202 ゴーレムを憎む
ヨネコさんがばら撒いたライフブロックは十個ほど、そのすべてがゴーレムに変形済だ。
しかしヨネコさんはそれを片っ端から斬り裂き、消滅させていく。
ゴーレムで押し込め、ササエちゃんごと斬り裂こうとすることもあるが、まったく関係なしに両断することもあった。
明らかにゴーレムを損壊させることの方に重きが置かれていた。
「やめるだすヨネコ姉ちゃん! ゴーレムは今や貴重なんだすよ!」
「そんなこと知ったこっちゃないよぉ!」
相変わらず防戦ながらも、ササエちゃんは必死に抗議する。
「わけがわからないだす! ヨネコ姉ちゃんならこんな手使わんでも充分オラに勝てるじゃないだすか! 強者の小策ほど意味不明なものはないだす!!」
「ササエちゃん……、オラは後悔しとるんだよぉ。勇者を辞めるんじゃなかったって」
「え?」
「勇者を辞めて早一年、たった一年待っていたら、この手で『御柱様』に一太刀浴びせる機会に恵まれていたのにねえ。ホンに残念だよ。だから仕方なく、その残りカスのゴーレムを斬り刻んで憂さ晴らしするんだよぉ!!」
また、彼女の荒れ狂う刃がゴーレムを両断した。
これはもう、完全に試合にかこつけたゴーレムいじめだった。それだけのゴーレムに対する憎悪を、ヨネコさんから感じる。
どうして彼女は、そんな憎悪を……。
「……ヨネコはな、オラの五番目の息子の子供で。ササエは八番目の娘の子供だ」
「え?」
僕の隣にたたずむ、地の教祖のお婆さんが言った。
今戦っている二人の祖母でもある。
「両方とも死んだ」
「えッ!?」
さらに衝撃的なことを言い出す。
死んだって、つまりササエちゃんとヨネコさんのご両親が?
「同じ事故でな。あの日はササエ一歳の誕生日で、ヨネコの両親が祝いに訪ねにいっとった。無論ヨネコも一緒にな。当時あの子は十歳だったか。オラや他の兄弟もあとで訪ねる予定だったが、その前に事故が起きた」
その日イシュタルブレストの一部を大きな地震が襲い、いくつもの建物が倒壊したそうだ。
ササエちゃんの家もその一つだったとか。ササエちゃん一家と、その日偶然訪問中だったヨネコさんの家族も倒壊した家に押し潰された。
「生き残ったのは、幼いササエとヨネコの二人だけだった。あとになってその地震は、より多くの栄養を取ろうと『御柱様』が地下に根を伸ばしたことで起きたんだとわかった」
「え……?」
「揺れた地域があまりにも限定的だったからね。それからさ、ヨネコが『御柱様』と、それにまつわるゴーレムを嫌うようになったのは。事故が起きてから、二人は他のオラの子らに引き取られて育ったが、ヨネコはゴーレムを嫌うがゆえに人付き合いがうまくいかなくてね」
あんな福々しく笑うヨネコさんにそんな過去が。
「その分ヨネコは、年寄りのオラに懐いた。そして自然とオラの技を覚え、イシュタルブレストで並ぶ者がないほどの鎌使いとなった。その技をもってあの子を勇者に推したのはオラさ。勇者となって、ゴーレムが人々を助ける様を直に見ていけば、あの頑なな態度も少しは治るんじゃないかと思ってねえ」
「でも……、あの様子を見る限り……」
「ああ、勇者として勤めた数年間も、あの子の根っこに巣食う憎しみを洗い流せはせなんだ。結局人間、芯のところは死ぬまで変わらんのかもしれんね」
そうしている間も、戦いは佳境を迎えていた。
ゴーレムは最後の一体となり、それ以外はすべてライフブロックを両断されて消滅してしまっていた。
その最後の一体とヨネコさんとの間に、ササエちゃんは庇うかのようにして割って立ちはだかる。
