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198 憎むべきは

 これは……、試合終了ということでいいんだろうか?

 フッ飛ばされたサラサは何とか立ち上がるものの、疲労困憊でほとんど動けそうにない。

 武器である神具も壊れて失ってしまったし、この状態での逆転勝利はいくらなんでも不可能だろう。


「……えー、試合終了、勝者シル……」

「待ちやッッ!!」

「ヒィッ!?」


 物凄い剣幕で怒鳴られ、押し黙る僕。

 まだやるというのかサラサは?


「ウチはまだ……、負けてない……! シルティスさん、アンタを倒す……!」

「…………」


 その鬼気迫るサラサを、シルティスは湖面のような穏やかさで見詰めていた。

 こんな様子を見ていると彼女の方が年上じゃないかと思えてしまう。


「……アンタさ、なんでそんなにアタシのこと嫌いなわけ?」

「……!」

「こんなこと言うのなんだけど、アタシとアンタってそれほど接点ないじゃない。アンタの引退を受けて、アタシが後釜に決まるまでは会話すらしたことなかったし。少なくともアタシはアンタ個人に嫌われるようなことした覚えはないわ」

「そっちにはなくても……! こっちにはあるんです……!!」


 やっぱり嫌われてたのか……! という気疲れした溜め息がシルティスから漏れる。


「……これもあんまり言いたくなかったんだけど、試合が始まる前にパパから聞いたわ」


 パパとは、水の教団教主ル=アジュールのことだ。

 公式に認められていないが、シルティスとは実の父子関係にある。


「アンタ、嫁ぎ先には無断で今日の試合に参加したんですって?」


 え?

 どういうこと?


「アンタが勇者を辞めて嫁いだラ家は、ハイドラヴィレッジの名門商家。その気になれば次の水の教主を狙える立ち位置にいる。今回ケンカを吹っかけてきたのも、そうした野心の一旦かと思ったら、今朝早くその当主から急便が届いたんだって」


 ラ家当主とは、サラサから見たら結婚相手の父親――、舅ということになるそうだ。

 その便りに曰く……。

『今回は息子の嫁が勝手なマネをして大変申し訳なく思っている。我が一族は水の教主と対立する気はなく、すべて嫁の独断である。必要とあれば息子と嫁を離縁させ、我が一族の潔白を証明する用意がある』

 ……と。


「アンタにとって今の嫁ぎ先って、勇者を勤め上げて箔つけて、やっと収まった玉の輿でしょう? 夢のセレブ生活を捨ててまでアタシを嫌う理由って何よ?」

「…………」


 サラサは答えない。


「……………………ひょっとして、アタシが教主の愛人の娘だからって毛嫌いしているの?」

「違います! そんなことどうでもいい!」

「じゃあ何?」

「アイドルだからです! 勇者のクセにそんなチャラチャラしたお遊びに熱中して! 本当に許せません!」


 サラサの宣言を聞いて、それこそシルティスは「えー?」としょっぱい顔になる。


「それこそアンタに迷惑かけてないじゃない。……いや、それもまたアタシなりの考えがありまして……」

「いいえ! かけてます! 立派に迷惑かけてます!」

「ん?」

「ウチにとっては、厳しい勇者の務めを乗り越えて、やっと巡り合った良縁……! 大富豪ラ家当主の三男、長身スポーツ万能イケメンの高学歴……!」


 これはまた聞けば聞くほど優良物件。


「そんな彼と結婚できて本当に幸せだったのに……! よりにもよってあの人が……。


アンタさんの大ファンだったなんてッッ!!」


 …………。

 …………………………ん?


「え? ファン? つまりアイドルとしてのアタシの?」

「そうです! 彼ったら専用の部屋を作って、そこにアンタさんが売り出してるアイドルグッズを満載にしてるんですよ! 本当に気持ち悪い! ライブもかかさず見に行ってるとか自慢気に語るんです、妻であるウチの前で! その時のウチの気持ちがわかりますか!? 想像できますか!?」


 うわあ……。

 それは、キツイ……。


「うわあ……、それは、まあ、応援ありがとうございます」

「お礼なんかより謝ってください! 最近なんか職人に注文して、等身大のアンタそっくりな人形まで作らせようとするし……! さすがにウチ泣いて止めましたけど……!」


 金持ちはやることが……!


「もうウチの女のプライド、ズタズタです……! 彼が留守の時にアイドルグッズ全部捨ててしまおうかと何度思ったか……! でもそんなことして愛想尽かされたらと思うと怖くて……! それ以外は本当に金持ちでイケメンで優しい旦那様やのに……! 酷い、酷すぎますぅ……!」


 ついに突っ伏し泣きを始めてしまうサラサだった。

 結婚相手がご執心のアイドル――、即ちシルティス。それへの嫉妬というか、私怨というかが、先代水の勇者サラサのこの戦いに掛けるモチベーションだったのか。

 なんか一気に哀れになってきた。


「うーん、知らないうちに先輩の旦那の心を奪っていたなんて。罪な女ねアタシ」


 シルティスさん。

 冗談言ってる場合じゃないですよ。アンタいつか見知らぬ女に背中刺されたりしませんかね?


「さすがに申し訳なくなってきたなあ。アタシだって好んでヒト様の家庭崩壊させるほど性格捩じれた女でもないし。何かこう、上手く宥めてあげる方法はないかしら?」

「今回の勝ち、譲ってあげる?」


 と僕が提案してみたら……。


「それは絶対しない」


 だよね。

 それでこそ僕らのシルティスだ。

 とりあえず彼女は、泣き崩れた先輩を一時放置して、観客席へ呼びかけた。


「みんなー! アタシのこと応援してくれるのは嬉しいけれど、家族のことも大切にしてあげてねー!!」


 おー、という悲壮な返事が客席からこだました。


 第二試合。水の勇者戦。

 現役シルティスvs先代サラサ戦は、シルティスの勝利で終わった。

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