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204 母になった少女へ

 闘技場には、ヨネコさんのゴーレムがまだ一体残っていた。

 それをササエちゃん謹製、女神ゴーレムの一撃が容易く砕く。

 あとに残ったライフブロックの無事を確認し、ササエちゃんはそれを大切に仕舞いこんだ。


「さあヨネコ姉ちゃん! 改めまして勝負だす! オラもう一歩も引かないだすよ!」


 女神ゴーレムを背に、ヨネコさんに挑む気満々のササエちゃん。

 影に隠れてゴーレムに戦わせるのではなく、あくまで自分が先頭に立って切り込むつもりなのだ。

 だからこそ祖母に弟子入りし、大鎌の使い方も勉強している。

 彼女は、これまでの誰とも似ていない独自のスタイルを確立しようとしている。


「ヨネコ姉ちゃん! 素敵なパーリーを始めるだす! ……ヨネコ姉ちゃん?」


 しかし肝心のヨネコさんは、完全に心ここにあらずといった感じで視線を上げていた。

 ササエちゃんの作りだした女神ゴーレムをジッと見上げている。


「ササエちゃん、この姿……。どこで知ったんだよぉ?」

「え? このゴーレムの外見のことだすか? 知らんだすよ、テキトーにこさえたら、こうなったんだす。インスピレーションだす」


 ササエちゃんが作り出した女神ゴーレムの外見は、美人と言っていい。

 ライフブロックから生まれたゴーレムと違って精巧そのもの。形自体も人間そのものだ。

 高名な芸術家が拵えた彫刻にそのまま命が宿ったよう……、というか。極め付けにはモチーフが美しい女性でおっぱいも大きい。

 ササエちゃんは何故無意識にこんな外見のチョイスを?


「まあ今はそんなことどうでもいいだす! 今から互いの命を食らい合うだす! 勇者ササエの真価がここに問われるだす!」


 気炎を上げるササエちゃんだが、やはりヨネコさんは、心ここにあらずと言った風。

 そして……。


「降参だよぉ」


 突然言った。


「この勝負、オラの負けでいいよぉ。これ以上はもう戦えねえ」

「えええぇ~~~~~ッッ!?」


 その宣言に誰より驚いたのは、対戦相手であるササエちゃんだ。


「どういうことだす!! そんなのヨネコ姉ちゃんらしくねえだすよ! 首だけになっても敵の喉笛噛み千切るのがヨネコ姉ちゃんじゃなかったんだすか!?」

「物凄い言われようだよぉ。でもね、さすがにこの姿を見せられちゃあ、毒気も猛気も全部抜かれちまったよぉ」


 と、もう一度女神ゴーレムを見上げるヨネコさん。


「一体どうしただす? オラは何をクリエイトしちまっただすか?」

「全然気づいてないところを見ると、やっぱり無意識なんだねえ。……よく見なササエちゃん」


 そう言ってヨネコさんはササエちゃんの体を抱きかかえ、女神ゴーレムと向き合わせた。


「アンタのお母さんだよぉ」

「母ちゃん!? オラの母ちゃんは石巨人だったんだすか!?」

「いやいや、そうじゃなく。このゴーレムがアンタの母ちゃんそっくりだって言ってるんだよぉ」


 え?


「母ちゃん? オラが赤子の時に死んじまった母ちゃんだすか!?」

「その様子じゃやっぱり知らなかったんだねえ。フルエ姉さんは、ササエちゃんから見れば母親であるだけでなく、先々々代の勇者でもある。結婚を機に引退してササエちゃんを生んだんだよぉ。そしてあの事故にあった」


 グランマウッドの根によって引き起こされた局所地震。それによって家屋が倒壊し、ササエちゃんとヨネコさんの両親は瓦礫の下敷きとなった。


「オラはさ、今でも考えることがあるんだよぉ。何故あの時、家になっとるゴーレムがオラとササエちゃんを守ってくれたんか? フルエ姉さんも、現役時は名うてのゴーレム使いだった。自分自身が瓦礫に潰される寸前、神気を飛ばしてゴーレムに命令することもできたんじゃないか、とよぉ」


『娘を守れ』と。

 自分の死を前になお娘を守ろうとした母の想いが、無生物のゴーレムを動かした?


