187 亡霊
「皆、再下賜されたばかりの神具をすぐさま使いこなせていますね。さすがと言うべきですか」
「?」
隣に座るヨリシロの呟きに、僕は引っかかった。
「本来人間は、どれほど上手く神力を操ろうと当人だけで神力攻撃などはできません。それができるのは、神具を使うからです」
それぐらいは僕も聞いたことがある。
神具とは各教団が聖別した鉱物を材料に作られた、いわば神気増幅器。
持ち主の放つ神気と共振し、何倍にも増幅して放つからこそ人は神気を戦いに活用できる。
ちなみに聖別鉱物は地水火風光、どの属性の神気に共振するかがあらかじめ決まっていて、各教団は各自の属性に共振する鉱物だけを聖別できる。
だからこそ、たとえば光の教団では光の神気だけに共振する聖剣サンジョルジュや、極光騎士団の人たちが使う光の短剣が製造され、光の神気に適性のある人材が重宝される。
「勇者も、その下にいる教団所属の戦士たちも、引退の際には自分の神具を教団に返却することが義務付けられます。教団から離れてなお神気の武力を振るわれては困りますから。しかし先代勇者たちには本日、特別な配慮として現役時代に使っていた神具を一時的に再下賜してあるのです」
それがヨネコさん、キョウカ、サラサが使っている神具と言うわけか。
「勇者たちには代々専用の神具をオーダーメイドされるのですが、新旧の勇者級神具がぶつかり合うのはこれが初めてかもしれませんわね。どういうことになるか、わたくしにも想像がつきません……」
* * *
ジワジワ追い詰められつつあるのはたしかだ。
シルティス、ヒュエ、ミラク同様、ここにも圧倒的不利な状況に追い込まれた少女がいる。
地の勇者ゴンベエ=ササエ。
それに対する相手は……、まったく初めて見る誰かだった。
本当に誰か心当たりがない。
しかし一つだけ言えることがある。怖い。そして不気味だ。
女性であることはわかるのだが、ボサボサに乱れた髪が腰回りまで延びて、完全に顔を覆い隠している、それが怖い。
姿勢も猫背で怖い。着ている服も、とても人前に出るものとは思えないワンピ―スタイプのパジャマで怖い。
とにかく怖い。
なんだあの怖い女は!?
「ヒィー! 怖いだす! ただ立ってるだけで怖いだすよ、この人!!」
ササエちゃんも当然のようにビビりまくっている。
観客たちも、闘技場に一人怖いムードを作り上げる謎の女性に息を飲んでいる。
そこへ……。
「ササエ殿! 気をつけろ! ソイツは危険だ!」
風の勇者ヒュエだ。
自身、苦戦を強いられながらも必死に仲間へアドバイスを送る。
「ヒュエ姉ちゃん! オラにまで敬称をつけてくれるなんて優しいだす!」
「そのドン暗い女はブラストール=ジュオ! 先々代の風の勇者だ!」
やっぱり、先の出場者名簿に載ってたあの人か。
「元来は風の教団随一の研究員。風の神気とエーテリアル技術双方を習熟し、新しい理論を生み出すまでに至った! その成果を買われて鳴り物入りで風の勇者となったのだが、ろくにその責務を果たそうとせず研究室にこもり切り、ついには勇者の称号を剥奪された超級の札付きだ!!」
「何だすか、それ!? 引きこもり勇者とか聞いたことないだす!?」
本当に何なのだよ、その人?
「しかし実力は本物だ! よりにもよって今回コイツが外に出てくるとは……。うわッ!?」
ヒュエだって相性最悪の火の先代勇者に攻めたてられ、決して楽な状況ではない。
ササエちゃんと、風の先々代勇者ジュオが睨み合う。
「こ、怖いだす……! ここだけホラーだす……!」
ジュオが、そのボサボサの髪の裏でニヤリと笑ったような気がした。
そして同時にカタン、コトンと地面に硬いものがいくつも落ちる音。
気がつけばジュオの足元に、黒いボールのようなものがたくさん落ちていた。
「何だすあのボール? タマゴだす?」
ジュオが生んだとでも言うのか?
黒いボールは金属のような質感で、全部で二十個ほどあった。
その黒ボールが突如、中心から半分にパカリと割れた。
そして割れてできた隙間から、竹とんぼのようなプロペラが出てきて回転し、数十個のボールが一斉に空中へ舞い上がる。
「さっきから全然理解が追い付かないだすー!?」
混乱するササエちゃん。
再びヒュエからの助言が飛ぶ。
「風の銃操術に二つの流派あり……! 一つは中距離からの射撃と近距離格闘戦を想定した風の双銃術。もう一つは拙者の、超長距離からの狙撃に特化した風の長銃術。……だがあの女は、ジュオは、そのどちらにも属さない、そしてどちらの長所も取り入れた三つ目の銃操術を創始した。……それが風の乱銃術!!」
浮かび上がる数十個の黒ボール。その割れた隙間から、新たに銃口らしいものが!?
「……風乱銃……コウメイ。……いっけ」
初めて聞こえるジュオのか細い声。
しかし攻撃はか細いどころではない、激流だった。
数十個の宙を舞う黒ボールが一斉にササエちゃんを取り囲み、四方八方から撃ちまくる。
「うわわわわわわ! あっぶ! 蜂の巣にする気だすかよぅ!?」
風乱銃コウメイ。
それがあの黒ボール状の風の神具の名前なのか。
推進機関としてのプロペラと、攻撃機関としての短銃を備えて一セットのビットが数十個。
使用者たるジュオが空気を介して神気を送り、離れながら自在に操るという風の神気使いならではの利用法。
しかし空気と言う範囲無制限でどこまでも拡散していくものを媒介に、あそこまで緻密な制御ができるとは。
ヒュエの警告する通り、ただのホラーな女じゃない。
「くっそお……! 避けるのに精いっぱいで近づけないだすよぉ……!」
やはり相性の関係で、本来五属性最硬を誇る地の神気でも、ビットから放たれる風の弾丸を防げずに回避するしかない。
空気弾を撃ってくるからには弾切れも期待できないし、ササエちゃんにとってはジリ貧の状況じゃないか!
ササエちゃんだけじゃない。シルティスも、ミラクも、ヒュエも。
先輩後輩以前の、相性の不利で押しに押され、土俵際まで追い込まれている。
「わかりますかカレンさん? これがアナタたちの限界です」
そして最後の五組目。
カレンさんとアテス。光の新旧勇者一騎打ち。
唯一相性の問題から解放されながらも、カレンさんは自分よりも経験豊富なアテスの、防御一徹のかまえに攻めあぐねていた。
「卑怯者……! 守ってばかりで戦う気はないんですか!?」
「こうして待っていれば、他の連中がアナタのお仲間を倒してくれます。そのあとでゆっくりアナタを袋叩きにすればいいだけ。それがもっとも効率的な勝ち方です」
アテスは、今日はピッタリ体にフィットした戦闘服を着て、手には一振りの槍を携えていた。
「光槍カイン。やはりアナタはこの手に馴染みます。……おっと、私を無視してお仲間の下へは行かせませんよ」
アテスの脇を駆け抜けようとするカレンさん。しかし阻まれる。
「アナタはここでもうしばらく、私と睨み合いしていてもらいます。アナタのお仲間が全滅するまでね」
ギリリと歯ぎしりするカレンさん。
その首に巻かれた真綿は、少しずつ少しずつ締まっていく。




