20 共同討伐
翌日になって僕たちはラドナ山地へと向かった。
メンバーはカレンさんと、ミラク、そして僕の三人。
「何で僕まで……?」
山道をテクテク歩きながら、自分の場違い感を思う。
「当り前でしょう! 今回のこと一番最初に言い出したのがハイネさんなんですから、最後まで付き合ってもらいますからね!」
先を歩くカレンさんは、どことなく口調が厳しい。
もしかして彼女、怒ってる?
「あ、ハイネさん今私が怒ってると思いましたねー? 当り前じゃないですかー? 前置きすらなく火の教団本部に連れ込まれて、心の準備もなしにミラクちゃんにアタックさせられた私の精神力がどれだけ削られたか想像もできませんかー?」
心を見透かされた上に極大なプレッシャーをかけられた。
「……たしかに性急だったかもしれません。すみません」
「本当に、もう。たしかに私は、規律に縛られず自由に人々を助けるためにハイネさんをスカウトしましたけど、ここまで自由にやる人とは思いませんでしたよ!」
僕その話、グレーツ中隊長越しにしか聞いてませんけどね。
「私まで助けてくれるとも思いませんでしたし……!」
「そんなに自由ですかね、僕?」
「自由ですよ。どさくさに紛れて勇者のおっぱい触っておきながら何事もなかったことにするぐらいには」
そんなこともあった。
完璧に水に流したつもりだったが覚えてた。ヤバいぞカレンさんは意外と根に持つタイプだ。
「……私、将来ダンナ様になる人以外に自分のおっぱい触らせる気ありませんでした」
「え?」
「だから、あんまり優しくして勘違いさせないでくださいよね!」
カレンさんは一方的に話を打ち切って、先へ走り去ってしまった。
そして僕は、入れ違いになるように後ろからゴツンと殴られた。
「いって!? ……何で殴った火の勇者!?」
「知るか助平男が……!!」
普段から不機嫌そうな顔ばかりのカタク=ミラクだが。何やら普段以上に不機嫌そうな様子。
「光の教団は腑抜け揃いか? 我々はピクニックしに山に登っているわけではない。もう少し緊張感を持ったらどうだ?
「そんなに腑抜けてますかね?」
「まさかとは思うが、この山で果たすべき目的まで忘れてはいまいな? 言ってみろ」
「この山に巣食っているモンスターを退治することでーす」
一年ほど前からこの山地にモンスターが住み着いた。
人間たちによって付けられた名は、炎牛ファラリス。
あまりにも巨大で強大なそのモンスターは、火の教団が送り込んだ討伐隊を数度にわたって返り討ちにするほどで、そのためにラドナ山地は一般人立入厳禁の危険地帯となっていた。
「そんなモンスターがいるなんて全然知りませんでした。光の教団本部は火の教団本部のお隣さんなのに……」
再びカレンさんが会話に加わってくる。
「光都アポロンシティから見て、このラグナ山地はちょうど火都ムスッペルハイムの陰に入るんですよ。その地理関係をいいことに火の教団が全力で隠ぺいしたらしいですね。倒せずに放置してるモンスターがいるなんて、他教団に知れたら恥ですから」
「ちょっと待て! お前何でそんなことまで知っている!?」
ギョッとしているミラクに、僕は平然と言う。
「業炎闘士団の人たちが、ここへ向かう前にもてる限りの情報を渡してくれましたから。ゴツイ見た目に似合わず優しいですよねあの人たち」
「アイツらぁーー!!」
その業炎闘士団も今回同行を願い出ていたが、ミラクによって却下された。
生半可な実力で参加が認められないほどに、これから戦うモンスターが危険ということだ。
「聞くところによると、先代の火の勇者はこれから戦う炎牛ファラリスに敗北して引退を余儀なくされたとか。その後釜になったミラクさんがファラリス討伐に成功すれば、教団内での名声はうなぎ上り間違いなし」
これも業炎闘士団の筋から得た情報だ。
「まさかそのために、実力を試すなんて称してカレンさんに協力させようとか……?」
「バカな、オレは……!」
「私はいいよ、それでも」
言い争いになりかけたところを、カレンさんの一言が制した。
「モンスターを倒した手柄は、全部ミラクちゃんのものでいい。それでまたミラクちゃんと仲良くできるなら。こっちだって無茶なお願いしてるんだもん、それくらいのメリットがミラクちゃんにもないと」
「カレン……?」
「それに、強いモンスターを倒せば周囲の人たちが安心できるのも事実。それが勇者の仕事であることに間違いはない。頑張ろうミラクちゃん! 一緒にモンスターを倒そう!」
そう言ってまたカレンさんは道を先行して行った。
取り残される僕とミラク。
「……またお前、いらん気を回したな?」
「はい?」
「戦いの前に疑念を払拭。聞きづらい話題をあえてお前が持ち出すことで、オレとカレンの間をギクシャクさせることを避けた。もし同じ質問がカレンの口から出ていたら、オレがどう答えてもしこりが残ったろうな。カレンも上手くまとめおった、オレに一言も挟む暇も与えずに」
「やだなあ、考えすぎでは?」
「その上で答えてやる。オレは今回の戦いで手柄を挙げられるなど微塵も考えていない。むしろ逆だ」
「え?」
「今回の討伐は必ず失敗する。オレは無理難題の条件を付けることで、お前たちの提案を突っぱねようとしているのさ。お前たちはまだヤツの恐ろしさを知らんのだ。見ろ」
そう言ってミラクは、進行方法を指さした。
その先は、まだ山道が続くばかりでモンスターなど見当たらない。はずだが……。
「よく見ろ。ヤツはもう我々の視界にいるぞ」
しかしながら僕たちから見えるのは雄大に連なる山脈ばかり。
イヤ待て。その山脈を構成する山の一つが、ゆっくりと動き出した。
それは山ではなく、巨大な牛の背中……?
「そうだ、アレが炎牛ファラリス。五大教団観測史上最大の、超巨大モンスターだ」