「ヨネコ姉ちゃん! もうやめるだす! 変なことやめてオラと真面目に勝負するだす!」
「オラを真面目にさせる実力もないクセに大口叩くよぉ。でも、オラと祖母ちゃん以外の勇者は全部そうさ。ゴーレムなんてキワモノに頼って、自分を磨くことを忘れた」
ヨネコさんの鎌が、ササエちゃんに突き付けられる。
「今日祖母ちゃんがオラを呼んだのも、そのことをアンタに教えるためだよぉ。ササエちゃん思い知りな。ゴーレムはもう生まれない。それに頼った戦い方なんて何の意味もないんだよぉ。アンタは今日をもって心の奥底からも完璧にゴーレムを捨てて、オラや祖母ちゃんのような本物の地の勇者に生まれ変わるんだよぉ」
「そんなことはわかっとるだす……!!」
ササエちゃんは全身を激しく震わせた。
「でもヨネコ姉ちゃんの言っとることは間違っとるだす!! イシュタルブレストの人たちはゴーレムと一緒にここまでやってきただす。それを忘れて心からもゴーレムを捨てろなんて、ただの恩知らずだすよ!!」
ササエちゃんのその姿勢は、徹頭徹尾変わらない。
どんな時でもゴーレムを信じ抜き、共に歩もうとする。裏切られようと他者からけなされようと。
その頑なさは時折り僕すら圧倒されそうだ。
「不思議なもんさ。ササエとヨネコ、同じ事故を経験しながら一人はゴーレムを憎み、もう一人はゴーレムを慕う、まったく逆方向へ行っちまった」
再び地の教主のお婆さんが、僕の隣で語る。
「兄ちゃんや、お前さは知っとるだろうが、イシュタルブレストに立つ家のほとんどは、ゴーレムが変質したもんだ。あの日倒壊したササエ一家の家もそうだった」
「何の話です?」
「崩れた家の下敷きになって、ヨネコとササエの二人だけは助かった。それは何故か? ゴーレムが二人を守ったからさ」
えっ?
ゴーレムが二人を? どういう意味だ?
「あの日、ササエの家を形作っとったゴーレムのコアは、咄嗟の倒壊に対処しきれなかった。しかし遅れながらも崩れた建材を取り込み、変質させることで屋内にいる者を守ったんさ。そうして助かったのがあの二人だ」
当時十歳だったヨネコさんは、親から言われてまだ一歳のササエちゃんを見ていたという。
両親は晩餐の準備のために台所へ、それが死命を分けた。
家が倒壊した時、ヨネコさんは自分を盾にして、まだ物心も付いていないササエちゃんを守ろうとしたらしい。
しかし瓦礫は二人を襲わなかった。その前にライフブロックが瓦礫を取り込み再構成し、シェルターとして二人の上に被せた。
そのために多くの死傷者を出したその地震で、二人は怪我一つなかったそうだ。
不思議なのは、あらかじめライフブロックに書き込まれた命令以外は実行することができないゴーレムが、何故ひとりでに二人を守るように動いたのか。
「今となっちゃあその理由は不明だ。でもね、ライフブロックに書き込む以外にゴーレムに命令を伝える方法。それは勇者級の神気でゴーレムに命令を流し込むこと。誰かがゴーレムに神気で命令したのか? それもよくわからねえ……」
それでもただ一つ言えることは……。
「幼くしてゴーレムに命を救われたササエは、まさにゴーレムに愛された子供。その才能、その資質は、誰にも劣らぬもんだ。だからこそあの子は十三なんて若さで勇者になれた。伊達に幼くして抜擢されたわけじゃない……!」
ササエちゃんは満身創痍でも雄々しく直立する。
「ヨリシロ様!」
そして何故か、いきなり光の教主の名を呼んだ。
「申し訳ないだすが、ヨリシロ様より教わった新技、ここで披露させてもらうだす! この戦いオラにとって絶対負けられない戦いになっただす! 今度こそ正真正銘全力を尽くすだす!」




