戦。それを乗り越え息つく間もなく始まったスライムとの戦い。
すべてを終えてやっと、カレンさんたちの戦いは報われる瞬間を得たのだった。