「実際のところはわからねえ。どんだけ巧みなゴーレム使いでも、神具もなしに離れたライフブロックに指示を飛ばすのは至難の業だしな。元々才能に恵まれとったササエちゃんが、赤子ながらの無意識に自分を守るよう命令したってこともありうる。だがよぉ……」


 ヨネコさんは別の方向へ歩く。地の教主のお婆さんが預かっていた自分の子供を抱きかかえる。


「オラも今は母親だ。だからこそ、あの時自分やササエちゃんの親どもが、死を前にしてどんな気持ちだったか考えることが多くなった。昔はただ、自分から大切なものを奪っていった『御柱様』が憎い、それと同類のゴーレムも憎い。そう思うだけだったのになあ」


 みずから腹を痛めて生んだ子供を抱きしめるヨネコさん。


「この憎しみは一生消えることはねえ。イシュタルブレストの人間は皆頑固者だからよぉ。でもな、今日この時、石像になってまで我が子を守ろうと現れたフルエ姉さんを見て、叱られたような気がしたんだよぉ」


 ……。


「『お前は、母親になったのにまだ自分のことにしか拘れんのか』とな。オラが一生ゴーレムを憎むとしても、そんな姿を子供らに見せちゃいけねえ。子供らから『醜い母親』だと思われることは苦しすぎるよぉ」

「ヨネコ姉ちゃん……」

「ササエちゃん。アンタがオラと同じ境遇なのにゴーレムを憎まずに済んだのは、小さくて何も覚えてないからだと思ってたけど。少し違うのかもな。アンタはゴーレムに愛されているんだよぉ。それか、ゴーレムに宿ったフルエ姉さんの魂にな」


 せっかく錬金されながら、戦うことなく出番を終えてしまった女神ゴーレム。

 その姿を改めて見上げるササエちゃん。


「これがオラの母ちゃんだすか……」


 ゴーレムのおかげでエーテリアル文明の伝播が遅れたイシュタルブレストでは、写真などの記録媒体も発達していなかった。

 ササエちゃんが物心ついて初めて見る母親がこれだというのも、あり得る話かもしれない。

 そんな間にも、ヨネコさんは自身の祖母である地の教主に語り掛ける。


「ホラ、祖母ちゃんも泣いてねえでしっかり見といてやりなよぉ。久しぶりの娘の姿だよぉ」

「うるせえ! 泣いてなんかないさね!」


 ああ、なんか急に黙ったと思ったら……。


「しかし祖母ちゃんも人が悪いよぉ。この戦いで一皮剥けさせようとしたのは、ササエちゃんだけでなくオラもだったんだなあ。おかげで、少しはマシな母親になれるかもしれねえよぉ」


 憎しみに固執するよりも、愛することを子供に教えるべきだと気づいたヨネコさん。

 無意識のうちに見知らぬ母親を作りだしたササエちゃん。

 地の勇者の対戦は、思わぬ情趣を漂わせながら終焉となった。


「さ、審判の兄ちゃん。締めておくれよぉ」

「え?」

「さっきの聞いてなかったんかい? オラ降参したんだよぉ。だったらやるべきことは一つだよぉ」


 そうだ、僕は今審判なんだからやるべきことをしなくちゃな。

 つまり、試合を始めて終わらせること。


「第三試合、先代勇者側の降参宣言によって、現役勇者チーム、ゴンベエ=ササエの、勝…………!」

『待て!』


 いきなり、キィィンというハウリング音と共に放送音声が轟き渡った。

 この声は……!


『降参は認めない、試合続行を命令する!』

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