201 ゴーレムを愛し
ササエちゃん劣勢。
その様子を私――、コーリーン=カレンは仲間たちと共にハラハラ見守っていた。
「ああもう! 何やってるのよササエッちは!? こんなに心臓に悪い戦い求めてないわよ!!」
「一撃でも食らったら終わりの斬撃を息つく暇もなく連発される。今のところ全部よけられているが、正直いつ終わってもおかしくないな」
既に勝利で戦いを終えたミラクちゃん、シルティスちゃんも、その形勢の最悪さに脂汗を掻いていた。
まるで自分自身が窮地に追い詰められているかのように。
「肉弾戦型とゴーレム型……。歴代地の勇者が二つのタイプに分けられるのはわかったが、ではなぜササエ殿はゴーレムを使わぬのだろうか? ただでさえ実力が上の相手。その得意分野で挑んでは、益々勝ち目はないだろうに……!?」
ヒュエちゃんのもっともらしい疑問に、他の皆も同意する。
「そうよ! ササエッちもゴーレム使って自分のテリトリーに引きずり込んじゃえばいいのよ!」
「年齢のせいで我々の中でも一番弱いと見られがちなササエだが、ゴーレムの存在を考慮に入れれば、その認識は完全に間違いだ。むしろアポロンシティではゴーレムを使いオレとカレンとシルティスの三人と互角に渡り合った」
ゴーレムさえ使えば、あのヨネコさんだって決して勝てない相手ではないはず。
でも……。
「ササエちゃんは、ゴーレムを使わない。絶対に」
私の言葉に、他の三人が注目してきた。
「え? なんで?」
「そういえば前回のルドラステイツでの戦いも、ササエはゴーレムを使う素振りも見せなかったな」
以前聞いたことがある、ササエちゃん本人の口から。
「ゴーレムは、地のマザーモンスターであるグランマウッドが生み出していたでしょう? でもそのグランマウッドはハイネさんが消滅させてしまった。ゴーレムはもう新しく生まれることはなく、今いるもので全部。これから増えることはなく、少しずつ数を減らしていって、何十年後かには消えてしまうだろうって……」
「うん、まあ……」「そういう話だったな……」
だからこそササエちゃんは決めた。
彼女はもう戦いにゴーレムを利用しないと。
もはや数を限られて、減っていくだけでしかないゴーレム。それを戦いの前線に押し出すことは、ゴーレム減少を加速させることでしかない。
戦いこそ、その矢面に立つ者を傷つけ、損なわせるものだから。
「……ササエちゃんは言ってた、ゴーレムには他にもっと大切な役目があるって」
『ゴーレムたちは、「御柱様」騒動で崩壊したイシュタルブレストを立て直すのに必要だす! ギザギザになった地面を平らにして、家を建て直してもらうだす!』
『それなのにゴーレムを戦いに駆り出してはいかんだす! ゴーレムはもう新しく生まれないから、数は限られているだす!』
『もちろんモンスターが襲ってきたら、人々を守ってもらわねばならんだすが、それでもオラだけは守られてはいかんだす! 何故ならオラは勇者だから!』
『勇者は、人々を守るためにいるだす! そのオラがゴーレムに守られてはいかんだす! ゴーレムが次々生まれてくる時代ならよかったかもしれんだすが、今はもう昔とは違うだす!』
『自分を守る力のある勇者は、自分の力で何とかやっていくだす! そしてその分ゴーレムにはイシュタルブレストの人々を助けてもらうだす! 人々を守るゴーレムをオラが守る。それがオラの勇者のお勤めだす!』
だからササエちゃんは、戦いにゴーレムを使うことをやめた。
そして地鎌シーターを使う戦い方を一から学び直し、地の教主のお婆さんに学び、ヨリシロ様にも学び、自分の新しいスタイルを確立し始めている。
「ササエッち……、アホのように見えて、そんなにちゃんとしたことを考えていたなんて……」
「戻ってきたら抱きしめて褒めたたえてやろう……!」
「ただの子供だと思っていたのに、立派な童女ではないか……!」
皆が漏れなく感涙している。
ササエちゃん……。
ゴーレムに守られる勇者から、ゴーレムを守る勇者を目指すことにしたアナタにとって、今日のヨネコさんとの戦いはまたとない貴重な試練になるはずだよ。
ゴーレムに頼らない超肉弾戦型の地の勇者。
