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195 感謝の一閃

 戦いは酸鼻を極めた。

 基本的な神力差のためにミラクは常に防戦を余儀なくされ、時に自分の炎流を砕かれて火傷を負いつつも、そのたび際どく致命傷を避けながら土俵際で耐え凌いでいる。

 それに対してキョウカは傷一つなく、息切れすらしていない。

 今は攻撃の手を一時緩め、体中から煙を上げる妹弟子を見下ろしていた。


「いい加減負けを認めたらどうだ? 今の貴様ではオレ様には勝てん。自分の強さの原点を忘れた、今の貴様にはな」

「強さの……、原点?」


 それでもミラクは闘争意欲を忘れず、フラフラながらも立ち上がる。


「貴様と初めて出会った日のことを、オレ様は今でも覚えている。……もう何年前だったか。業炎闘士団入団試験の日、オレ様は試験官として会場にいた。そして試験を受けに来た貴様に出会った」

「…………」

「お前の火の属性値は二百にも満たなかった。普通ならば当然不合格だ。しかし貴様はそれでもオレ様に食い下がってきた」


『絶対火の勇者になりたい』のだと。


「このオレ様がガキの熱意に押し負けるとは……! 結局貴様は、オレ様から師匠に頼むことで何とか業炎闘士団入りを許された。しかし貴様にとって、それからはまさに地獄だったろう。常に他より数歩遅れながらの特訓の日々。教官に怒鳴りつけられ、同輩からは見下され、それでも貴様は努力し続けてきた」


 聞いたことがある。

 ミラクが火の勇者になるためにどれだけ努力してきたか。

 しかしそのために彼女は……。


「そして貴様は宣言通りに火の勇者になった。貴様より才能ある者は他にいくらでもいたのに、それを押しのけて勇者の座を掴み取ったのは何より努力のなせる業だ。努力。それこそが貴様の持つ最強の力。しかし今お前は、自身最高の美点をみずから腐らせようとしている。慣れ合いによって」


 キョウカは再び、双炎拳に神力を込め始めた。


「オレ様は貴様の先輩として、その間違いを正さねばならん。そのためにオレ様は、師匠に背いてまでこの戦いに参加した!」

「キョウカ姉者……」

「一度敗北の恥辱に塗れ、自分が何者であるかを見直すがいい! そしてお前なら辿りつける、さらなる高みを目指すのだ!」


 ミラクが、フラフラになりながらも戦いのかまえをとった。正中線はしっかり不動。


「オレはアナタのことが嫌いだった」

「何……!?」

「アナタはオレとはまさに正反対。生まれつき持った高い火の属性値で、何の障害もなく火の勇者まで上り詰めた。才能のないオレを常に傍に置き、見下して苛め続けたのは、そうやって優越感に浸りたかったからだと思っていた」

「…………ッ!!」


 戦いの最中だがわかる。

 ミラクの怨詛を聞くキョウカの鼓動が、歪に速まっていく。


「アナタが炎牛に敗れて、勇者の座を降りた時、オレは密かに喝采していたのだ。ようやくあの女の高い鼻っ柱が折れたと。ざまあみろと思った。……でも、そう思うのは、全部間違いだった」

「…………!?」

「オレの卑屈な僻みは、全部間違いだと教えてくれた人がいた」


 ミラクの視線が、一度僕の方を向いた。

 そして、観客席の方へ。


「ミラクちゃんッ!!」


 カレンさんが観客席にいた。

 風の教団の精密検査を終えたのか?


「頑張ってミラクちゃん!! 負けないで!」

「そうだすミラク姉ちゃん! ど根性だす!」「アタシの前座で負けたら承知しないわよ!」「ミラク殿! 集中です!」


 カレンさんだけじゃない、あとに自分たちの試合を控えた他の勇者たちも、仲間への声援を惜しまない。


「過ぎた努力は心を歪ませ、大切な何かを忘れさせてしまうのだそうです。オレは何故強くなろうとしていたのか。何故勇者になりたかったのか。そんな大切なことをつい最近まで忘れてしまっていた。……アナタへの感謝も」

「何……ッ!?」


 僕が初めて出会った時のミラクは、今とはまったく別人のミラクだった。

 見る者すべてを敵視し、古い友人であったカレンさんすら拒絶して、罵声を浴びせても平気な顔をしていた。

 キョウカの言う、地獄の修行時代。

 その余りに厳しすぎる日々が、成長と引き換えにミラクの心を少しずつ歪めていった。

 それが正しいことなのか、間違ったことなのかはわからない。

 しかし今のミラクは、その頃のミラクとも違う。

 血を吐く思いで養ってきた力と、一時は忘れていた幼き日の大切な記憶を思い出した、すべてを兼ね備えたミラクなのだ。

 カレンさんの尽きることなき友だちを思う心が、今のミラクを完成させた。

 そうして出来上がった新しいミラクは、他にも自分が大切なものを持っていたと知る。


「今ならハッキリわかる。アナタがいてくれたからオレは勇者になれた。アナタが拾い上げてくれたからオレは業炎闘士団に入団できた。それからもアナタはオレを傍に置いて、大切なことを教えてくれたり、得難い経験をさせてくれた。ご自分の引退の時、後継にオレを指名してくれたということも後で聞きました」

「ミラク……! ミラク……!」

「アナタに大切に育ててもらったからこそ、オレはここまで来れた。そんな大切なことを忘れ、一人でここまで来れたと驕り高ぶるオレを、仲間たちが叱ってくれた。たくさんの大切なことを思い出させてくれたのです。……その感謝を拳に込めて放ちます。キョウカ姉者、アナタも全力で応えていただきますよう!!」


 ミラクの中で、火の神気が温度を上げ始めていくのがわかる。

 静かに、しかし熱く。超高熱がミラクの中で鼓動する。


「おのれ……! おのれェェーーーーーーーーーッッ!」


 対してキョウカは激烈だった。

 双炎拳から放たれる炎流は、これまでで最大規模。

 これは彼女の心境をそのまま表しているのか。あまりに巨大で激しい。


「ミラク! ミラク! 受け取れオレ様の最大出力『フレイム・バースト』ォォッッ!!」


 まるで炎の津波と思えるような大炎流がミラクを襲った。

 あれに襲われたら人間など消し炭ではないのか?

 しかしミラクは、逃げる素振りすらせず真っ向から、後ろへ大きく引き絞った左拳を、突き出した。


「括目せよ! 我が新技、名づけて『炎剣穿』!!」


 炎拳バルバロッサから解き放たれる、細い細い収束した炎の剣。

 炎の剣が伸びてキョウカへと走る。まるであれはカレンさんの『聖光穿』じゃないか!?

 ミラクの炎剣は、キョウカの炎の大波を貫通し、その向こうにいるキョウカへ届く。


「ぐがッ!?」


 見事その胸に命中し、先代勇者はそのままフッ飛ばされた。

 しかし本体がやられたからといって、既に放たれた火の大波が消えることはない。

 小さく穿たれただけの大波はそのままの勢いでミラクを襲い、飲み込んだ。


「危ない!」


 慌てて僕は観客席にまで達しようとした火の波に暗黒物質を浴びせかけ、鎮火させる。

 間一髪だった。客席への影響を考える余裕がないほど白熱していたって言うのか?


 闘技場では、火の波を頭から被ったミラクが、体中こんがり焼けながらも、それでも立っていた。しっかりと立っていた。


「ミラク……、大丈夫なのか?」


 恐る恐る尋ねる僕に、ミラクは快活に答えた。


「この程度で倒れるようではマザーモンスターの相手は務まらん」


 そうだな、炎牛や大海竜の攻撃はもっと凄まじかったしな。

 一方、ミラクの新技をまともに食らったキョウカは、大の字になって寝っ転がっていた。

 起き上がる素振りはない。

 大ダメージを負いながらもそれでも立っているミラクと、明確な違いができた。

 僕は宣言した。


「第一試合、火の勇者戦は、現役勇者カタク=ミラクの勝利!!」

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