勝っても負けても、その経験はササエちゃんにとって意味あるものになる。
でもそのためには、何よりまず全力で戦わないと。
* * *
そして現場のクロミヤ=ハイネでございます。
勝敗はもはや決したかのように見えた。
ササエちゃんは度重なる斬撃を紙一重でかわしながらも、かわしきれずに薄皮一枚ほど斬り裂かれ、そうした切り傷が重なって今や漆掻きされた木のように傷だらけだった。
血も流れ、出血が彼女から体力を奪いまくる。
「全然速さが追い付けてないよぉ。何故かわかるかい?」
対していまだ掠り傷一つ負っていないヨネコさんが語る。
「アンタの地鎌シーターは、人間一人が扱うには大きすぎるんだよぉ。元々ゴーレムに振り回させるのを想定して作られているからねえ。ちゃんと人間用にあつらえたオラの鎌とじゃ手回りのよさに差がありすぎるんだよぉ」
たしかにササエちゃんの大鎌は、大きすぎるがゆえに動作は大振りにならざるを得ず、適正な大きさで最短距離を最速で動けるヨネコさんの鎌を追い越せない。
ササエちゃんが攻撃するうちにヨネコさんは自分の攻撃を終えて、安全な距離まで退避できてしまっている。
「ゴーレムを使わないのかいササエちゃん? 今日はそれが楽しみで、上の子たちを旦那に頼み、下の子を祖母ちゃんに預けてまで来たって言うのに……」
「オラはもう、ゴーレムは使わんだす!」
挑み返すようにササエちゃんは宣言する。
「ゴーレムは、イシュタルブレストの人々のために使われるんだす! 勇者はそれをお邪魔してはいかんのだす!」
「……そうかい」
ごす、ごす、と床に何かが落ちる音がした。
ヨネコさんの服の中から、何かが零れ出たのだ。それはまるでレンガのような、硬い立方体だった。
「それはッ!?」
いくつもある立方体を見て、ササエちゃんが驚く。
「ライフブロック! ゴーレムの核ではないだすか! なして!?」
「今日の戦いに出る条件として、祖母ちゃんから貰ったんだよぉ。ササエちゃん、アンタが使わないなら、オラが使わせてもらうよぉ」
ライフブロックは、地面の床石を吸収して巨大な人体を形成していく。もはや見慣れたゴーレム精製シーンだ。
「意外だす! ヨネコ姉ちゃんは現役時代だって、ゴーレムを使った戦いはしなかったんじゃないだすか!?」
「一度やってみたかったんだよぉ、こういう戦い方を」
ヨネコさんが、再びネコ科の猛獣のごとき動作でササエちゃんへと飛びかかる。
しかし、その軌道上には精製を終えたゴーレムが一体いた。
ササエちゃん、ゴーレム、ヨネコさんと一直線に並ぶ。
あの位置関係ではゴーレムが邪魔になって、ヨネコさんはササエちゃんを攻撃できないはず……!
と思いきや……!
ザン! と振り下ろすヨネコさんの鎌がゴーレムを一刀両断した。
「なッ!?」
「なんだす!?」
その切り口を押し分けながら、ヨネコさんはササエちゃんに接近。ゴーレム越しで視界が閉ざされていたために、反応が遅れたササエちゃんは咄嗟に後退しつつも、より深い斬撃を食らってしまう。
「ぎゃあッ!?」
そして両断されたゴーレムは、核たるライフブロックまで斬り裂かれたのだろう。グズグズの土くれとなって崩れ去っていった。
「ヨネコ姉ちゃん! 何てことするだす!」
ササエちゃんは自分のケガより、ゴーレムを捨て石のように潰されたことに激昂した。
「『御柱様』がなくなって、ゴーレムはもう新しく生まれないんだす! 貴重なんだすよ!? それをこんな無体に扱うなんて、いくらヨネコ姉ちゃんでも許さないだす!!」
これまで見たことがないような怒りのササエちゃんだが、ヨネコさんはそれを受けても涼しげだった。
むしろ不気味さすら感じられた。
「オラにとっては当然のことだよぉ。貴重なら、益々潰していかなくちゃなあ」
「なッ!?」
「なんでオラが鎌使いの勇者になったと思ってるんだい? ゴーレム全盛のこのご時世に、何故ゴーレムを使わない? 答えはな、簡単なことだよぉ……!」
ヨネコさんが、これ以上ないほど不気味に笑った。
「ゴーレムが大嫌いだからだよぉ。だからゴーレムは、さっさとこの世界から消してしまうんだよぉ……!」




